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出たな主人公

 キンシが恐れることによれば、彼女としてはよりにもよってこの場所で戦闘行為を行わなくてはならない。ということに、一抹どころでは済まされないほどの不安感が心の内層を占めているらしい。


「でも、そんなにビクビクとすることもないんじゃないかしら?」


 心情の不安定はやがて思考の領域を軽々と飛び越え、肉体へと直接的な影響を及ぼそうとしている。

 キンシがもとよりあまり血色が良いとも言えそうにない顔面を、さらに蒼白なものへと落とし込んでいる。


 メイは少女の動揺を適度に慰めようとして、しかしそれ以上に彼女の動揺の理由についてがいまいち理解できないでいた。


「ほら、あぶないことがあったらナグさんがちゃんとフォローをしてくれるって言っていたし。それに……


 メイは関係者入口の奥でやり取りをしている魔法使いの姿を想起しつつ、意識の集中は目の前の魔法少女に大部分を関与させている。


「それに、キンシちゃんならきっと、なにがあろうとも人の作品を傷つけるようなことは、ぜったいにしないと思うわ」


 幼い魔女がそう主張を口にしている。

 ひそやかでありながら、声色は確かな存在感をもって彼女らの周囲を振動させている。


「だって、あなたはたとえ……、たとえどんな犠牲をはらってでも、自分がスキだと思うことを無視することはできない」


 キンシは不安の台詞を一時停止させて、じっと唇を結びながらメイの言葉に大人しく耳をかたむけている。


「それが、どんなに恐ろしくておぞましいものであったとしても。キンシちゃん、あなたという名の魔法使いは自分の嗜好を絶対に否定しようとしない」


 メイ自身もまた思うがままの事実を一つずつ確認するかのように、ゆっくりとした口ぶりはいつしか肉体年齢にそぐわぬほどの深みへ至らんとしていた。


「そうやって……あなたは私の、私なんかの願い事まで叶えてしまったんだから。今更、いったい何を恐れようというの?」


 最初は慰めるつもりで、しかし目的はメイの中でいつの間にか少女へ向けた疑問へと形を変えていた。


「なんだか、あなたって時々おおげさなくらいに怯える顔をするのよ。あんなにも強い力を持っていて、誰にも迷惑をかけられないぐらいには責任感もあるのに。どうして、そんなに怯えることがあるのかしら」


 壊れたじゃ口から水滴が漏れ出るように、メイの疑問はぽつぽつとした水滴と同じ重さ、存在感をもって少女に影響をもたらしている。


「って……。やだ私ったら、いきなり変なことを言っちゃったわね」


 メイの視界は無意識の内にいつの間にかほのかに傾いている。

 彼女は傾げていた首を慌てて元の位置に戻し、自らが発した疑問の言葉をサラリと否定しようとしている。


「ごめんなさいね、あんまりまじめにうけとめないで」


 口調はいつも通りのものへ、年相応の幼さによる舌の音色へと戻っている。


 彼女は一刻も早く、先ほどの言葉の存在について忘却を実行してほしいと。言葉を介することもなく、無言による小さな圧力でキンシに要求をしているようであった。


「それは、……それは難しい選択のように思われます」


 しかし、キンシの方は魔女の要求を、今回における願いを受け入れることはしなかった。


「メイさん、今の僕には貴女の追及と疑問を認知の外に追いやることは不可能に近しい意味を持ちます」


 予想外のところにより生じた追及に、かなり動揺を期待していたのだろう。

 キンシはまだまだ言葉の雰囲気を怪しいものにしたまま、しかし視線の揺れ具合にどうにか平静を取り戻そうとしている欲求がありありと現れてもいる。


「考察を……、……えっと、僕の考えること。僕なりにこの気持ちについての事を、考えるとですね」


 独りよがりな語り口を抑制しようとしている。

 そうしようとしている。そうしてまで心情を他人に伝えようとしている。


 メイはキンシの行動を意外だと。この魔法少女が自分のことについて語ろうとしている、その行動に珍しいと思っている。

 自身の感覚に確かな確信を抱きながら、なぜか息を潜めるかのように彼女の唇が続きを紡ぎだすことをジッと観察していた。


「僕は……僕はですね、メイさんのおっしゃる通り、時々どうしようもないほどに恐ろしいと思うことが、幾つか。かなり、たくさん胸の内に生じることがあるんです」


 キンシは眼鏡の奥の視線を下に、軽くうつむいている状態を作る。

 挙動は不安の前に頼りなさげで、少しでも心の暗さを誤魔化さんと両の腕が物欲しげに宙を漂い。やがて自らの腹部の前で、細く白い指が水溶液の触れ合いのように絡み合っている。


「それは、仕事に関することであると言われると、半分くらい正解で、もう半分は解答としては不適格のように思われます」


「それは、つまり?」


 少女の指はすぐさま固く結合し、ぴっちりと重なり合った皮膚の下で上着がしわを刻みつけられている。


 メイはキンシに対して今まで抱いたことのない感触を。

 まるで普通の、なんの変哲もない少女から胸に秘めた悩みを打ち明けられているような。


 シチュエーションとしてはそういった意味合いには変わりないのだろう。

 しかし、肝心とされる内容はどうしても通念とされる「普通」とは遠くかけ離れている。


「つまりですね、僕は時々自身の魔法についての価値観、その意識を保つことに言い知れない虚無感を覚えるんです」


 キンシの悩みはやはり魔法使いに関するものであって、必然的な流れの中でメイも意識を少女と同じ方角へと変換させている。


「でもキンシちゃんは、ちゃんと魔法が使えているじゃない」


 疑問のジャンルに自身との類似性を覚える、メイは特に迷う素振りもなく自身の意見を少女に伝えている。


「それもあんなに怖い化け物と渡りあえるくらいには、すごい魔法を。あなたはきちんと使いこなしている、はずなのだけれど」


 メイは記憶を頼りに、思い出せるだけ用意できる参照を相手に提示している。


「それとも、実はなにか……なかなか打ちあけられない悩みでも? たとえば……、魔力の流れに不調があるだとか」


 その上で考えらえる事例をいくつか挙げてみる。

 だが、メイの上げた例のどれもがキンシに該当することは無かった。


「体は今のところ元気そのものって感じですので、ご心配には及びません。ただ……僕が言いたいのは、その……」


 提案の幾つかを否定しておきながら、しかしキンシは他でもない自身の心情にすら上手く正体を見出せないでいる。


「提案をします、先生は未来に関する幾つかの実験的試みに囚われつつある」


 彼女らがか細く唸りを上げている。

 その横から、トゥーイが唐突に思案を発し始めていた。


「危険性は否定できません。先生、明確な要項を熟すことですらわたしには必要性を拒否するものである」


 トゥーイは左目だけに許された視界の中で、キンシの黒い頭頂部を無表情で見下ろしている。


「わたしは推奨します。業務に支障をきたすようであるのならば、早急に対応を求めるものとする」


「トゥーさん……」


 その言葉はメイには解せぬものであり、同時にキンシにしてみれば意味を考えたくないほどに重さを有していた。


「そうですね、仕事の前にこんな……余計な不安を抱くべきではないんでしょうけれど」


 どうやら青年は少女に対し、「今は余計なことを考えるな」的なことを伝えているらしい。


「ですがトゥーさん、まだお仕事が始まるのにはお時間を有しそうですし、ここは一つ僕の愚痴に一席おつきあい願いませんか」


 そこでメイは、トゥーイの方も決して彼女の語りを阻害したい訳ではなかったと。彼の顔面に何か、感情への足掛かりたる要素が現れたわけではなかったのだが。

 しかし、メイはなぜか青年の心境を静かなる確信の中で察知していた。


「まあ、そのですね……。要するに僕っていうのは、自分のつくる魔法に自信が持てなかったりするんですよ」


 青年と幼女の心理的駆け引きが裏手で静謐に繰り広げられている。


 それに気づく余裕もないままに、キンシは他人からの催促を背に受けながらなんとか言葉を形ある物へと組み立てている。


「経験不足の未熟者によくあることです。持つべき自身と自己肯定をし忘れて、欠落を自覚しないままに無理やり足を進めて、開かれた傷口から水分が失われて、代わりに受け入れざる雑菌やウイルスばかりを内層に吸収してしまう」


 話すなと言われると、理屈はどうであれ謎に言葉が次々と腹の内に芽吹いてきてしまう。

 キンシは人間におけるありがちな習性に身を任せるままに、今まで散々渋っていた思考をすらすらと言語に変換させている。


「気が付いたときには、次に目に移るのはぶくぶくに膿んだ失敗作ばかりで。最後には腐敗臭を周囲に撒き散らしながら、二度と傷口は元通りに塞がることは無い」


 思いつく限りの言語を使い果たしたかのように、キンシはそこでようやく自身の内に納得と思わしき結末を見出していた。


「とまあ、こんな感じに。いかにも年頃の娘さんみたいに、僕は時々センチメンタルをメランコリーにブロッコリーしちゃうという事なんでございました」


 これにて閉幕と言った感じに、キンシはどこか空元気ともとれるように声を微かに張り上げている。


 少女の言葉の最後、音の色が博物館の広々とした内部に響き渡り、気配は反響をすることなく寂しげに消滅をしていく。


「ふう……ん? ふむふむ……」


 聞きだせるだけの情報は充分に得られたはずだと。

 メイはうなずきながら、解答への納得を得ようとしながら。しかし、胸の内に新たなる疑問が絶え間なく生じているのも、また確かなことでもあった。


「すみません……、朝も早くからこんな、変なお話をしてしまって」


 キンシがメイの方をじっと見ながら、彼女の動向を静かに窺っている。

 まるでホラー作品における演出を怯え、恐れながら、それと同時にアクションが生じることを期待してもいるような。


 キンシという名の魔法少女はそうして、今にも大笑いしてしまいそうな、あるいは開かれた右目から大粒の涙でもこぼしてしまいそうな。

 とにかく、不安定でどこのどの様な形へと収束するのか一切予想がつけられそうにない。


 少女は己の不安定に得体のしれない恐れを覚えていながら。

 しかし同等、あるいはそれ以上のの価値において、自らの作りだした言葉のあり方に他人の言葉が与えられることを。

 まるで恋い焦がれるように期待し、欲望を抱き、求め続けているのであった。

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