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雨降りは不協和音に歌謡ショウ

百点満点! 夢の階段!

 脳を覆う膜、薄い皮と分厚い頭蓋骨の下。


 体液で満たされているはずの部分、そこが硬くなっていると、キンシの体が錯覚している。


 あり得るはずがない、生物にそんな事象が可能な訳がない。


 だが、キンシの体は錯覚を止めようとしない。


 硬直している、脳細胞に乾きかけのゼリーのような硬さがまとわりついている。


「僕は、だから僕は」


 言葉を止めてはならない、キンシはそう考えていて。

 しかし体が意識の言うことを受け入れようとしない。


 喉の筋肉は強張り、必要最低限の呼吸すらも実行を困難としている。


 キンシは言葉に詰まる。


 本当はもっと、なんでもいいからなにかしら、言い訳みたいな台詞を吐き出し続けたかったのだが。


「うう、んん」


 もしもこのまま唇を開いてしまったら。凝り固まった頭痛の下、キンシの思考が予想をする。


 このままだと口のなか、喉の奥、水分と粘膜で構成されているどこかから。

 排出されるべきではない、けがれた良くないものが噴出されてしまいそうな。


 そんな予感が、予感が、予感が。


「キンシちゃん」


 口を半開きにしたまま、虚ろな目で棒立ちになっている。


 メイはそんな魔法使いの手を、左側に伸びている裸の指をそっと。


 爪で傷をつけないように、そっと慎重に、気を付けて握りしめた。


「……メイさん?」


 だが彼女がどれだけ気をくばろうとも、拒否しようとも、キンシの肌にはしっかりと痛み。の、一歩手前、そのぐらいの刺激を感じていた。


「落ち着いて、いえ、落ちつきなさい。呼吸に意識をむけてはダメ、ふつうに、なにも考えなければいいの」


 じっと赤い瞳が自分のことを見上げている。


 キンシはそれを見る。そこには何の感情も確認できない、魔女の目は魔法使いに平静、ただそれだけを求めていた。


「えっと、あっと……、失礼しました」


 命令に従った、なんて律儀な性分を発揮したわけでもなく。


 ただ他人の冷静な視線を浴びた、それを自覚した、その途端。

 

 キンシは自信でも若干呆れかえるほどに、急速な精神の安定を構築することができていた。


「えっと、なんのお話でしたっけ?」


 きょとんとした様子で振り返り、いけしゃあしゃあと事の前後を確認してくる。


「お前な……」


 オーギはそんな後輩魔法使いの態度に、当然のことながら苛立ちを覚えつつ。


「まあ、もう何でも、どうとでも、ええんとちゃうか?」


 何かしら、色々とちゃんとした反論を考えてはいたものの。

 

 すっかり語気を削ぎ落されてしまったかのように、指で後頭部を軽く掻きむしっていた。


「なにをするつもりなんでしょうね」


 魔法使いたちの、さして会話らしい会話でもないやり取りを傍目に。


 エリーゼはわくわくと、愉快そうにエミルに意見を求めている。


「あー……、さあな」


 楽しげな後輩とは対照的に、エミルは妙に神妙な顔つきで若者たちのやり取りを観察している。


「さて、気をとり直して、です」


 先輩魔法使いからの許可と言う、さして重要性があるわけでもない言質のもと。


 キンシは再び彼のほうへ、ヒエオラ店長の元へ近寄り。


「ヒエオラさん、貴方様にお願いしたいことがあります、ございます」


 わざわざ丁寧が密集してそのまま腐ったような、そんな言い回しをしてくる。


「うん、うん? なんだいキンシ坊よ」


 質問の前置きを口にしつつ、しかしヒエオラはその時点ですでに理解ができていた。


 魔法使いが、この顔色と目つきの悪い魔法使いが何を、自分に望もうとしているのか。


「彼を、シグレさんをここに呼んで。彼に特攻の手助けをすることを、他でもない貴方に命令してほしいのです」


「えええ?」


 頭のなかでは理解していたはずなのに。


 やはりどうしても、こうして現実に言葉にされると、ヒエオラはその突拍子の無さに驚愕せずにはいられない。


「あいつをー? どうして、わざわざ? 止めとこうよこんな……」


 しかし流石に職業柄なのか、顧客の要求を理解する速度は目を見張るものであって。


 ヒエオラは自分の近くにいるエリーゼと、もう一人の魔術師に控えめな。

 だが確実に、慎重そうに窺うかのような視線をチラリと送り。


「なにもこんな、こんな感じの人たちがいるまえでやらなくても。あいつにも示しがつかないじゃん?」


 あからさまに、むしろわざとらしいとも思えるくらいに。

 

 ヒエオラは魔術師たちの前で、キンシの言う「シグレ」なる人物を呼ぶことに抵抗を覚えている。


「大丈夫ですよヒエオラさん」


 はたしてその人物とは。魔術師、それも灰笛城というメジャーな組織に属している。堅苦しい役職についている。


 そんな魔術師の前で、連絡をするのにもためらいを抱くような立ち位置にいる人物。


 はて? エミルは魔法使いと一般市民のやり取りを見て、積み木のように予測を積み上げる。


 前述の情報だけでも、その人物が公的にはあまり認められない様な状況にあることは、容易に想像できる。


 だがそれだけで、ただの怪しい人間なら、灰笛では大して特別性があるわけでもない。


 なんと言ってもここは魔法使いと、そして、人間を問答無用で襲う怪物。


 そんな輩がのうのうと、さも平和じみた面を下げて暮らす。そんな場所、土地、都市。


「分かった、分かったから! もう、しょうがないなあ」


 エミルの思考が横道にそれかけた所で、ヒエオラが降参と言った感じに腕を軽く上げる。


「どうなっても、アイツに怒られても知らないからね! 手前はなんも知りませんて」


 やれやれとなっているヒエオラ。


「ありがとうございます、感謝感激雨あられ、です」


 そんな彼に、きっちり折り目正しく頭を深々と下げているキンシ。


「ただちょっと、久しぶりに使うから、ひとりでやるには自信がないなあ……」


 ほとんど黒一色、佃煮(つくだに)のように艶めく髪の毛を見下ろしながら。


 ヒエオラは割とすぐに気分を切り替えて、実行のための手段について考えていた。


「それでしたら」


「権限を譲ってください」


 キンシが方法を考えると同時に、トゥーイが手段を主張してきた。


「ヒエオラ氏、貴公の寛大なる感謝に心は反乱を数限りなく湧いて出る。然るべきは説明の手段も不必要に私が鐘の鳴り響きを範唱。許容してください星もなく不吉な闇の共鳴を」


 スピーカーの調子が悪いのか、それとも外の豪雨が音を乱雑にしているのか。


「うわわ、何この人?」


 ブツブツと耳障りなノイズ音以外の何か、何か不気味な声を発している。


 エリーゼは無表情の青年をチラチラと見ながら、目を丸くしてエミルに耳打ちを。


「……あれ、センパイ?」


 しようとした所で、彼女が彼の違和感に気付いている。


「ああ、トイ君が手伝ってくれるのね、そういうことね」


 その間に、彼の怪文法の解読を済ませたヒエオラは、早速次の行動に移ろうとしていた。


「じゃあ、うん。ちょうどいい所に魔方陣の余りもあるし、憑代(よりしろ)はこれでいいかな」


 トゥーイを魔法陣の残骸、床の上にチリチリとこびり付いているものの、中心の空白に移動させつつ。


 ヒエオラの方は厨房に手を突っ込み、その中から洗い立ての皿を一枚引っ張り出した。


「十分ですそれは喜ばしい」


 トゥーイは小さくうなずいて、ヒエオラから白い陶器製のそれをサッと受け取る。


「ちゃんとマスクをとるんですよ」


 さあ、いざ。の前に、キンシが一言トゥーイに注文を入れて、彼も得に逆らう訳でもなく、素直に要求を聞き入れる。


「………………」


 マスクをとれば、当然隠されていた彼の素顔が空気と、他人の目に晒されることになる。


 エリーゼは「うわあ」とそれらしいリアクションをして、エミルの方からは特に何も聞こえてこない。


「………………」


 取りはずしたマスクはとりあえずキンシに預けて。


 トゥーイは出来る限りリラックスをした格好で、受け取った道具は決して落とさないよう、両の指でしっかりと支えている。


 靴底、しこたま踏み潰したとしても、そうそう簡単には磨り減らないであろう。


 頑丈で無骨なデザインの、爪先で魔法陣を少し撫でて。


 彼は息を吸う。


 吸って。


 吐いて。


 もう一度、呼吸の後に。

 胸の下に潜む、肺が大きく膨らむ。


「……………、───」


 トゥーイは喉を動かす、気管の中に大量の空気を含ませて、口内の筋肉が音のために動き出す。


「a---,a---,」


 最初、魔術師たちはそれが人の声であると気付かずに。


 そうでなかったら、外の風の音か、もしくは自分の耳の中で響く肉の反響音だとか。

 

 その類の音、生き物らしくない音、言葉の雰囲気にかけている音。


 とにかく、人間の声と認識するのに、少しだけ時間を必要とした。


「aaa,/// a---a---」


 認めたくなかった、拒否感があったのかもしれない。


 とにかくそれは、どうにも、どうしようもなく現実感のない。およそ人間らしさの無い、生きている空気感が決定的に、徹底して欠落している。


「a---,a---,aa---,」


 しかしそれは紛れもなく、青年の体内にから排出される、空気と肉の動きの伴った。


「うたってますね」


「歌ってるな」


 魔術師たちは歌を聴いている。

 

 トゥーイと呼ばれている青年がそうしている、歌声は認識の外側で音色を連続させる。


「---,---,---,」


 高く、高く、時々山あいの渓谷のように下り坂が、定期的に繰り返される。


「……不思議なメロディ」


 率直に変とも言い切れない、メイは彼の歌声について、どういった感想を言うべきか迷う。


 いくらこの青年が、トゥーイと言う名の不思議極まる人間が、存在そのものが不可解さに満ち溢れているとはいえ。


 まさかいきなり、それもこれだけお膳立てをしておいて。

 

 無意味に不気味なリサイタルを開催しようなどと。


 事情を知らぬ彼らは、言葉にしてはっきりと疑問を抱くことはしなくとも。


 だが、そろそろ、不安を胸に一滴垂らしたくなる。


 それぐらいの長さまで、彼が歌い終えた後。

 

「………………」


 何の前触れも、脈絡も、予告もなく。


 トゥーイは歌うことを止める。メロディ、あるいは、もしかしたら存在していたかもしれない歌詞が一節終わったのか。


 考えても理解は出来そうにない。とりあえず、声は耳に心地よく、吐息の感じが良かった。


 そう、メイが思って。何なら拍手の一つでも送ってみようかと。


 思う、前に、変化は早々と訪れていた。

最近はカラオケコンテストでしょうか。

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