ふぁいていんぐが待ちきれない
早く! 早く!
「あああ ぁぁぁぁぁああああぁぁあああああぁぁぁぁぁ あ」
受け入れ難い、形容し難いほど粗悪な声が、心なしか勢いを増している雨音に混ざり込む。
「きゃああっ?!」
メイが悲鳴をあげていた。
未知なる存在に遭遇した、その驚愕を抑えきれずに声に発してしまった。
彼女の悲鳴を、キンシは片耳に聞いていた。
そして怪物に対して純粋な恐怖を抱いている、彼女の感情にどこか珍しいものを見つけたような心持ちを抱いていた。
爆発が起きた瞬間、この若い魔法使いにはこれから何が起ころうとしているのか理解できた。
理解した瞬間に、キンシはこれから起こるであろう戦闘の場面に期待を覚えていた。
戦いに参加できる、その現実に喜びの熱を膨らませていた。
すぐさまこの町における魔法使いとしての役割を果たすため、自らの危険も顧みることなく反射的に足が動き出していた。
そのような行動はキンシの隣に立っている青年、トゥーイにも共通していることだった。むしろ足の速さと反射神経においては、キンシよりも彼の方がかなり優れている。
だが、キンシはふとトゥーイの様子を見ている。
「トゥーさん?」
キンシは目の前の敵を視界に押さえつつ、隣の青年に意識を向けた。
いつもならば彼は、彼方の出現と同時に闘争本能、あるいは敵対心を剥き出しに燃やして、一秒を惜しむほどの素早さで武器を構える、そのはずなのだが。
「………」
今日の彼は普段と異なり、首元の発声装置を意味深に震わせているだけだった。
間に合わせて持ち寄ってきた武器を収納するための、文庫本のような形をした道具を右手に構えている。
それ以上の動作を起こそうとしなかった。
仕事の相棒である彼の様子、確かに気になることではあった。
だがそれよりも、どうしてもキンシの内側では別の感情が新たに生まれ、体を支配しつつあった。
心臓はスズメのように飛び跳ね、口の中の苦みはいつしか滑らかで熱い甘みへと変わる。
寝不足で乾き気味であったはずの眼球は温かく潤い、腹部を圧迫していた空腹感も何処かへと忘却している。
キンシはこれからのことに期待していた。これから起こる戦いに、楽しさを期待していた。
抑えようのない期待感が、体の隅々の筋肉に熱湯のような血液を巡らし、緊張しているにもかかわらず顔面は弛緩して唇が意に反する歪みを描こうとしている。
キンシの、隠す気などさらさらない闘争欲を感じ取ったのか彼方が口、あるいは眼窩にも見える部分を大きく開いた。
その内側には巨大な水晶玉、もしくは生物の眼球らしき球体が埋め込まれ、肉の開閉に合わせて弾にまとわりついている体液がぬらぬらと光り、かさぶたのような結晶がポロポロと地面に落下している。
「先生。推奨を滞在する、見えるでしょうか?何か」
トゥーイは文庫本を強く握り締めたまま注意深く彼方の、怪物の内臓を観察した。
彼の言うとおり、腐った沼のような色をしている怪物の内臓、その中には何か小さな影が蠢いていた。




