表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
315/1412

君にだけ声を届ける

ウィスパーウィスパーウィスパー。

 とはいえ、もう一度ちゃんとした環境を整えられるほど、彼らは生真面目でもなく。


「立ったままで、失礼を承知で進ませてもらうけれども」


 結局椅子に腰を落ち着かせているのは、疲労感にこらえきれなくなったエミルだけで。


 あとの数人はそれぞれ勝手に、作業なり思惑なりを働かせて、その場に棒立ちをしていた。


「こっちとしては、あんた方の調査をちょっと手伝わせてもらって。そこで、少しばかり個人的な介入をさせてもらいたい。との事ですわ」


 それとなく嘘っぽくて、しかしながら間違いなく真実に近しい。

 こちら側、オーギはキンシの方にチラリと目配せをしながらつらつらと。


 滑らかな口ぶりで説明をしている。


「キンシちゃん? は、」


 ようやく名前を頭に入れ始めたのか。エリーゼがキーボード入力を一旦停止して、キンシの方に目配せをしてくる。


「どうしてまた、アタシ達の……こんな事件に首を突っ込もうなんて、思うようになったのかしら?」


 ガラス玉のように光るアイメイクの隙間、曲線を描いて整えられた睫毛の下の瞳。


 アイスティーににている色合いの虹彩が、じっと、若い魔法使いの姿を捕えている。


「理由は、語るべきことは特にありませんが」


 視線をしっかりと意識して、そうしながら。

 キンシは出来るだけ平静に、表情を中心とした雰囲気を、均一に保つことに意識を集中させた。


「彼女の身内が、その団体の被害に晒されたとのことで。被害者の救出ついで、あなた方にも協力出来たら。と、そう思っているのですよ」


 キンシの供述。精一杯誤魔化そうとしていながらも、どうしようもなく言葉づかいに不慣れが見え隠れしている。


「ふうん。そう言うことならば、アタシ達のほうでもやぶさかではない、って感じだけれど」


 エリーゼは瞬きを一回、まつげを慎重に上下させた後。

 椅子の上にいる先輩魔術師へ、視線の先を変えた。


「力無き一般市民への被害が確認されたし。灰笛城公認魔術師たる我々は、一刻も早く市民の安全を確保しなくてはならない」


 エミルが後輩の方を見やる。


「また、そんな社員マニュアルをよお暗記できんな」


 特に感情を込めるでもなく、いたって生理的な溜め息を一つ。


「つまり、オレ達は君たちの提案に、ぜひとも協力をさせてもらう。という訳で」


 簡易的な休憩が終了したのか、エミルは年齢相応の深みのある二酸化炭素を深く吐き出す。


「エリーゼ、早速奴(やっこ)さんの居所から、最短のルートを──」


 後輩に、これからすべき仕事内容の指示を。

 しようとした所で。


「あー……っと? 何してん」


 男性魔術師は青い瞳をパチクリと。


「えええー、マジでえ?」


「そうよお、マジなのよお」


 彼の視界にはエリーゼが、何故か飲食店の店長と団らんの中で何かしらを言い合っている。

 そんな彼女と、彼の姿が映っていた。


「ここは、知る人ぞ知るヤバい所じゃんよ」


 いつの間にやら。


 魔術師と魔法使いと魔女、穏やかならぬ彼らが語らいをしている間。


 店長たるヒエオラ氏はとっくに自らの仕事を。やがて来る朝のためにする準備のあれやこれやを、きれいさっぱり終えていたらしい。


「かつての区画整理の際に余った廃屋やらなんやらが集まっていて、そこに不良が集まって、とかで。とにかく、その辺りはあまり治安が良くないんだよ」


 いかにも他人事らしく、実際その通りで、それ以外の何ものでもないのだが。


「ここにその、子供を誘拐してヤバい事しようとしている人たちが、たむろしてるってこと?」


 不安そうにしているヒエオラ店長。

 体を近付けてタブレットを覗き見ている彼に、エリーゼが調子よく微笑みかけている。


「さすが地元住民、土地の情報にお詳しいですね」


 近くもなければ、遠くもない。社交的なやり取り、もしも何も関係ない人物がこの光景を見たら、それだけの感想しか抱けないだろう。


「これからここに行こうとしているの? 止めた方がいいよ」


 ()の部分にことさら強めのイントネーションを込めて、ヒエオラはとりあえずお得意様の方を。


 魔法使いたちのほうを見やる。




 

 彼らは市民なのだろうか。そうだと仮定するとして、世の中に自らの異常性を隠匿するという点において。


 彼らほどに上手く方法を活用しているものはいない、それこそ魔術や魔法なんて必要ないくらいに。

 彼らは自信を上手く隠せていて、それは最早透明に等しい存在感と言えた。


「………世の中にあまねく存在する、すべてに共通しているように」


 彼らの注目を浴びている、しかしルーフは集団をまるで意識していない。


「限りない美しさを誇る計画であっても、その内部は完全体と呼ぶには及ばない。………途切れ途切れに生じる摩擦は逆らいようが無く、それは不完全たる我々に課せられた、………ある種の宿命とも言えよう」


 ルーフと、彼と同じ名前を持つ。  

 

 大人の男は、まるで朝のニュースで何かしらの、嘆かわしい一報を耳にしてしまったかのように。


 愁いを帯びた眉毛は、飛行機の翼と同じくらい滑らかな曲線を描いている。


「君のお爺さんが(おこ)した反旗の色、………それもまた人間的な行為の一つであったのだろう」


 奴らが語る、「計画」がはたしてどのよう内容のものなのか。


 口と言葉から与えられる分には、情報があまりにも少なすぎると。

 ルーフは未だこのような事を考えらえる、自分自身に一種奇妙ともとれる意外さを覚えている。


「だが彼が起こしたほんの小さなさざ波が、時間の経過とともにやがては巨大な、すべてを飲み込む津波へと変化する」


 はたして男は、どの時点のことについて語っているのだろうか。


 ルーフは、ルーフを取り巻く環境にあまりにも対照する事物が多すぎて、彼は思わず罪を一つずつ数えていた。


「本来の計画では、………君にはもっとしかるべき教育を行う予定だったのだが。………まあ、過ぎたことは仕方がないだろう」


 男が優雅に溜め息を吐いて、そっと手を。

 

 ルーフから生じている赤い翼に手を伸ばす。


「!」


 男と少年、彼らのやり取りを見守っている集団。


 それまで、まさしく背景の一部と同様の意味しか持っていなかった。

 彼らの内から幾つか声があがり、ルーフはそこでようやく人々の姿を、他人の存在を思い出していた。 

「ああ、美しいな………」


 人々の心配。そんなのは一切お構いなしと、男はさも当たり前のように。


「これはまさに、君の魔力そのものと言っていいだろう」


 何のためらいもなしに、今は静かに硬直している翼を撫でている。


「君の魔力が成長と共にピークに達した、その頃合いを見て我々は計画に基づいた魔術を展開させる。………本来の筋としては、そのはずだったんだよ」


 淡々と解説をしている。

 説明口調の合間に不意に登場する語り口調が、ルーフの調子を程よく不快に乱していた。


「だが君のお爺さんは、その計画の途中で自身の意見を主張しようとした。それが何だか、君にはわかるかい?」


 聞かれたとして、まさか相手から答えが返ってくるものとは、男も考えてはいなかったのだろう。


「──………、それは………」


 何故か、理由も証拠も何一つないが。ルーフはここで自分が口を開くことに、そうすることで相手が不快感を抱くと。


 そう確信していた。


「ぁれ、か? ぉ家の復興でも、企てようとしたん、………か?」


 正直息をするだけで辛さが天井を破りかけている。

 本来熱を持つべきところではないはずの場所が、ガスバーナーを直接吹き付けられたかのように痛む。


 だが、それでもルーフはしっかりと、自身の声が相手に届いたことを目と耳と、肌の神経で確認する。


「あはは」


 一言、嫌味にも皮肉にもなれない、中途半端な言葉を声に出すだけで。それだけで全身の力を使い果たした。


 脱力して意識を手放さないようにするだけで精一杯、そんなルーフに聞こえたそれが。


 その笑い声が男のものであることを、判別するのにルーフは幾ばかりかの時間を要した。


「いや、失敬。………聞き覚えのあるジョークだったもので、笑いを堪えきれなかったよ」


 痛み、あるいは疲労、あまりにも多すぎる要因によって、磨りガラスを眼球に押し付けたかのようになっている視界。


 酷くアバウトになっている光景の中で、それでもルーフは男の笑顔を、(おぞ)ましい鮮明さで意識に認めていた。


「ああ………愉快だ、これはお爺さんの、彼の教育の賜物かな? なるほど、計画の変更もまた無意味という訳でも無し、………か」


 少しでも情報を多く得たくて、瞬きをするのも惜しんでいる。


 だがこの異常事態であっても、ルーフの目玉は然るべき潤いを求めていたらしい。


 強烈な痛みの中で、瞼の裏に熱い涙が溢れ出る。


「この羽根は………、ぉれっ………俺の魔力そのもの、と言ったな」


 もう一度目を開く、そこには既に男の笑顔は存在していなかった。


「だけど、俺は魔法は使えない、魔力があったとしたら、爺さんがそのまま俺を普通に育てたと、思えるはずがない」


 なにせ彼はルーフに、庇護の対象であった少年に殺された彼は、他でもない錬金術師。


 魔女を一人、完全なる魔女を作り上げようとしていた、そんな男である。


「俺に魔法の才能があったら、爺さんが、………よりにもよってあの人が、俺を普通に育てるはずがないだろうが」


 声を出している途中で、喉の奥に小虫が張り付いたかのような不快感が膨れ上がる。


 ひとしきり話した後で、逆らい難い衝動がルーフの体を駆け抜ける。


「げほっ! うぐふ、」


 生理的な咳。

 その後に忘却に沈めようとした痛覚が掘り起こされ、ルーフは体が急激に圧縮される気分に襲われる。


「君が魔法を使えない、それはわたしも知っている。わたしは君のことなら何でも知っている」


 痛みは血液の流れ、血管に走る振動、心臓の震えと同時に全身へ。

 

 よせては返す潮騒のように、延々と止まることなく少年の体を圧迫し続けている。


「君は魔法を使えるんだ。いや………君だけではない、全ての子供は魔法を使える。自覚するかしないかに関係なしに、この世界の人間には魔法を使う方法が決められている」


 ルーフがあからさまに苦しんでいる。

 

 だが男はそれに構うそぶりも見せずに、視線はどこか遠くに意識を捧げている。


「それは呪い、人が人である限り、永遠に続く呪詛の連鎖だ」


 やがて、男はその手を翼から離す。


「人は、この世界はその檻から逃れることは出来ない。………いつしかわたし達は、自らを縛り付ける拘束そのものを神とあがめ、範囲の中で繁殖と繁栄を広げていった」


 ルーフは痛みの余り、すでに男の方を見る余裕すらも失いかけている。


 だが男は、誰に見られていようがいまいが、関係なしに笑顔を浮かべていた。


「はは、あはは、あははははははは」


 笑い声は空間を振動させて、少年に、少年以外の人間たちに届く。


「………はあ、まったく」


 笑いが収まる。音の引き際、最後の一言。


「虫唾が走る」


 それだけは、ルーフの耳にしか聞こえなかった。

ひそひそ、ひそひそひそひそ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ