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窓の外には沈黙と青空

 話の段が一つ落ちつきを見せた。

 そう見せかけておいて、しかし内容は何一つとして進展を見せてはいない。


「でも、そのナナセさんがなにを、どう僕に求めているかすらも、まだ理解を十分に追いつかせているとは言えそうにないのですよ」


 机の上の湯飲み。自らの体によって生み出した半分ほどの空洞を眺めながら、キンシは唇にしっとりと微笑みをたたえている。


「おや? こちら側の認識としては、ナナセの方からすでに事情の説明を行っていたものだと聞かされていたんだが」


 質問をされたモティマは、追及されたことに関してはさして重要性を持たせることなく、軽々と受け流している。


「説明そのものは……確かにきちんと、わざわざ僕の自宅にまでご足労してもらいましたけれども」


 キンシが少しだけ遠くを、眼鏡のレンズ越しに過去の記憶を短く回想している。


「結局あの時……。いえ、むしろこうしている間にも、僕らはあの人が一体どういう人物で、なにを目的として、どうして僕らに頼みごとをしてきたのだとか。そう言ったことが、一つも解せていなくてですね」


 少女の脳内で男性の姿が、トンチキな恰好をした人間の姿、イメージがフラッシュバックをしている。


「なるほど……奴は自己紹介をしなかったようだね。ふむ……」


 相手が考えている事など分かるはずもなく、仮に理解できたところで大した意味は無いと。

 モティマの方は、自陣に組する人物に関することをサラリと受け流そうとしている。


「だが、その辺りは君たちが気にするようなことでもないだろう?」


 そのまま腹部の前あたりに収納していた腕を開放させて、モティマという名の男性魔術師が机の上の湯飲みに。


 陶器製の器に手を伸ばそうとしている。


 彼の挙動を眺めている。


「あの……」


 キンシの隣に座っている、結局出された飲料にただの一つとして口をつけなかった。

 メイの頭の中で、一個の提案がコロリと転がるようにひらめいてきた。


「そちらの方でもかたくなに教えてくれないので、気になってしまったのだけれど」


 前置きを構える、魔術師の意識が途端に自分の方へと固定される。


 視線を感じ取りながら、メイという名の魔女は掴みかけた切っ掛けを逃すものかと。生まれかけた欲求のままに唇を動かす。


「彼は……ナナセさんというのはいったい、あなたたちにとってどういう意味を持っているのかしら?」


 質問内容がいささか抽象的すぎただろうか。

 しかし、それでも魔女の要求する意味と糸は十分に、魔術師の方へと伝達していたらしい。


「……彼に関する情報は、わたしもあまり教えられていなくてね」


 モティマが口を動かしながら、右の指を顎の方へ。

 しっかりと剃りこまれていながら、微かに毛根の気配が色濃く残されている皮膚の上を、指の腹でゾリゾリと撫でつけている。


「それってつまり、正体不明ってことなんですか?」


 キンシは会話の流れに若干の遅れをとっているが故に、きょとんとした様子で思うがままの疑問を投げかけている。


「そんな、あからさまなものでもないんだが」


 モティマが歯切れ悪く、視線は左斜め上辺りをフラフラと彷徨っている。


 分からないことに対して明度を例えるのもどうかと。メイはそう思ったが、あえて言葉にするものでもないと黙っておくことにした。


「そうだな、わたしが知っている内でナナセ……そう呼ばれている魔術師のことは、これ以上は君たちに教えられることは無い」


 要するに自分は、あの男性の事など何も知らないし、知っていたところでこちら側に伝えたいと思えるような情報など持ちあわせていない。


 ということになるのだろうか、メイは視界の中にモティマの姿を捕えたまま、頭の中で判断を整えている。


「だだ……それでもわたしが知ってることがあるとすれば。彼は……、ナナセはこの場所、灰笛城に所属する暫定公認魔術師である。ということ、せいぜいこれだけ。これぐらいだけしかないかな」


 モティマは顎から指を離している。

 薄い唇の隙間から、白く分厚そうな二本の前歯が表面を覗かせている。


「あの人の正体なんてものが、はたして僕らにどのような意味を持っているかだなんて。正直あまり興味が無いですけども」


 もうすでにやり取りに対して倦怠感を見せ始めている。

 キンシが妙なまでにゆったりとした様子で、視線を魔術師の方へと向けている。


「僕らが今やるべきなのは、魔術師さんたちの依頼をしっかりとこなしつつ、ろくでなしクソ野郎さんが実験モルモットとして、ばらばらズタズタの八つ裂きにされないよう頑張ること」


 知っていることはそれだけで、じゅぶうん満たされていると言うかのように。

 キンシは眼球の向きを変えないまま、ソファーから静かに腰を上げている。


「彼の安否はそちら側にあって、僕たちは出来るだけあなた達のご機嫌をとらなくてはならない」


 キンシはそのまま部屋から出ようとしている。

 ずっと黙っていたトゥーイが、やはり沈黙を継続したまま後に続こうとしている。


「ふむ、話はまだ終局を迎えたわけではないんだが……」


 取り残された魔術師と、幼い体の魔女が互いに示し合せる訳でもなく苦笑いを浮かべている。


「ごめんなさいね、あの人たち長いおはなしがどうも苦手らしくて……」


 一応本人の手前、メイもまた失礼の無いよう場から移動をしようとしている。


「ああ……そうだとも」


 部屋の中から去ろうとしている、魔法使い共の後姿を眺めながら魔術師が静かに呟いている。


「彼らの生き方がどう言ったものか、俺も十分知り尽くしているはずなんだがな」


 こっそりと聞こえてきた、男性魔術師の言葉の意味を魔女は理解できそうになかった。




「どうにもこうにも、ああいう場所は肩が凝り固まっていけませんね」


 キンシが大きく背伸びをしながら、深い吐息の中で疲労感を声に発していた。


「素直に6さんのタマ握ってるから、言うこと聞かんかいワレ。ってぐらいの言い方でもして下されば良かったのに」


「そんなはっきり言えるわけないでしょう」


 彼女たちは部屋の外を歩いている。

 メイはキンシの後を追いかけながら、扉の外側に広がっている世界に視線を巡らせている。


「いちおうおしごとの依頼なのだし、みんながみんな、そんなすなおな言葉をつかえるものでもないし」


 三人の人間の足元から発せられる、それぞれ二種類も大きさもメロディも異なる靴音が反響する。


 モティマと名乗った、鼠と思わしき斑入りの男性と面を合わせて語りを進めた。

 室内においても十分に感じ取ることが出来てはいたのだが、しかしてメイは改めて考えている。


「それにしても……ここはすごく広いのね」


 メイはあたりへキョロキョロと視線を泳がせている。

 今の自分の姿が余りにも、それこそあからさますぎるほどに田舎者然とし過ぎていると。


 そう自覚していながらも、見たいという気持ちから反目することもまた不可能に近しい位置に存在している。


「たしかに、噂には聞いておりましたが……」


 隣にきらめく好奇心に誘導されるがまま、キンシもまた視線を若干上昇させている。


「こんなにも広々とした空間が内包されていたとは……、まさに城の名に恥じない面積具合ですね」


 彼女たちが上を向いたまま歩いている。


 視線の先には廊下の天井が、ガラス材をふんだんに使用された、開放感のある空間が広がっている。


 窓の外は決して晴れやかとは言えそうにない。

 天空には相も変わらず灰色の雨雲が濃淡をうごめかせながら、下方に広がる都市に水を落とし続けている。


 分厚い灰色の水の壁に遮られていながら、それでもなお日の光は人々に昼間の明るさを与えている。


 細々と降り注ぐ、限られた日光を余すことなく空間内に取り入れようとしている。

 メイは久しぶりに感じる自然の光に目を細めながら、眩しさの中で窓ガラスの外に目を向けた。


「今日も雨ね、ガラスに水がくっついて、つぶつぶしている」


 水滴の中に広がる逆さまの像の向こう側。


 都市は今日も雨に染まりきって、人々から発せられる喧騒もまた水に誤魔化しきれないほどに色と匂いを立ち上らせている。


「でもなんだか……、町の中でかんじる雨の感じと、ちょっと違う気が……?」


 果たして雨の感じがどのようなものであるのか、メイは自身の言葉の中そのものに違和感を抱かずにはいられないでいる。


「違和感の正体は納得の至るものであると考えられます」


 いつの間にか足の動きを止めていたらしい。

 

 曇り空を十分に味わうことのできる廊下、弱々しい光の下で窓の外に黄昏ている。

 

 メイの背後からトゥーイの声が、いつもと変わらない調子の外れた声音が降り注いできた。


「直観にもたらされる腐敗の臭気は真実の味覚通りに虚構を暴くことは無い」


 メイが窓の向こうの世界から目を逸らし、体の向きを声がする方へと調整する。


「かく言う私は旅人で、塩分は虚構の味付けには遠く及ばないのです」


 どうやらトゥーイはメイの、何気ない呟きについていたく心を動かされているらしい。


「んんと? 私たちが感じている雨のにおいと、ここにふってきているものは違う。って、言いたいのかしら?」


 何気なく口にしてしまった詩的表現を、うっかり聞かれてしまったことへの羞恥心などももちろんあったが。


 それ以上に、メイはトゥーイの瞳の奥にある光の強さ。

 相手に自分の意思を伝えんとしている、心情の濃さに流されかけている。


「言葉にスロトベリーの空洞はあれども、おおよそにし同意を呈することが可能とされます」


 音声の中に含まれている単語を勝手に取捨選択しつつ、メイは青年が何を伝えたいのか予想を巡らせてみる。


「んんと……雨の匂いがちがっていて、それはなにか理由があるってこと?」


 しかし、メイ一人の理解力ではトゥーイの言葉は理解できそうにない。


 訳の分からない怪文法を解読するほどの力量を発揮するのは、何のヒントもなしにクロスワードパズルを埋め尽くすのと同じくらいに困難を極める事でもあった。


「んん……んー? やっぱりなにを言っているのかよくわからないわね。って、私が言えたセリフでもないんだけれど……」


 今更になって、自身の内側に潜んでいたポエミーな部分に気恥ずかしさを覚えつつ。

 それにしても、とメイは青年の無表情をじっと見上げてみる。


「さっきの、モティマさんといったかしら? あの人の前ではジッとだんまりを決め込んでいたのに、今になってよくおしゃべりをするようになったのね」


 メイに追及をされている。

 トゥーイは体をほとんど動かさないままに、紫色の瞳孔に空の色を反射させていた。

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