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声は雨に溶けて消える

ボイスメルトズインザレインアンドディスピアーズ

 彼と彼女が語らいを繰り広げている間。


「オやおや、ナーに? コんなおじさんの噂話に花を咲かせちゃって」


 一通りのやり取りが終了したらしい。


 シグレが、まさに話題の中心点に存在している彼が。

 ヒタヒタと、柔らかな足音を立てて、子供と青年たちのいる方へと歩み寄ってくる。


「おお、シグレさん」


 キンシが分かりやすく、わざとらしい驚きの声とジェスチャーを作る。


「うんうん、そうですね。やはりこういった話題は、当事者たる貴方の口からこそ大いに語られるべきでしょうとも」


 いきなり魔法使いから話題を吹っ掛けられる。


 緊急を要する展開にもかかわらず、シグレは意外にも平坦かつ、冷静な思考のもとで己の意見を口にする。


「ソうだなあ……、アらためて自分のことについて、それも殆ど自身の失態から成る結果について。イま更話そうってもなあ……。ソれはそれでどうよ?」


 だが当然のことながら、彼の口ぶりは曖昧で要領を得ないものでしかなかった。


「それで?」


 いろいろ話した結果、最終的にはどんよりと粘度のある空気だけが残された。


 魔法使い共の集まりに、エミルが硬質な呼びかけをする。


「シグレ、貴方の体に決められている獣の縛りを解く許可は取れましたか?」


 もうすでに彼と彼は、いかにも事務的なやり取りができるまでの信頼感だけを獲得していたらしい。


 「アあ、ソうだったね、ソの事についてお願いしなくちゃいけなかったんだ」と、シグレがとぼけたようにチロリと舌を出している。


「けものの……しばり?」


 その横で、メイがまた新たに登場する用語に首をコクリとかしげている。


 彼女のリアクションを見て、キンシが早速口を開こうとした。


 が、今回は魔女の脳内の方が行動が早かった。


「ああ、どみねーしょんの魔法術式のことね」


 彼女の口から何のためらいもなく、迷いのない滑らかさで吐き出された単語に、周囲が少し体を固くしている。


「お詳しいのですね」


 何の悪気もなさそうにしている。


 幼女の姿をした女性に、キンシは特に表情を浮かべないままに問いを向ける。


「いえ、少しなつかしく感じてしまって」


 魔法使いの言葉に乗せられるまま、メイはいつかの光景を。

 故郷の家、地下室でずっと椅子に座り続けて、その身に実験を施され続けた。


 かつての懐かしい日々について、単なる過去回想として記憶を蘇らせていた。


「おじい様が私の体をどこにもいかせないよう、ひんぱんに私の頭にさいみんをかけたものだったわ」


「それは……」


 軽やかに話している、シグレはそんな幼女に曖昧な表情を浮かべている。


「キみのほうこそ、ナかなかに大変な人生を送ってきたようだね」


 シグレはこれ以上この話を掘り下げないように、あまり長さの無い喉をコホンと鳴らす。


「でもその方法と、シグレさんとなにか、なにかしらの関係があるのかしら?」


 しかしメイの、魔女の好奇心はひとりの男性の気遣いなどまるで受け入れようとせずに。


 燦々と輝く好奇心の瞳に、魔法使いはただ正直に答えを返す。


「理屈は簡単です。冥人(みょうじん)に成り果てるということは、それだけ身体に優れた、多量かつ上質な魔力を有している、ということにもなりますので……」


 そのまま懇切丁寧な解説を行う、キンシとしてはそのつもりであった。


「ダから、ナんて丁寧な理由なんて必要なく」


 しかし言葉の後を若干の無理やりで奪い、シグレが自身にかけられた呪いについて要約する。


「ヒと非ざる輩の上に、ヒと以上の力を有している。カい物よりも怪物らしい自分らが何か、キくも悍ましい蛮行を働かないように。ソのために普通の人たちは、ジ分たちに魔法の鎖を作った」


 人間が人間のために、人間へ畜生以下の烙印を、無意識と無自覚よりも恐ろしい檻を形成した。


「もっとも、本当はウチの管轄でちゃんと、きちんとした管理で登録する。ってのが、本来の常識的行為なんだけどねえ」


 自然な素振りで話に乱入してくる。エリーゼの視線はシグレに、彼の体がこの空間へ出現した。


 その瞬間からずっと変わらず、警戒心に満ち満ちた色を放っている。


「ここへ来て新たな違法行為……。もしもアタシが真面目かつ品行方正な魔術師だったら、信憑性の低い検挙場所にカチコミするよりも、今ここで」


 掲げられた右手、そこに光が炸裂し、現れたのは魔力鉱物製の手錠。


「権力を行使しちゃいたい、ところだけれどお」


 実際にその、特殊な金属配合の為された拘束具で魔法使いやらを捕えるのだろう。


 現職の女性の手に輝くそれに、シグレとヒエオラが(おのの)いている。


「今は、それを優先するべきではない。が、センパイからのお達しでね」


 彼らの反応をしっかり楽しみつつ、エリーゼは奇術師のように軽やかな手つきで、片手の手錠をするりと跡形もなく空気に溶かす。


「なのでえ、アタシはそちらの若い子のお望み通り、好きなだけ憂さ晴らしのお手伝いをさせてもらうわあ」


 じっと、長いまつげの下の瞳をキンシと、そしてメイのいる方へと向けている。


「やれやれ、堂々と責任転嫁をしていいと教育したつもりはないんやけどな」


 楽しげな後輩に溜め息を吐きながら、エミルはまだ冷や汗をかいたままになっているシグレの方を見て。


「それで、話を戻しますが」


 取引の延長を行おうとしている、シグレは彼の表情をまともに見ようともせずに、片手を気だるげにあげる。


「ウんうん、イそがないといけないよね」


 そして、あげた手をそのままとある人間の方へ。


「ジャあ、キンシ君。タのめるかな?」


 自分の体よりも高い位置にある、見た目の分にはいたって健康そのものと言った肉体の。

 

 キンシと言う名の魔法使いに、シグレは自らの呪いを解くよう要求する。


「そうですね、僕でよろしければ」


 他に誰に頼むわけもない、この場において彼が頼むのは自分の他にいない。


 キンシと呼ばれている、魔法使いは相手の要求を迷いなく受け入れる。


「それでは……」


 さて、早速口を開きかけた所で。


「あ! 待って! ストップ!」


 キンシの行動を止めたのは、飲食店の店長であるヒエオラであった。



「まさかそのまま店の中でやられたら、今度こそ修繕しきれなくなっちゃうよ。いやあ、まいったまいった、本気でやるとしたら、そろそろ営業妨害で──」


 的な、店の店長による真っ当かつもっともなご意見のもと。


 魔法使いと魔術師と、一般市民その他は飲食店「綿々」の外。


 店から裏手へ回った、従業員用駐車場のある空間へと移動していた。


「雨! 来たとき以上に荒れ狂ってますねセンパイ!」


 城から配給されている、いわば制服と同等の意味を持つ雨がっぱに身を包みながら。

 エリーゼがエミルに、雨水に掻き消されないよう叫びかけている。


「どうしたんでしょう? 雲の上で不具合でも起きたのでしょうか?」


「さあな、その辺の事情について俺はあまり深く関与してねえから」


 男と女の魔術師はじっと上を、暗たんと広がる光の無い夜空に視線を送り。


「夜間の雨天は別に珍しくもねえが、しかし……」


 男の方、エミルと言う名の彼が、明るい青色の瞳を(うたぐ)るように伸縮させる。


「傷の様子が、「水」に何か、妙な違和感を感じないか?」


 そろそろ首が疲れてきたのか、エリーゼが溜め息と共に視界を通常の位置に戻している。


 だがエミルの方は、まだじっと視点を上空に固定させたままであった。


「違和感、とは?」


 首の関節をコキコキと柔軟させつつ、エリーゼが先輩魔術師に思ったままの疑問をぶつける。


「なんていうか、センパイらしからぬアバウトな不安要項ですね」


 シニカルにおどけた態度を作っている。


 だがエミルは後輩魔術師の表情など目もくれず、ただひたすらに上を。


 上にある雲、その向こうで燦々と輝いているであろう。魔力の現象について思考を働かせている。


「虫の知らせってやつかな、こんなに触覚が反応したのは……」


 言葉の終わりにかけて彼の声音は小さく、輪郭を曖昧にしていく。


「エええ? イまから犯罪的組織の総本山に殴り込みに行きたいっての?」


 男性魔術師の声は雨音と共に、他の場所から発生した素っ頓狂な声音に掻き消される。


「声が大きいですよ……シグレさん。一応ご内密の事情ですから」


 思えば今更になって事の状態を知らされた男性に、キンシが唇に人差し指を当てて静謐を求めている。


「内密って、そんなご大層な言い回しが出来るようなものでもないけどな」


 上着のフードでも防ぎきれない雨の量に、前髪を濡らしながらオーギが溜め息と同情をシグレに送っている。


「そういうことなんで、ここは一つ厄介になりますよ。なーに、あとでお宅のパン屋にお伺いしますから、なにとぞ」


 よろしくお願いします、を少し砕いて体で表現するオーギ。


「ナんて、サからうつもりなんて更々無いけどね。ナんといっても手前は……、オレは君たちの下僕、トいうことだし」


 軽口をはたいている、だがキンシは神妙な面持ちでシグレの姿をじっと見つめている。


「シグレさん、体調がすぐれないのならば、無理にお付き合いしなくても……」


 ここまで巻き込んでおいて、何を今更この若造はぬかしやがるというのか。


「ナにを言っているんだい、コのキンシ坊は」


 とは、そこまで直接的に言うなどと、そこまで子供らしくもなれない。

 シグレはにやりと、姿かたちの純真無垢さ、愛らしさでも誤魔化しきれない。


「チョうど退屈してきたところだったんだ、イい運動になるよ」


 冥人(みょうじん)の男は、とてつもなく嫌らしい笑みを浮かべて。


「さあ、魔導の同胞よ」


 小さい体の男は、呪われた肉体の彼は、魔法使い共に(かしず)く姿勢を演出する。


「呪われたこの穢れた肉に、狂気の骨に、愚かな眼球に。願いを、望みを言葉にして下さいまし」


 もとになった体の内、今の彼に残されたのはほんの僅か。


 そのうちの一つ、唇の隙間から覗くエナメル質の連続が、一粒一粒ずらりと並んでいる。


「分かりました」


 輝きに目線を這わせて、視線を向けられている魔法使いは。


 キンシと言う名の人間は、そっと異形の体に手をかざす。


「僕は貴方に要求します、その仮の体を捨てて、本来の形へと回帰することを望みます」


 かざした手の隙間、指の先で「水」が微かに震える。


「シグレ……、いえ、ここは正式に──」


 それは魔法使い、そして言葉をむけられる彼以外に気付くこともできないほどに。

 幽かで、存在の希薄な変化。


「アイエム エイチ型 number1898」


 だが言葉の前と、あとでは決定的に、拒否できない変化が訪れていた。

スイカ椅子

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