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二人で仲良く寝そべって

彼女が見たらどう思うのだろう

 怒り狂うことも泣き叫ぶことも、悲鳴をあげることすらできなかった。

 認めたくない認めたくない認めたくない。こんなこと、認めたくないのに。


「あ…、…───」


 体だけが正直に、この悲劇的な現実に対応しようとする。


「うあああっ、ああああああーっ!」


 妹の喪失を感じ取った兄の体を、熱せられた金属のような絶望が貫いた。

 感情がすべて地面に落下し、叫びによって裂けんばかりに開かれた唇からは吐しゃ物が溢れようとする。


 しかし喉の筋肉が岩石のように引きつり、呼吸が阻害される。

 酸素が足らなくなった体が脱力し、ルーフは土下座に似た姿勢でうずくまる。

 粘性のある唾液がだらりだらりと床に滴り落ちるのを、涙が浮かぶ眼で眺めていた。


 あああ、嗚呼。妹が、俺の妹が。

 誰よりも大事な人が、世界で一番大事な女が。

 あんな奴に、

 あんな奴に!



「あAAAA Aaaaaあaあぁぁぁぁぁ」


 少年の内に燃え盛る激情、そんなことなど全く意に介さず彼方は喉を上下させてメイを完全に体内へと取り込もうとする。


 つい先程まで破壊的に激しかった体躯も、今は獲物を含むことにすべての集中力を注いでいるようだった。


 早くしないと妹が食われてしまう!

 「あれ」に食われるとどうなるんだ? そんなことを考えている暇などない。


「メイ! メイぃいいいっ!」


 ルーフは燃ゆる感情の赴くままに、おぞましい人喰い怪物に向かって襲いかかろうとした。


 なんの武器も持たず、刃物の切っ先のような心だけで怪物に触れようとして、

 しかし背後から何者かによって取り押さえられてしまう。


 あまり大きくない、人間の子供の手。

 後頭部に伝わる感触でルーフはそれだけを察する。

 そのまま尋常ならざる強力な腕力で、顎の骨が砕けない程度の丁寧さでルーフは床に抑えつけられる。


「何だよ!」


 憎き怪物を目の前にして体の自由が利かなくなったルーフは、腕の持ち主である背の低い子供の魔法使いに噛みつく。


「離せよ! この野郎!」


 ルーフは息を荒くして魔法使いの腕から逃れようとするが、まったく体が動かない。

 むしろ彼が動くごとに、相応して魔法使いの腕に込められる力が強まっていく。


「落ち着いてください仮面の人!」


 魔法使いが彼方を注意深く凝視したまま、少年にこれからするべき行動を教える。


「今の彼方を刺激するのは危険です。食事中の奴らは特に敏感で、下手に驚かすと逆に獲物に危険がおよぶ可能性があります」


「獲物……ッ!」


 魔法使いとしては、少年に少しでも冷静になってほしかったのだろう。

 だが客観的な言葉が、今はただひたすらにルーフの激情を煽るものでしかなかった。


 魔法使いの指がメリメリと、頭皮に食い込んでいるのが気にはなるが、ルーフは構わず魔法使いに問い質す。


「あのままメイが、妹が喰われるのを黙ってみていろってのか!」


「落ち着いてください、誰も、そんなことは言ってませんよ!」


 少年からの抗議に、若い魔法使いは沈痛そうな表情を浮かべる。指に込められる力が強まった。


「妹さんに危害が加えられるより先に然るべき対処が出来なかった事、誠に申し訳なく思っています。しかし妹さんの体にすぐさま害が及ぶことは、無いと考えられます」


「……? どういうことだ?」


 ルーフは少しだけ心臓が落ち着くのを感じ、頭を無理やり動かして魔法使いに問いかけてみる。

 だが、魔法使いの方は少年の声を全く聞いていない。

 彼に返事をすることもなく、一方的に言葉を重ねるほど腕の筋肉は緊張を高めていく。


「このような状況になってしまった後で、言い訳じみたことを述べる資格などないことは解っています」


 魔法使いは戦闘の緊張感から少し離れ、思考に身を沈みかける。もはや手の中にある他人の頭など、意識の外にあった。


「警告の響きもなく、このような場所にここまで害意の高い怪物が出現するなんて……」


 魔法使いにとっても、このようなことは初めてであり、未知なる現象に戸惑いを溢れさせていた。


 混乱は人間から、周囲を認識するための視野を狭める魔力を持っている。

 若き魔法使い、キンシと自らを名乗る魔法使いもそれに見事引っかかっていた。


「あの、なあ……っ。それなりの事情は分かったから、そろそろ手を放してくれないか」


 ルーフがキンシに要求をする。

 正直まだ不安が拭い切れずにいるが、魔法使いの言葉に嘘偽りもなさそうだ。


「あの、話はわかったから、そろそろ話してくれないか」


 しかしキンシはルーフの言葉を全く聞いていないようだった。


「これではまるで危険レベル三、いや四ですよ……!」


「おい! 聞いてんのか!」


「レベル四? そんなの、それこそ警告が鳴るべきじゃないか! 観測所の予報士は一体何やってんだ!」


「お、おい、やめろ。指の力を抜け、頭に食い込んでるって」


「こんな危険な怪物を放置しているなんて。腹痛か? 全員そろいもそろって御手洗いに詰め寄ってんのか?」


「い、いい! 痛い痛い!」


「そもそもですよ? どうして一目散に、僕たち魔法使いを無視して一般人の無害そうな兄妹に──」


「あああああ! ああああああ!」


 キンシが答えを導き出すよりもルーフの、主に痛覚の限界の方が早く状況の展開を求めた。


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