こんなことをするなんて
キンシは薄いゴーグル越しに、じっと目を凝らしてみる。
「んんんるるる?」
確かに、怪物と呼ばれる存在が持つ独特の内臓、透明な結晶に似た丸みのある器官。黒味の強い赤色が蠢く固定されていない内部。
液体がたっぷりと詰め込まれた水槽によく似た中身に、それほど大きくはなく、しかし確かな存在感のある影が漂っていた。
皮の開閉によってはっきりと正確な見定めは出来なくとも、しかし見つめるごとにとある確信を抱かせる。そのような形を持つ影が、怪物の内臓の中に含まれている。
あれは、あそこの中に浮かんでいる小さなものは、まるで。
「中に、子供が……!」
キンシの背後で、少年の震える声が決定的なことを呟いた。
「子供が食われてる……!」
この場にいるおおよその人間、主に子供たちが彼方という名の怪物の内部に取り込まれている存在に釘付けになっていた。
そんな中で、そんな状況にもかかわらず、二人の青年は目の前の怪物とは別の存在に気を向けていた。
まず、哀れなる罪なき飲食店[綿々]の店長、木々子の青年ヒエオラ氏。
誰が、どのように考えても命そのものが危険にさらされている状況において、彼はそれでも自身の財産とも呼べる店。その玄関を「間接的」ではなく「直接」破壊した存在を、半ば本能に近い察知能力で探し当てようとした。
意味など特にない。
ただ自分の家でもある店が、かなり長いしばらくの間キツキツの赤字にまで追い込まれるであろう。その現実に対するやるせない、やり場のない怒りと悲しみだけが彼の意識を動かしていた。
彼の人生において、今まで経験してこなかったほどに薄い黄色の耳の花を研ぎ澄ませた結果、原因そのものはすぐに発見することが出来た。
怪物が滑らかで、プニプニとしたとても柔らかそうな腹部をかすかに上下させている。
怪物の腹部、質量たっぷりの肉が生命活動を持続させている。
そのすぐ横で白色に塗装された乗用車が、巨人に殴り飛ばされたかのような姿で転がっていた。
車は、とりあえずのところこの灰笛においてよく見る型の自家用車に見えなくもない。
どっしりと重そうな造りの、陸と空の両方に適応した車両。
エンジン部分に魔力鉱物と、そのエネルギーを運用するための魔術式。
あとは、科学的根拠に基づいて運動するための燃料と機構をたっぷりと詰め込んでいる。
そんな、灰笛に限定されることなく、この世界ではありきたりな移動手段。
普通そうな車が、見るからに異常な怪物……、カエルの子供をそのまま巨大化させてしまったかのような形をしている。
そんな肉体の付近で横転事故を起こしていた。
てっきりヒエオラは、彼方が直に激突したことによって玄関が吹っ飛ばされたかと思っていたが、どうにもそうではなかったらしい。
爆発自体は、車が突っ込んで衝突したことによって引き起こされた、つまりは交通事故。
なのか? とヒエオラはごくごく短い時間の中で考える。
いくらなんでも、普通に走っていた車が爆発と紛うほどのスピードで店舗に突っ込むものなのか?
そんなのまるで、ただの自殺行為じゃないか。
粉々に粉砕された風防ガラス。
使い捨てられた紙袋のようにひしゃげているバンパー。
それまでは誇らしく艶やかに輝いていたであろう、傷まみれの塗装。
正気の沙汰ではない、青年はそう思った。
そして、もう一人の青年も同様の感想を、まず最初に抱いているらしかった。




