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お出迎えには梢を差し上げましょう

あいうぃるぎぶあぶらんちとうみいとゆう

 介入し、発生し、そしてあっという間に終了した現象。


「これじゃあ、こんなのだとうかつに近付くことも、出来ないのかしら」


 中途半端に疑問形になっているのは、メイが目の前の現象の正体について、まだ理解しきれていないことでもあった。


「人が近付く分には、なんにも問題はないのですけれどね」


 彼女の憂いを少しでも晴らそうとしたのか、しかしキンシはあまり状況の打破に積極性を見せてはいない。


「彼方さんの縄張りは、他の魔力生物を寄せ付けない類のものでして。だから、普通の生き物にはなんら害は与えない、と記録が報告されています」


「それはつまり、だ。俺達のように魔力ギンギン、ギンギラギンな輩はお断り。ってことやな」


 出来得る限り明るい声を務めている。


 しかしオーギは後輩魔法使いの気遣いなどお構いなしに、単純かつ決定的な事実だけを述べる。


「まあ、いくらなんでも近付いた瞬間体が塵芥になるってことはねーと思うけど。だからと言って」


「なんの装備もなしに、はだかで近づけは面倒なことになる。ね」


 魔法使い共の言葉を待つこともなく、メイは言われずとも分かりきっている事柄を口の中で転がした。


「それで、どうすれば……」


 この場合における最も優先するべきことは、むしろその事実の後に広がる選択肢。


 不用意に、それこそちょっとした散歩気分などでは到底近付くことのできない。


 触れてはならない個人の領域に、はたして自分たちはどのようにして侵入を実行すべきなのだろうか?


「方法ならすでに、こちら側には十分用意されているさ」


 首をかしげかけてる魔女に何を言うでもなく、オーギは軽々と空中を移動し、シグレの背中に飛び移っている。


「フむ、フうむ? コれだけの強力かつ広範囲のPSをどうやってやり過ごそうっていうんだい? ゼひとも教示させてもらいたいところだよ」


 シグレが喉をフゥーゴフゥーゴと、激しく鳴らして魔法使いの言葉に耳をかたむけている。


「それはだな」


 仲間内の注目を一身に浴びながら、しかしオーギはあえて平坦な声音を保ち続けている。


「ソれは?」


 皆の集中を総合して、白いドラゴンの姿をしているシグレが期待をしていた。


「なーに、簡単な事だ」


「フむふむ?」


「デカいものには、他のもっとデカいものをぶつけちまえばいい」


 「?」メンバーのうちの大多数が頭上にクエスチョンマークを浮かべている。


 そんなことはお構いなしに。

 オーギは自らのアイディアをつらつらと、滑らかに並べ立てていく。


「まずはシグレさんの体をそのまま、丸ごと突っ込ませて。後は俺が一つ爆弾を仕込む。その後に出来るであろう亀裂に上手いこと入り込んで。その後はお前らの」


 作戦内容と呼称するには、あまりにもお粗末が過ぎる。


 オーギは一気に膨れ上がる驚愕と、その他の感情を受け流しつつ。


「その後のことは、お前らの好きにしてやれ」


 最後の言葉は固定された人間のみに、静かに伝えている。


「分かりました」


 若い魔法使いの視線の先にいる、キンシは近くにいたメイの代わりに力強く答えた。


「なんとしてでも、彼女を無事に中心部へ……。真ん中にいるであろう彼のもとに送り届けてみせます」


 眼前の敵を目の前に、胸の内に滾る先頭への気合を無言のうちに確かめ合っている。


「カっこつけている所悪いんだけど、オレの身の安全は考慮してくれないワケ?」


 若々しい力強さに関してはなんの価値も見出さず、シグレは至極まっとうな反論意見を述べている。


「その辺はまあ……その」


 覚悟しきっていた反論ながら。


 しかし巨大な異形の体に低い声音で、唸るように問いかけられると、流石にオーギでも怯みを隠し切れないでいる。


「大丈夫ですよシグレさん」


 先輩魔法使いの沈黙の代わりに、今度はキンシが明るく快活な声を発した。


「よもや貴方ともあろう方が、次元の狭間に押し潰され、感情と理性の刃に八つ裂きにされながら。炎に焼かれても、それでも人間の心を捨てようとしなかった。よりにもよって貴方が、たかが一人の若造にどうこうされると、どうして思えましょうか?」


 背中にへばり付きながら、しかし今すぐにでもその身を都市の上空に曝け出すこともいとわない。


「ウん……」


 シグレはキンシの言葉を聞いて、やはり特に思慮を重ねることもせずに。


「ウーん! ワかいコにそんな風に言われちゃったら、オジさん頑張らずにはいられなくなっちゃうかな!」


 結局は、優しい大人らしく若者の意見をくみ取る動きをとった。


「それじゃあ」


 キンシが喜びに体を起こそうとしている。


「ワかってる分かってる、ミんな再三、シっかりつかまってなよ」


 それ以上の言葉を必要とせず。


 シグレはもう一度背中に群がってくる魔法使い共の、手のジットリとしたあたたかさを真珠色の鱗に味わい。


「トつ撃!」


 二枚の翼で激しく宙をかき乱す。


 途端にその体は前方へ、赤い怪獣のいる方向へと直進する。


「しっかり……、しっかりつかまって……!」


 キンシはもう一度男性の背中に、うずくまる格好で身を寄せ付けている。


「ウウウウ、ウウウウ」


 耳元でシグレの唸り声が、領域によって身を少しずつ焼かれ、削られている彼の苦しみが響いている。


「ウウウウ! う───」 


 音は中心へ、怪獣の体に近付くにつれて人間味を急速に喪失していく。


「─── ||| u, 444444444!」


 音はやがて、いつかどこかの場所で聞いたサイレンの音。

 それか別の、何か人間らしくない音に類似性を発揮する。


「モ、モ、モモ! モう無理! コこれ以上は限界!」


 いつしか体は空中に投げ出されている。


 それもそのはずであって。


 領域内を無遠慮に突進していたシグレの体は、目的の物体に辿り着く少し手前にて、急速に酸化してしまったかのように。


「シグレさん!」


 メイが溶け行く彼に手を伸ばそうとする。


「オ先に退場するねーっ!」


 だが彼女の心配を受け付けるまでもなく、ほとんどの体力を消耗しきったシグレは元の姿に。

 あの、崖の上のパン屋で出会った時と同じ。


 白いオオサンショウウオの姿に戻っている。


「ありがとうございました」


 キンシは都市に戻っていく彼に短く礼を伝え、すぐに空中で体勢を整える。


 両腕と両足で宙を撫で。

 そうすることで肌に感じる「水」の、重くしっとりとした質感を脳に意識した。


 全身から肉の重みが、重力による在るべき支配が失わせ。

 キンシの体はすぐさま、都市の空に打ち捨てられたビニール袋のようにたゆたう。


「オーギさん!」


 全員の安否を確認する暇もなしに、キンシは先輩魔法使いに合図を。


「承知」


 叫び返す動作も惜しむほどの勢いで、オーギは手元の薬箱を。


 それを、浮遊するための道具として使おうとはせずに。


「惜しまない、丸ごと喰らっとけコラア!」


 緩やかでいながら、しかし確実な落下の速度の中において。


 オーギは腕を大きく振り上げ、感情の激しさのままに重苦しい箱を空中に放出する。


 最初に投げ込まれた水の球とは、形状や強度はもちろんのこと、質量や魔力量も圧倒的に凌駕している。


 内部に魔法使いの作品が、魔法に基づいて制作された水薬がたっぷり内包されている。


 箱は怪物の、ヌラヌラとほのかに発行している肉体。


 その一歩手前の辺りで一時停止をし。

 そしてトタンの様な硬い物体に衝突した時の様な、雷鳴に似た瞬間の轟音を鳴り響かせた。


 ガラガラと硬質な物体が崩れ落ちる音。


 最後の壁、肉の一歩手前に張り巡らされていた領域は、魔法使いによる異物によって一部を損傷させていた。


「チッ……やっぱり少し容量が足りんかったか」


 自前での浮遊魔法をあまり得意としていない。オーギは不器用に緩やかな落下をしながら、力及ばずに悔しさを舌の上に滲ませる。


 彼の憂いはそのままに。


 ようやく本元へと近づきかけていた最後の領域は、早くも傷口が塞がるが如く自動回復を実行しかけている。


「急がないと、閉じちゃう!」


 メイが手を伸ばしているのを見て。

 キンシはどうにか彼女だけでも、目的の場所へと滑りこませなくてはならないと。


「負託を受け付けます」


 焦る気持ちに動作を本来の形にさせられないでいる。


 キンシの体は他の人間の体に支えられている、耳元で電子的な音声が鳴っていた。


 体が少々暴力的ともとれる引力に圧迫される。


「う、わ」


 もう一度目を開いたときには、眼前はまさしく赤色の世界であった。


「豚肉の塊、牛肉百グラムの色彩が目の前にっ?」


「いいえ、先生それは勘違いです、彼は食品ではありません」


 思わず口をついて出た感想に、トゥーイは無表情でキンシの言葉を否定する。


「瞬間的速度の移動により、領域を突破。ここは対象物の体内、外皮の一部に劈開を発見したため、そこに一時的な安息を不安定に」


「なるほど、ね」


 一面の赤色、上も下も、右も左も赤々と体液が脈打つ肉の塊。


 振り向けば後方に、ちょうど人の体一つで突き破ってきた程度の穴がポッカリと。

 外部から侵入する雨粒を僅かに滴らせている。


「ちょうど肉の薄い所があって良かったですよ」


「そうね、下手したらあいだにはさまれて圧殺、だったかもしれないものね」


 物騒かつ幸先の悪いタラレバを語り合っている彼女たち。


 そこへ一陣の色彩が突進していく。


「───! ───! 先生」


 伸び晒した爪で板を引き裂いたかのような、耳をつんざく電子音によってトゥーイが叫ぶ。


 それから一拍ほど間をおいて、キンシ達がいた辺りに大量の樹木が炸裂していた。


 どこからともなく伸ばされ、攻撃的な発射の後に自らの一部ごと、赤く鋭利な先端で抉りとっている。


 トゥーイの脳内に人知れず、独り最悪な想像が瞬いた。


 が、所詮は杞憂に終わる。


「がああ!」


 とても上品さの欠片もない、そんなものは全く持って不必要といった。


 それ程の勢いの発破の後に、根こそぎ破壊された樹木の欠片を槍の側面が問答無用で薙いだ。


「なんというご挨拶! いきなり攻撃ですかコンチクショウは」


 キンシは実に腹立たしいと言った様子で。

 手に持つ槍の石突きで破壊したばかりの枝を、足元の肉ごとぶっすりと刺突する。

歯周病の歯茎と同じ色合いです。

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