始めよう 始めちゃう? 始まるの? 始まっちゃった!
トゥーイもまた、ヒエオラとは異なる視点で車のことを観察していた。
そして彼は一つの短い結論を導き出す。
車は、あの白い車は、運転手自らの意志によって衝突を引き起こしたのではなく、とある理由に何かしらの被害を与えられてこの、自分たちがいる店に激突してしまったのだと。
とある理由、それはわざわざ語る必要すらない程にこの場の全ての人間が自覚し認識していた。
きゃしきゃし、きゃしきゃしきゃし。
ききききききき、きいいいいいいい、
さっきからずっと鳴り止まぬ、耳障りな呼吸音が少年と幼女の恐怖心をあおった。
ズプリズプリと、
彼方と呼ばれる怪物は大破した白い車両から、その丸みのある巨体に見合わぬヒョロヒョロの細足、あるいは細腕を億劫そうに引き抜いた。
重厚で重量のあるはずの車が使い古されたおもちゃのようにガシャンと震え、再び物言わぬ物体へと眠りにつく。
少年は、ルーフは膝小僧の痛みもそこそこに不可解からくる恐怖心に身を浸しながら、それでも抑えきれぬ好奇心に身を任せ、自然と姿勢をあげながら目の前の生物を観察した。
「これは……、デカい虫……? いや、魚か?」
到底許容できないその存在に、どうにかして自らと近しい形容を与えようと試みた。
「魚、……魚? どっちかっていうとオタマジャクシ……。カエルになる寸前の……?」
しかしどうしても上手くいかなかった、しっくりと納得できる言葉を思い浮かべることが出来なかった。
ルーフがあれこれと思い迷っていると、
「そこの仮面少年君」
キンシが武器を握ったまま後ろの、彼の方を見やった。
一瞬自分のことを呼ばれたとは気づかず、しかしゴーグル越しに真っ直ぐ自分を差す視線に誘導されて、ルーフは怪物から目を離して背の低い子供の方に注目した。
「それ以上はあまり考えない方が良いですよ」
キンシはごくごく短くルーフを見た後、すぐにもう一度怪物に集中する。
「彼方は、この怪物は人間の作る意味とか理由とかが大好物ですからね」
そして自分の持っている刃物が備え付けられた武器をより強くうっ血するほどに、肉が痙攣するほどに強く握り締めた。
「彼らにはもう、そういうのは必要ないのです。だからこちらも与えてはならない、なぜなら彼らは求めることを止めたから」
脈絡なく私的な言い回しをする子供に対してルーフは怪訝に思ったが、しかし考えを巡らせるより先に彼方がアクションを起こし始めた。
「ぁぁぁぁ ああぁぁぁあああ あ あ あ」
何かが癪に障ったのか、それともただ単に動きたかったのか、あるいは何も考えていないのか。彼方が突然、吊り上げられた魚のように体を揺らし始めた。
うっすらと赤い、粘性のある液体が肉体の振動に合わせてあちこちに飛び散る。
「う、ああああ……!」
およそ体温のある生き物らしくないその動作に、あまりにも巨大すぎる生き物が生み出す動作に、兄妹の内のどちらかがいよいよ呼吸もままならぬほどの恐れを成した。
虫か、魚か、そのどちらでもない生き物が、エンジンの動かなくなった白い物体から体を離す。
地面に降りた、肉がブルンとたるむ。
鳴き声が鋭利な雰囲気をまとい始める。
キンシの腹に痛みが走っていた。たぶん空腹に由来するものか、もしかしたら別の理由からくる痛みなのか。
どっちでもいいや、魔法使いはそう思った。
黙って考え事をしていたトゥーイがようやく、諦めたかのように言葉を発する。
「敵性生物の存在を確認。明らかな、もしくはすでに起こされた害意をもってさらに市民へと危害を加える可能性が見られる。個体識別の登録は見て取れず、個人の所有物ではない可能性が高い」
それは報告であり、同時に始めるための味気ない確認でもあった。
「戦闘を」
キンシが短く申請する。
「許可します」
トゥーイが言い終わると同時に、もしかしたらそれよりもはるかに早く。
「aaaaaaa AaああああAAAA A A !!」
怪物が魔法使いたちに襲いかかってきた。
まるで何かを求めるかのように、その動きは激しかった。




