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鼠ははたしてチーズを食べるのでしょうか

 ややあって、一切何事もなく、平和に移動を実行しただとか。そのようなことは、絶対に言えそうにない。


「あ、最寄駅に着きましたよ。お喋りしていると、待ち時間も角砂糖が溶けるほどにあっという間ですね」


 なぜかキンシが感慨深そうにしている。

 道中謎の生物に遭遇して、謎の生物と馴れ合いを試みて、謎な怪物に捕食されかけた。


「ここまでくれば、あとは地上に出てしまえばすでに、ですよ」


 装飾品を喪失した、今は代わりの備品で何とか視力を矯正している。

 キンシという名の魔法使いが、たったいま利用していたばかりの電車から外へ体を移動させている。


 駅のホームから伸びる、地下から地上へ上がるための階段を見上げながら、何ごとかを呟いている。


「駅からすぐちかく、ってのがすでに私にはおどろきだわ……」


 立ち止まることに必要性も見いだせず、他に選択肢もないように早速伸びている段を駆け上っていく。


 若者たちの後をついてくる格好で。

 メイは首を少し上に向けながら、はやくも訪れてくる都会的感覚に小さく驚愕をしている。

 

「単純なる需要と供給ですよ、メイさん。この辺りは主に……魔術師の方々がお仕事用に利用しますからね」


 キンシは軽々と階段をのぼっていく。

 息が切れる気配もなく、その唇からはすらすらと都市の仕組みについての考察が述べられている。


 事実を含めがら、メイはキンシの考察を右耳から左耳へそれとなく流している。


 階段をのぼった後、改札をこえた後までキンシは何かしらを言葉にしていたが。


 彼女の論述によってメイが得られた情報は、魔法使いにもほぼ専用の移動ツールが欲しいのにな。という願望だけであった。



 灰笛城(はいふえじょう)。城という名前のとおり、その外見はどこかゴシック的な、いかにもファンタジーな世界観に登場してきそうな雰囲気があり。


 周囲は雑多なビル群が乱立しているなか、その城は屋根が一つ低く。全体的な造形も合わさり、なんとも言えない違和感が。


 まるで、少女マンガの列に一冊だけ社会派青年漫画が紛れ込んでしまったかのような。

 要するに、気にしてみれば違和感は誤魔化せないが。しかし、特に意に介さなければただの風景の一部でしかない。


 つまりは、その城もまたこの、灰笛(はいふえ)という名の不気味な都市の一部。ただそれだけ、でしかない。という事であった。



 そんな感じの、城の中にキンシ達はいる。


 いる、は言葉がいささか自然体すぎる。


 彼女たちはまた、他人の都合によって、今は城の備品と呼ぶべきソファーの上で待機させられていた。


「魔術師の……本拠地だとか言うものだから、なんというかもっと……騒がしいところをイメージしていたのだけど……」


 受付、とてつもなく開放感のあるロビーにて、さてどうしたものかとキンシ達が迷っていた。

 その所で、どこからともなく表れたスーツ姿の女性。


 とても魔法なんてものが使えるようには見えない、ごくごく「普通」そうに見えるビジュアルの。

 しかして彼女の格好は、この城の内部にいるすべての人間に、概ね共通していることであり。


「なんだか、空気がキッチリしていて、ちょっと息がつまるわね」


 他の誰に聞こえるはずもなく、聞かれたところで特に困ることでもないと。


 そのはずなのに、メイは周囲の静謐さの質量に押し負けるまま。

 極力息を潜めながら、地下鉄の時と同じく隣に座っているキンシに話しかけている。


「魔術師ですからね、僕らのような魔法使いとは色々と勝手が変わってくるんです」


 少女と魔女の頭の中に見知った光景が。自身が日々労働力を捧げている、事務所のひと気のない閑散とした光景がぼんやりと再生されている。


 脳内のイメージは、そのままリアルタイムな視覚情報と自動的に照らしあわされて。


 思うことはそれぞれに異なれども、キンシとメイはこの都市における魔法使いと魔術師の、扱いの差異について考えずにはいられなかった。


「やあやあ、お待たせして申し訳ない」


 考える彼女たち、思考に身を浸していたが故に訪れた声に僅かながら反応が遅れる。


 その中で、扉から現れた男性の姿を一番先に視認したのはトゥーイの眼球であった。


「少しばかり……、受け持っていた業務にトラブルが起きてね……。いや、本当に申し訳ない」


 口先だけはそれっぽく謝罪の言葉を並べている。

 現れたのは成人の男性で、口を動かすと同時に体は部屋の中を滑らかに移動している。


 肉体の動き、風を受けて彼の身に着けている上着が。

 ちょうど医師が身に着けているかのような、清潔感のある白色の布がヒラヒラとひらめいている。


「さて、お話を聞かせてもらおうか」


 キンシ達の向かい側、シンプルなデザインのローテーブルを挟んで腰を落ち着かせている。


「いや、この場合はわたしが君たちの話を聞く、といった方が正しいか」


 中年も終盤に差し掛からんとしていそうな。

 ソーサーのように形の良い聴覚器官と、(やなぎ)の葉のようにすらりと伸びた尻尾をもっている。


「まずはお互いに自己紹介をしよう。わたしの名前はモティマ、この城……で働く魔術師の一人だよ」


 とりあえずの会話、コミュニケーション上において最も基本的で、それ故に空虚さが支配しつくされている。


「聞くところによれば君は。……いや、貴女と呼ぶべきでしょうか?」


 鉄の道と同じ、だがそれとは決定的に異なる。

 間違いなく人間の熱が、肉の匂いはそこに存在している。


「まあ、何でもいいか。そんなことは、ここでは大した問題でもないだろう」


 モティマ、と名乗る魔術師は年相応に脂ののった腹部の前で指を組みながら、目の前の魔法使いたちへ会話の段階を進めようとしている。


「それで、当方に所属している……ナナセの要望により、君たちはこの灰笛城にまでやって来たわけだが」


 白衣の男性は、「ナナセ」と名前を呼ぶときに僅かながら顔の筋肉をひきつらせている。


 メイはその様子を見逃さないままに、とりあえずは相手の出方を計ることにしてみた。


「まずは……わたしから君に、メイと言ったかな? 貴女に謝罪をする必要がある」


「謝罪」


 メイはモティマの言葉をそのまま繰り返す。


 内容の意味について、考えるまでもなく彼女の頭のなかではすでに答えが得られていた。


「ああ、そうだ。この度は、こちらの従業員が貴女に愚行を働いたことであって。まずはわたしから、そのことを謝罪させてもらいたい」


 モティマはそう言い終わるや否や。

 若干後退が始まりつつある、しかしてしっかりと清潔感のある頭部を、頭頂部が見えるほどに深々と下げ始めた。


「この度は、本当に申し訳なかった。その後の経過については大事無いだろうか?」


「え、えっと……」


 遭遇していきなり、本格的な謝罪を差し出されるとは。


 思ってもみなかった相手の行動に、メイが困り果てている。


「体調に関しては、えっと……僕から言えることとしては、元気そのもの、といった感じですよ」


 戸惑いの中で唇を動かせないでいる。

 メイの代わりに、キンシが相手の質問にそれらしい受け答えをしていた。


「しかしながら、いくら仕事の内とはいうものの、メイさんの体の痛みが癒えようとも」


 初対面の相手なのにもかかわらず、むしろ相手の正体がわからないからこそ、なのか。


「無抵抗の女性を一方的になぶった事実が、跡形も無く消滅する。なんて事は、あり得ませんけれどね」


 以外にも、キンシはスムーズに相手へ嫌味を送り付けることも忘れなかった。


「そのことに関しては、本当に弁解のしようがないと、そう思っているよ」


 しかし相手の方は、少女から送られてくる視線の刺々しさなど、さして意に介していない。ようにも、見えなくはない。


「反魔力社会的機密組織への調査、という名目。わたしがこの件に関して教えられていた情報は、おおよそこの一文に限定されている物なんでね。残念ながら、事実への照合を求められても受け答えは出来ないんだよ」


 結局はそう言うこと。自分は何も知らないから、何かに答えられることは出来ないし。

 ゆえに、これ以上の質問は受け付けていない、と。


「ですが、ちょっとお話を聞くぐらいは、あなたにも可能でしょう」


 だがキンシの方も、まさかその具合で引き下がるはずもなく。


 むしろ相手が秘匿を行おうとすればするほど、少女の好奇心は鋭くならざるを得なかった。


「例えばその、怪しい集団に関係しているであろう、事件のかなめに存在している彼について。だとか」


 キンシが唇から発している、意図的に正体を隠した不明瞭な言葉の数々。


 しかし隣にいるメイと、そしてこの場にいる人間には、彼女の言いたいところの目的がおおよそ察することができていた。


「教えてくださいよ。あの日、あの時から、僕たちがそちらに何度も確認してみても、あなた方は彼についてなに一つ、確かなことは終えてくれなかった」


 魔法少女が、ここぞと言わんばかりに蛮勇のごとき力を発揮している。


 その右隣でメイは無表情を保ちつつ、己の内側から感情が熱く猛っているのを皮膚の下で感じていた。


「それは、すでに何度も説明されているであろう事の通り」


 彼女たちが熱い、刺突するような視線を向けている。


 しかしモティマの方は、相手の熱量を受け止めるような素振りなどまるでないように見える。


「少年A、と呼ばれていたんだっけな? 彼に関する情報は、わたしの管轄外で。つまりは、よく知らないという事になるんだ。すまないな」


 相手の方はすっかりこちら側の力量を計りきったのか。


 最初の緊張感を早くも緩めて、モティマは深く溜め息を吐きながらソファーに体を預けている。


「……ただ、うん……そうだな、確かに全部を秘密にする必要性も、そう大して意味が無いか。ああ……全くの無意味だ」


 視線を魔法使いから逸らし、だれもいない空間を少しだけ眺めた後。

 モティマという名の男性魔術師は、思わせぶりにゆっくりと言葉を。


「彼の処遇について、は──」 


 吐き出しかけた、その所で彼の視界に小さな白い手が映り込む。


「……どうした? カハヅ・メイさん」


 幼女の姿をしている、彼女の名前を呼びながら魔術師は言葉を喉の奥にしまい込んだ。

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