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ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷ

ぷるんじいんとうあぱどう

 魔術師たち、とりわけエミルと言う名の男性魔術師の方。


 彼は目の前に存在している事象。一人の他人の身に起きた、まさに劇的と呼ぶべき変身シーンに驚き。


 同時に、これは彼にとってあまり好ましくなく、素直には認められない感情ではあるが。


 それでも、それ以上に、否定できない程の存在感によって。エミルは始まり、終わった変身に感銘を受け、下手したら嘆息を零してしまいそうなほどに。


 それほどに、エミルは目の前で行われた魔的な行為に、腹の内を感動を荒れ狂わせていた。


「デもいきなり体を伸ばしたから、チョっと肌がぴりぴりと引きつる感じがするよー」


 どしどしと、アスファルトの耐久度の瀬戸際ギリギリを攻める。


 シグレの白い、白樺の巨木のごとき存在感のある四肢が、雨粒に染められた黒い道の上をしっとりと踏みしめている。


「コこの体じゃあ、ボディークリームも使えないし。イやあ、コまった困った」


 この体、はたしてその体で? エミルはじっとシグレの体を見て。


 大量かつ密集している。

 安易に触れたら切り傷が生まれてしまいそうな、それほどに鋭利そうな鱗に包まれた肌 


 腹部や関節など、鱗の保護を必要としない部分。


 素肌と呼ぶべきなのだろうか、その辺りもでこぼこと、滑らかさと弱々しさからは遠く離れたデザインとなっている。


「ヤだなあ、ひび割れとかあかぎれが出来ちゃったらどうしようー。ジ分ももう歳だからさー、アんま無理したくないんだよねー」


「その時は」


 その体で、あたかも広く一般的な主夫のような、平凡な心配をしているアンバランスさ。


 その図体で、ひび割れやらあかぎれなんかが起きるものなのか。


 と言うか、そんな人間らしい感覚、疾患が、痛覚が本当に残されているのか。


 気になることはたくさんあるが。


「あー……っと、その時は知り合いの医者を紹介しますよ」


 今はそんなことをしている場合ではないと、エミルは大人らしく我慢をしながら。

 社交辞令的な相槌を適当に打っておくことにする。



 メイはすでに、分単位でかんがみるとすればだいぶ以前に、悲鳴をあげることを止めていた。


 止めていた、と言えば能動的すぎるかもしれない。


 実際はもっと受動的。メイ自身の体内に非常の叫びをあげられるほどの体力そのものが、もうとっくの昔に使い果たしていて。


 あとに残されていたのは、ぼんやりポカンと唇を半開きにして。

 

 川の流れに身をさらす花弁のように、現実をそこに在るものとして受け止めること。


 それだけしか出来ないでいる、メイは他になにも行うことができないでいる。


「……あの」


 だが決して彼女の前身から、何かしらの行動的な欲求が失われ。今後はもう上品で貞淑に、一欠けらの行動力も損なわれただとか。


 そのようなことは、決してない。


「シグレさん、質問しても、よろしいかしら?」


 それだけはありえないと言っても良い。


 他でもない彼女自身が否定する。


「気になることがたくさんありすぎて、なんだか胸がドキドキして。いまにもあふれて、ハレツしてしまいそうなの……」


 こんな魔的行為を、魅力的な事象を、あり得るはずの無い現実を目の前にして。


 よりにもよって魔女である彼女自身が、よもや沈黙を選択するなどと。そんなのは、それこそメイにとってあり得ない、であった。


「マあまあ、メイちゃんよ。ソんなに鼻の穴を大きくさせなくとも、コのおじさんに答えられることなら何でも答えてあげるから」


 自身の見ている視点から遥か下方にて、眼球が零れ落ちそうなほどに爛々と赤い瞳を輝かせている。


 シグレは興奮しきっている幼女に対し、いったいどのような対応をすべきなのか。


「サあ、ナんでも聞いてちょうだい」


 出来る限り失態をしないように、後々に裁判沙汰にならぬよう、そんな不安に駆られながら。


 シグレはそっと腕を。腕と呼ぶにはあまりにも頑強になっていて、それはすでに前脚と呼んだ方が正しいのかもしれないが。


 とにかく、彼にしてみれば変わらずそれは腕に変わらない。肉体の一部をそっと屈折させて、シグレはメイの声がきちんと聞き取れるように。新幹線の先頭と形状が似ている頭部を、幼女の体に近付ける。


「ソれで? オ嬢ちゃんは自分に何を聞きたいのかな?」


 外見上は間違いなくドラゴンでしかない。


 仮にメイが、この小さく世界や世間のあらゆることをまだ未経験である。


 人間、とりわけ女性と言う生き物としては限りなくひ弱以外の何者でもない。


 そのような彼女であっても。眼前に呼吸をしている男性、らしき生物が現実には有り得ない。


 まさにファンタジー、幻想を焦げるまで煮詰めたかのような造形をしていることは、十分に理解できている。


「ええ、そうね……私の聞きたいことは」


 理解しているからこそ、メイはこの現状が。


 大きな白いドラゴンが、自分に向かって丁寧に姿勢を低くしてくれている。


 その行為が、なんともちぐはぐで奇妙なものとして、不気味に思わずにはいられないでいる。


 とは言うものの、せっかく相手が待機しているのだから、いつまでもだんまりを決め込むわけにはいかず。


「シグレさんは、あなたはどうして、その姿になったのですか?」


 結局口をついて出てきたのは、アバウトで目的もあやふやな問いかけでしかなかった。


「あの、いえ、やっぱりお答えにならなくても……」


「ナんだそんなことか。タん純、カんたんだよ、オレも昔大事なものをこの手で殺したんだ」


 自身で口にした質問文に対して、おろおろと戸惑いを隠せないでいる幼女。


 シグレはそんな彼女の頭上に、簡単かつ簡素、シンプルに何の脚色もされていない真実を淡々と告げる。


「殺した」


 短い言葉。


 だがその内部には大量の意味と、決して他人からは目に見ることのできない、星の数ほど多量の理由を内包している。


 自身の身に起きた結果を木霊のように繰り返している。


 シグレは少し言葉がストレートすぎたかもしれないと、反省を含めて微笑みでも作ってみようと考えた。


「オレも昔はやんちゃしてね、イろいろと莫迦なことをしたものさ」


 だけど硬い骨と牙に固定された頭部では、とても人間らしい器用な嘘など浸けるはずもなく。


「それはつまり、詳しいことはあまり聞くな、ってことですね」


 彼は幼女に向けて、牙をむき出しにしている。


 傍から見れば狂暴な怪獣が、目の前に転がっている獲物を今まさに食らい尽くそうとしている。昔話か伝説か、ロールプレイングゲームの恐ろしい一場面にしか見えないであろう。


 異常な場面、日常とは遠く、はるか彼方に離れた景色。


 自分の体がその最中に取り込まれている、メイは事実をどこか客観的に愉快に思いつつ。


「うちのおじい様も、そうやってよく私に話したくない昔のことをはぐらかされたわ」


 いかにもその辺の、家の玄関先で世間話でも決め込むかのような気軽さで。


 メイは男の秘密を口の中に頬り込み、飲み下すことなく喉の空間に放置を決めこむことにした。


「ソれがいい、ソの方がオレも助かる」


 小さな彼女の気遣いに、ドラゴンの体を地面の上と雨の中に晒している彼が、静かに気おくれを噛みしめている。


 その間、間中ずっと、この異常事態の主犯格とも呼ぶべき。


 魔法使い共はなにをしていたのかと言うと。


「先輩、オーギ先輩! もう少し腰に力を入れて、そのままだと腕ごと持っていかれますよ」


「うるっせえな! わーっとるわ、んなこと。ちょい黙ってろ」


 まさしく自身の手で変身を命令した。


 男性の膨れ上がった、完成済みの巨体のある所。


 もしも時間が日中であるとすれば、影になって存在感が隠れるであろう場所。


 その辺りで、彼らは軽々しく言い争いをしながら、張り切って何かしらをしようとしていた。


「ナんか、ヨこっ腹の辺りがやかましいな」


 自身の体の近くで、小さな生き物がキャンキャンとわめき合っている。


 実際に経験をする機会など、ほとんど無いように思われる。


「そうですね、何……何をしているのでしょう?」


 とは言うものの、空想するだけでもよろしくない状況であることは、容易に想像を追いつかせられる。


「ちょっと見てきますね」


 シグレの反応。人間のように容易な読み取りは不可能であっても、どう形容すべきか、全体の雰囲気とでも呼ぶべきなのか。


 とにかく、彼の表情にしてみれば、わざわざ確認する必要があるものでもない。


 日常行為の葉中であることは、メイにもそれとなく理解できていた。


「どうしたの? なにをそんなにさわいでいるの」


 だからこれはやはり、メイ自身の感情に基づく好奇心の行動でしかなく。


 彼女がシグレの体の下を、そっと潜り抜ける。


 相変わらず現実感の乖離は甚だしく、瞬きを一つした後の視界では、白いドラゴンなんて跡形もなく消え去っているのではないか。


 なぜかメイ自身が、当人含めた他の誰よりも不安に思い。


 だがしかし、わざわざそんな滑稽な不安を口にしようとも思えずに。


「あら、ここだとシグレさんの体におおわれて、雨粒がほどよく防げるわね……」


 メイはシグレの体の下を通り過ぎて、魔法使いの二人がけんけんとしている場所へと辿り着いている。


「えっと、それで……あなたたちは何を?」


 彼女が呼びかけをしながら近付いてきている。


 しかし若い魔法使いの二人は、魔女がひとり近付いてきている事などまるで気にも留めず。


 せっせせっせと、自らの作業に熱中と集中を続行している。


「あれえ? どこか引っかかっているのかな」


 いつもの口調すらも忘れてしまっている。


 キンシはそこそこ落ち着きを失った様子で、左手を真っ直ぐ地面に伸ばして。


 何故か、アスファルトの表面に生じた僅かでなだらから窪み。そこにたまった雨水、つまりは水溜まり。


 その集合体に、キンシは左の指をとっぷりと浸からせている。


「キンシちゃん?」


 今更、適切な時間もタイミングも、なにもかもが通り過ぎている。


 ゆえにメイはもう、この黒いショートカット(一部、一房ほど黄色ががった白髪(はくはつ)が混ざっている)の若い魔法使いの行動について、何か理屈を求めようとは。


 そういった無粋な行動は、あまりしない方が得策であると。


 魔女であるメイですら、諦めかけていた。


 そのはずなのに、どういう訳か。どうしても相手は魔女の理解から少し、片足一歩ほどズレた事柄をしてくるものらしい。


 と言うのもまた、メイこの短い時間で得た真理でもあって。

 だからこそ、彼女は行動をさらに続けた。

そう言う気になって

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