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脳細胞と呼吸

会議は踊って終わる。

 栄えある、鉄国有数の主要都市。ありとあらゆる魔導の者が跋扈する都市、灰笛。


 そこに、そんな所に暮らす一般市民、ヒエオラさんが言うには。


「その場所はねえ、ヤバいよー。もうこの、ただでさえ変な人が多い灰笛のなかでも、とりわけヤバみが高い人たちがいっぱい集まって、なんかヤバい事をやっている。そんな感じ、僻地(へきち)だよ現代のイラズ山だよ」


 とのこと。


「本当に、今からここに行こうっての? マジ」


 彼の怯えに、エリーゼが飄々とした様子で返事をする。


「マジもマジ、おおマジ真面目よ、アタシ達は」


 世間話、井戸端会議的な和やかさを見せている彼女と彼。


「一つ気になったのですが」


 女性魔術師の、そんな気丈さを羨ましく思いつつ。

 キンシはこの際だから、気になる質問事項をより深めてみることにした。


「お二方は、その団体についてどれほどの事を、知っておられたのでしょうか?」


「それは……」


 エリーゼはすぐに答えようとした、所で、すこし顔をかたむけて黙考。


「うん、話せるだけの話をさせてもらうとね」


 彼らはもともと別々に行動をしていたらしい。


「別々と言っても、それは単に担当部署が異なるという。まあ、逆らいようのない当たり前の区分があった訳だけれど」


 エリーゼはゆっくりと、少しだけ上を向いて。その間に過去の回想を、自らの仕事に就いて改めて言葉を並べる。


「センパイはかねてから団体ハルモニアに関する調査を担当していましたが。アタシの方は、先日灰笛外起きた……殺傷事件について、もともとはそれだけを少しだけ、担当していたのよ」


 殺傷、事件。二つの単語に幼女の体がピクリ、と振動する。


 エリーゼの語りはそのまま進む。


「最初はただの……この世界のどこにでもある事件の一つ、とされていた。そこにわざわざアタシが呼び出された理由、に、ついては。もういちいち語る必要もないとして」


 錬金術師が何やら怪しい実験をして、そこには魔導に関する何かしらがある。


 そういう訳で灰笛城、魔術師連盟本部より呼び出されたエリーゼは、そこで信じ難いものをいくつか見た。


 それらは、すでに彼女を含めた数人が知っていること。


「殺された被害者の遺体は、その場に放置されていて。実験室からは記録に残されていた検体が消失。唯一の肉親とされていた少年の居所も不明、と」


 何でもない、どうということもない。ただ少し、特徴に含まれている要素が特殊すぎていた。


「被害者が団体と関係のある、と言うよりは、あー……団体の元主要メンバーであったと情報が割れるのに、さして時間はかからなかったそうだな」


 情報を言葉にするために、口を閉じて考えているエリーゼ。


 彼女の無言の間を縫うように、エミルが会話に介入をしてくる。


「団体が何か、倫理的に常識的に、そして良識に反する方法で魔法生物を生成している、と言う情報は前々からリークがあったがな」


 魔法生物。魔力を有する、人間を中心としたこの世界の大多数の生き物。


 専門用語が認識の上を滑り落ちる。


 キンシの頭の中に残された情報の数々が、予測と共に細々とした連結を繰り返した。


「団体に重要な意味を持つ遺伝子情報、が、その殺人事件の場所で見つかり。そのまま芋づる式で被害者と、団体の関連性がでてきて」


 故に、その後の色々なやり取りの後々に。

 二人の魔術師が上部からの命令に従い、関連性の深い二つの自傷について捜査をすることになった。


「はい」


 キンシが手を上げる。

 挙手の後に確認をしようともせずに、キンシは立て続けの問いを声に出す。


「団体は一体、どの様なものを制作していたのでしょうか?」


 メイが質問主の方を、じっと左手を上に向けている魔法使いの姿を見る。


「それは、」


 彼女の動向を気にかけつつ。


 しかしもう、こんな所で言葉を選ぶ必要などないだろうと。


「人口の冥人(みょうじん)。つまり、中枢神経系の機能障害に伴う魔力の異常形質、状態及び疾患を、先天的か後天的の両方からアプローチしつつ。最終的には人の任意によって、自由にそれらを操作しようという。そういう目論みだった、らしいな」

 


 

「おやおや、そんな汚らしい言葉づかいをするものじゃあないよ」


 まさしくそのまま、異国情緒にでこを人差し指でつつかれそうな。


 アホらしい予想を勝手にして、ルーフは焼け爛れたままの額を手で覆い隠したくなった。


「どこで覚えたのかな? 今そんな言葉を紙面に載せたら、その本は即刻発禁ものになっちゃうだろうね」


 男は一体何がそんなに愉快に思ったのか、ひとりで勝手にクツクツと絞り出すような笑い声を発している。


「ところでわたしは君に質問するが」


 男はやはり何の脈絡もなしに、いきなり表情に無を加えて。


 ルーフの方に藍色の瞳孔をじっと、刺すように向けてくる。


「君はすでに怪物、この世界の厄介者たる彼らに遭遇を果たしただろうか?」


 怪物にあったかどうか? この町に来る前のルーフであったならば、きっと馬鹿馬鹿しい以外の何ものでもない質問事項であった。


「会ったも何も………丸呑みにされたよ」


 別に隠すことでもない。

 だが出来るだけ、相手に自分のことを知られたくないと。


 ルーフは情報を添削して、結局残ったのはメモ書き程度の説明だけだった。


「………ほう!」


 男は、まだ彼の挙動がどんなものであるかどうかも分からぬ。

 にもかかわらず、どうしてか。


 ルーフは、男がわざわざオーバーなリアクションを作っていることに、何となく気づいてしまう。


「しかし君はここにいる………怪物にその身を喰われ、臓物に吸収されていない所を見ると………」


 男は目を大きく見開いて、一つずつ丁寧に、確認行為をした。


「素晴らしい、嗚呼………素晴らしい」


 その後に、まるで感動的な歌劇でも鑑賞したかのような、そんな素振りで。


 男はルーフに、盛大で鷹揚(おうよう)な拍手を贈っていた。


「君はすでに、一つの愚かなる生き物を地獄の苦しみから、その身を呈して救済を(もたら)していたのだね」


 何のことを言っているのか、ルーフの理解が追い付くよりも早く。


「誰だって、殺害を好む生き物と仲良くしようだなんて、思わないからね」


 男の言葉がルーフの、少年の右耳から左側へと通り抜ける。





「とにかく時は一刻を争うと、そんな感じで」


 エリーゼが靴音をコツコツと鳴らして、部屋の中を少し移動する・


「目的地までどうやって移動するか、ですよね? センパイ」


 後輩魔術師から挑むような視線を送られている、エミルは不敵に口元を歪めて。


「そうだなあ、非公式に行動すると今後、俺達がどうなるか。その辺の事情をすべて無視するとなると、色々と楽しいことになりそうだな」


 なんと言っても彼らは、もともとは組織の命令のもとに行動している。ということになっている。


 そこに勝手な行動、つまりは今の状態を含めて、もしも彼らの上司なりなんなりにこの事が知られたら。


「けど、さっきのお前のマニュアル通り」


 キンシが不安そうな視線を向けている。それ削横目でちらりと見ながら、エミルは曲げた口を平坦に戻す。


「ここは世のセオリーに従って、困っている人に優しくしておこうと、思ったりな」


 エミルは背を大きく反らし、伸ばした筋から引き絞るような呻き声を吐き出した。


「それに、今この機会を逃したら、なんと言うか嫌な予感がビリビリするし、な……」


 魔術師たちは立ち上がり、さて次の行動を。


「移動に関しては、僕に任せてください」


 もう一度、しかるべき脈絡を踏もうともせずに。


 手を上げたのはキンシであった。


「つてがあるのです。そしてそれは、ここで実現することができます」


 左手を天に向けたまま、キンシは唇を固く結んですたすたと、とある人物の方に近寄る。


「ん、ンン?」


 一切の迷いもない挙動で、真っ直ぐ自分のほうに歩いてくる魔法使いに、エリーゼが目を丸くして狼狽える。


「頼みたいことがあるのです」


 だがキンシは、その時だけは魔術師の方に一切目もくれず。


 声をかけたのはエリーゼの近くで、特にすることもなく、手持ち無沙汰に佇んでいた。


「ヒエオラさん、彼を呼んでくれませんか?」


 キンシはヒエオラの顔を、急に話しかけられてまだ焦点の整っていない。


 彼の目をじっと見て、ここにとある人物を呼ぶことを望んでいた。


 呼ぶとは、誰を。


 魔術師たちがその言葉の意味を理解しかねている、その間に。


「おいおいおい」


 オーギは後輩魔法使いがこれから何をしようとしているのか。どんな相手に、何を要望しているのか。


 理解し、そのうえで驚愕を隠そうともせず。


 鼻の穴をふっくらと広げて、後輩の肩を後ろから激しく掴んだ。


「お前、そこまでする必要はないだろうよ。とにかくあれだ……、ちょっと落ち着けって」


 事情は何も分からない、理解するためには言葉があまりにも少なすぎる。


 だが、そうであったとしても。


 魔術師たちは若者どもの間に走る視線の激しさと、剣呑(けんのん)な雰囲気が、彼らから会話への横槍を入れる胸懐(きょうかい)を静かに圧制させている。


「いいえオーギさん、目的地に、それもこれから向かうべき場所の事を考えた場合。普通の車やバイク、交通機関では手段としては甘い、甘すぎるのですよ」


 声の調子は静かで、魔術師にとってはまるで寝物語の絵本でも読んでいるような。


 そのぐらいの穏やかな声で話している。


「素早さと、同時に圧倒的な魔力量でぶつけなくては。そのためには彼が、彼の姿が必要となると。僕はそう主張したいのです」


 表情も全体的に普通そのもの。ちょっと仲の良い同級生と、帰り道にそれとなく談笑している子供。

 それ以外の何でもない、なのに。


「彼はきっと、いえ、確実に、彼はいま全てを失おうとしている。それは何としても防がなくてはならない。確信はありません、ですがそう信じられる。止めるためには、彼らの裏をかくためには、意外性が必要なのです」


 キンシの体は酷く、おぞましく、どこか滑稽なまでに緊張しきっていた。


 全身の筋肉は張りつめ、なのに顔面にはいかにも善良な人間を装っている。


 笑顔はにやりにやりと唇を上弦に曲げて、内部の歯が一本一本、とてもよく見える。


「美しいものを阻害する彼らを、奪おうとするすべての手を、僕は八つ裂きにしなくてはならない」


 優しそうな笑顔、だけど目が笑っていない。


 眼球は爛々と輝き、虹彩は中心の奥に潜む暗黒を吐き出さんばかりに引き絞らている。


「そのために僕は」 

ダンシングミーティング。

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