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少女の陰りは艶めいている

 話の途中途中において、何故そうなったのかは彼女たちにもあずかり知らぬこと。


 紛れもなく自身の肉体から、声帯と舌の上の脂をもってして発せられた言葉であることは、間違いないはずなのだが。


「どうして私たちは今、わざわざ階段をつかっているのかしらね?」


 ほとんど裸足に近しい、メイは足の裏からヒタヒタと静かな音を奏でながら、ぼんやりと首をかしげている。


「どうしてって」


 階段の最後の段、段落の終わりをそう呼ぶのか、あるいは地面と接している場所がその名に相応しいのか。


 いずれにしても、そのどちらにも足の裏を、ゴム製の分厚い靴底を密着させている。


「特に理由は無くて、何となくエレベーターもエスカレーターも、あるいはその他も使いたくないと。そういう訳ですので、こうして非常用階段を使っている訳なんですよ」


 キンシは特に何も考えていなさそうに、実際にこの状態についてなにかコメントに値することなど一つも含まれてはいないのだが。


「そうね、そういうかんじだったわね」


 メイにとっての本音を汲み上げるとすれば。


 他の人間が、つまりは城で勤務している魔術師が多数使用する場所に、あまり長く動きとめていることをしたいとは思わない。


 拒絶をして、断固とした拒否をしたい。とまではハッキリとしてはいない、ただ何となく、ぼんやりとしたイメージでしかなかった。


 のだが、故に願望がより強い形となって現実に影響を与えてしまったのかもしれない。


「階段の良いところは、体の思うままに移動が出来るところですね」


 段差の幾つかに対して、さして顔色も息遣いも変えることもなく。


 キンシは後方の魔女の安全をそれとなく確認した後、そのまま特に振り返ることもせず。

 体は迷いなく、城のエントランスホールと思わしき場所へと移動したいた。


「ああ、ほら見てください。ちょっと暗いところから、ぱっと明るいところですよ」


 まさしく見たまんまの感想を、キンシはいかにも大事そうなことのように言葉にしている。


 実際に彼女の言う通り、非常階段による必要最低限に組み立てられた空間から、全く趣旨の異なる場所へ。


 そこはまさに人に見れられるための場所。


 魔術師や魔法使い、あるいはその他に属する人間。


 ありとあらゆる、人間と呼ばれる生物を招く。招き入れて魅了する、外面のために設計させられた空間。


「おお、これはまた、先程までとはずいぶん雰囲気が変わってきましたね」


 かなり開放感がある。広々とした空洞の内部に、ひと時の休む間もなく人が往来をしている。


 メイは眼球を柔らかく静かに刺激してくる眩しさに瞼を細め、滲む視界の先に見えてきたものにふと気付く。


「ああ、あそこに地下鉄の入り口がみえるわね」


 駅から直結している場所、自分たちが使ったものとはまた別の入り口。

 きっと北口だとか南口だとか、色々とあるのだろう。


「入り口だけじゃなくて、本当にいろいろとたくさんあるわ」


 ゆっくりと時間をかけながら、視界が明確さの範囲を拡散させている。


「たくさん……たっくさんの……」


 見えてくる世界、瞳に映るものがはたしてどのようなものであったのか。


 メイが理解を追いつかせる前に、答えはすでにそこに、当たり前のような面を下げて存在をしている。


「これはまた、またまたすごいですね」


 メイが上手く言葉を見つけられないでいる。

 その横で、キンシがなんて事もなさそうに、そのままの感想を声に出していた。


「建物のあちらこちらに緑色が、緑色の……葉っぱ? ですかね、あれは」


 キンシが左の指をぴんと伸ばして、眉毛よりも少し上の辺りに密着させる。


 遠くの峰々を眺めるかのような恰好で、城の玄関口のそこかしこに張り付いている生き物についてのコメントをこぼしている。


「なんでしょう……? あ、ここにも転がっていますよ。何なんですかねこれ、(こけ)でしょうか」


「コケ……ではないと、思うわよ」


 よく見ると階段口の付近。


 誰の注目も浴びなさそうな片隅にも、その生き物は青々と小さく。子供の両手で包みこめそうな程の、小規模な茂みを発生させている。


「これは……えーっと、なんなのかしらね」


 キンシが膝を丸く曲げて、じっと視線を向けている。

 その横でメイは少し身をかたむけ、緑色の正体について考えを巡らせてみる。


「ほら見てくださいメイさん、いえろーでみにまむな花が沢山咲いておりまして」


 もしもその辺の道路、アスファルト舗装の隅っこにでも生えていたとしたら。

 きっとここまで意識を、好奇心を引き寄せられることもなかったであろう。


 それ程に有り触れた植物、雑草とも呼べるであろう草花。


 植物はしかし、本来ありえるはずもない場所に存在をしているからこそ、彼女たちも手中せずにはいられないでいる。


「なんて名前の、どういった植物なんでしょう」


 メイとしては、植物が建造物の内部に大量繁殖していることの方が、疑問を強く抱きたいところであったが。


 しかし、キンシの方は植物そのものの繁茂力よりも、生き物がどういった名前を持つ生き物であるか。


 正体は何であるのか、答えを求めているようであった。


「名称は鉈苺(なたいちご)であり、蛇苺(へびいちご)の亜種とされています」


 人混みの流れからほぼ完全に目を逸らして、壁の隅っこへと背中を丸めている。


 彼女たちの背後から、トゥーイの機械的な音声が降り注いできた。


「灰笛及び、波声地方に多く生息をしている。野草の一種です」


 振り返ればトゥーイの無表情が、そこにぽっかりと開かれている左目が植物に視線を固定させている。


「へえ……野草、ね」


 メイは腰の形を元の形へと戻しながら、静かに深く息を吐いてトゥーイの顔を見上げている。


鉈苺(なたいちご)だなんて、ずいぶんとおっかないお名前なのね」


 わざわざ調べるまでもなく、割とあっさりと名称を知ることが出来た。


 メイが早くも野草に対して興味を失いかけている。


 そのすぐ近くで、キンシの方は依然として腰をそのままの場所に、一ミリも動かそうとしていない。


「ですが……どうしてこのような場所に、こんなにも大量の植物が、ああも青々と……?」


「ああ、ほら……キンシちゃん、ずっとそこに座ったままだと、じゃまであぶないから」


 不動を決めこまれるよりも先に、メイはキンシの上着の襟を掴んでその場から引っ張り起こそうとしている。


 ずるりずるりと、ぬるく滑り落ちるかのように彼女らは移動をしている。


 そうしていると、城のホールの存在感がさらに実感をもって、紛れもない本物としての空気の色を濃くしていった。


 眩しさはすでに眼球に馴染んでいる。


 メイに手を引かれて、若干伸び気味の爪が拳の皮膚を圧迫している。


 その感覚を手に、腕に感じながら。キンシはふらふらと、あらためて城の内層をぐるりと眺めまわしてみる。


 通過してきた廊下と同様に、ガラス材がふんだんに設計へ組みこまれている。


 分厚く、少し石を投げつけたぐらいでは破壊は見込めないであろう。


 頑丈さが満ち満ちている、天井のガラス材の向こう側には相も変わらず鈍色の空模様が蠢いている。


 多量の蒸気によって構成されている水の壁。

 太陽の光もまともに届かない、都市の中心部には常に雨が降りしきっている。


 雨足は一定のリズム感のもとに、ひと時も休むことなく水滴の音色を城の外壁に打ち付けている。


 落下してきた水は壁の微かなへこみを逃すことなく、重力にまかせてなみなみとした集合を形成させる。


 小さな幾つもの水流が、血管のような筋をガラス板の上に描く。

 流れ落ちていく、水はやがて小規模な滝を幾つも作成しながら城の下へ。


 都市の地面へ、それぞれ個性を忘れ去るかのように一体となって吸い込まれていく。


 雨の音色が奏でられる、しかしメイの方は頭上で繰り広げられるオーケストラには目もくれず。


「えっと……? 私たちがのってきた地下鉄の入り口は、どっちの方向だったかしら?」


 一刻も早く帰路につかなくてはならないと、その意思のもとにホールの内層へと右往左往している。


 魔女に手を引かれるまま、キンシは身を任せてぼんやりと上を眺めつづけている。


 視界は天井のガラス板の表面を滑り、滑落した先にキンシはとある物に気付く。


「あれは……あの色とりどりは……?」


 とっさに名前が頭の中に浮かんでこなかった。


 クリーム色と黄緑色に縁どられている、外界から持たされるかすかな光を頼りに、色ガラスの集合体は少女たちの体がる地面の上に彩りを透過させている。


「あれは、ステンドグラス? かしらね」


 ほとんど無意識に近い形で、キンシは足の動きをその場で止めていたらしい。


 手の平から腕にかけて、引力が働くのを感じた。

 メイがキンシの視線を追いかけて、視界のうちに見つけられた物体。作品について感想をこぼしていた。


「うん……そのはず。でも、それにしてはなんだか、不思議なつくりだわ」


 メイとしては早くこの場所から移動して、家で作りかけの刺繍の続きに取り掛かりたい。

 せっかく用事を済ませたのだから、あとに残された僅かな休日のひと時を心ゆくまで楽しみたい。


 そう思っていたのだが。しかし、その様な欲求も伸ばし棒でペラペラに薄く引き延ばされてしまうかのように。


 魔女は魔法少女の方に釣られる格好で、城の壁に広く彩られた作品に見惚れていた。


「ステンドグラスってもっと、色をハデにキラキラとさせたものだと思っていたのだけれど。あれは、すごく黒色がハッキリと形をつくっている」


 言葉で形容しようとしても、メイの記憶の内に含まれている感覚ではどうしても、実際に見ているものを上手く伝えられそうになかった。


「どちらかというと影絵に近いですね、ものすごく色鮮やかで細やかな、大きい影絵のように見えます」


 道の真ん中に影を落としている、黒色は雨に濡れて様々な模様を、一度として安定させることなく。


 時間が経過するごとに、それぞれ異なる陰影が現れては消えるを連続させていた。


「影絵の素晴らしさ、完成度の高さもさることながら。その周りを縁取る植物も、中々に独特の雰囲気をかもしだしていますよ」


 キンシは固定されることの無い絵を眺めつづけている。


 眼鏡の奥にある、野草の葉と同じ色合いの瞳は外界の光をたっぷりと吸収し、キラキラとした輝きを反射させている。


「生きているものと、そうでないものが、それぞれに意図することなく作品の価値を独自のものとしている」


 黒い、影絵を基調としたガラス材の描く像。

 人の顔、昔のファッションに身を包んだ女性の姿。それに特徴的なデフォルメを施したもの。


「流石に魔術師さんのところのお仕事現場です、こんなにも美しいものが見られるとは」

 

 薄い皮の下に血液の香りを感じさせる唇。

 そこにはにんやりとした、少しばかり不気味そうな笑みが浮かんでいた。

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