魔術師と魔法使いは語り尽くせない
延々延々延々。
「方法自体は単純で、すでに何人もの人が考えて、幾人もの奴らがそれを実行してきた」
エミルはあえて軽い口どりで、その辺のちょっと美味しいラーメン屋でも紹介するかのような。
そんな語り口で、魔法、及び人間が得た可能性の一つについて説明してる。
「なんだったら魔法なんて必要のないくらい、やり方なんていくらでもあって。それこそ大金をかき集めて行ったり、あるいはその辺に転がっている石で、適当に」
エミルは魔法使いに、キンシに向けて石を、存在しない投石をする素振りを見せる。
「お前の頭蓋骨を破壊されたくなければ、なんとか。そんなことを言えば簡単だと、そう思わないかい?」
透明な石を投げつけられた。
キンシは若干顔をしかめつつも、努めて直立不動の姿勢を崩さないようにする。
「それは別に、」
魔法使いが眼帯越しに、じっと自分のことを見ている。
様子を見られている、そのことを自覚しながら。
キンシはいかにも若者らしい切り口で、それっぽい反論を試みてみた。
「洗脳に関係なく、あらゆる物事に共通している事。だと、僕は思いますよ」
魔法を使う必要などない。
別に無くても大丈夫。
魔法がなくても世界は電力によって照らされるし、料理はガスの炎で温められる。
「科学の力が発達するにつれて、いつかの世界みたいな価値観は、魔法には通用しなくなってきています」
それが無くても、生きていく分には何も。必要最低限のことならば、必要程度に困ることはない。
「それが無くても生きていける。出来る事なら何でも、それこそ」
キンシの視線は男性魔術師に定められていながら、その瞳が映しているものは此処にはいない、どこか遠く。
焦点も正体もあやふやになっている。
「魔法よりも、ナイフを使ったほうが早い時のほうが、今はたくさんあるのではないでしょうか」
メイが上を向く。そこにはキンシの顔が、顎のラインから頬の丸みまでが。
彼女の視点からでは、魔法使いの目にどんな色が浮かんでいるかはわからない。
「そうかしらねえ、私はやっぱり魔法があった方がいろいろと便利だと思うけどお」
言葉の流れとしては質問の形をとっている。
問いかけられたエリーゼは、あまり真剣に考えるでもなく。ただ当たり前に思っていることを声に出す。
「無いよりも、有った方が楽しいじゃない」
彼女の意見を聞いて、キンシが小さく息を吐く。
「そうですね、僕もそう思います」
それが微笑みによるものだと。
気付くことができた、理由と答えをメイが導き出す。
「えっと、話がそれたね」
閑話休題。
エミルが息を吸い込むと同時に、話題を本来の目的に則した流れに戻した。
「残念ながら、と言うべきなのか。とにかくこの世界には魔力によって、ほぼ確実に、直接的に人の思考を変え得る方法が、すでに存在している。そのことを念頭に置いてほしい」
だらりと弛緩していた両の腕。
緊張感の欠落はそのままに。
エミルは両の人差し指と中指を、左右のこめかみにグイグイと押し付ける。
「そして非正規団体ハルモニアは、割とその中でも現実的に、実現しやすい方法によって。己の理念を本気に、マジもんとして実現しようとしている」
エミルがとある、この世界に存在している方法について語り終える。
「つまりは、その人たちはなにがなんでも、どうにかして。人が別のものを意識する心を、個体としての意識を奪おうとしている。そう言うことなのですね」
キンシが自分なりの総括を、静かな声で言葉にしている。
「そうそう、そういうこと」
エリーゼがキンシを褒める。
彼女にはあくまでも、若い魔法使いの物わかりの良さ程度しか見えていないのだろう。
「怖い事を考える人が、いるんですね」
実際キンシの声は静かで、意識して聞き取ろうとしなければ、ただの独り言ともとれるほどであった。
「みんながみんな同じ事を考える、そんな世界が実現したら」
キンシは微笑みをすでに捨てて、口元には明確なる笑顔を浮かべている。
口角は両端とも均一に上げられている。
三日月の形に開かれた唇の間には、白く清潔な歯がぎっしりと表面を覗かせていた。
「さぞかし、穏やかなんでしょうね。僕にはとても想像できません、彼らの素晴らしさを理解することは、きっと、おそらく不可能に近しいでしょう」
声が上ずっている。
笑いが抑えきれないため、呼吸すらも怪しくなっている。
「分かりませんよ、僕にはわからない。美しいものをどうして、わざわざ否定する世界を選ぶ、その心理が」
「キンシちゃん」
その辺りでメイはようやく、魔法使いがものすごく怒りを溜めている。その事を察した。
「分からない、全く持って度し難い、致し難い」
怒りは内側に猛り狂って、感情はマグマのような激しさで、キンシ自身の内臓を焼き切らんとしている。
なのに、にもかかわらず。
「ふふ、ふふふ」
キンシは、魔法使いはひとりで勝手に笑っていた。
まるで自身の内側から生じる憤怒に、表情筋がキャパオーバーでも引き起こしたかのように。
魔法使いの顔には、まるでいきなり顔面にペンキでも叩き付けられたかの如く。
にやにやと、気持ち悪い笑顔がこびり付いている。
「笑いたくなる気持ちも、十分に分かるよ」
エリーゼがその、魔法使いの表情にそろそろ違和感を覚え始める。
それよりも早くに、エミルが何か懐かしいものでも見るかのような。
微妙に生温かい視線をキンシに送っている。
「いや、すまん。ちょっと知り合いに似ていてな、思わず生温かい視線を送っちまった」
前置きとして適当な謝罪を一つ。
その後に、魔術師である彼はそれらしい活動理念を述べる。
「と、まあ、あれだ。非正規団体ハルモニア、あー……いちいち全部呼ぶのもめんどいから、ハルモニアと呼ぶことにして。奴らが行おうとしてい計画は、現代魔力社会の基本を、根元ごとひっくり返る危険性がある」
「タブーの世界。誰かが一度は考えて、でも誰もがマジに本当にしようとは」
オーギは後輩に少し不安げな視線を送りつつ、唇は会話の流れに乗じている。
「まともな神経しとったら、まず考えへんと思うけどな」
静かな同意の空気が場に流れる。
しかしその中に、すこしの違和感が声をあげた。
「でも、可能性があるのなら、ためす価値はちゃんとあると思うわ」
全員がひとりの女性に、メイのもとに視線を向ける。
「方法があるならためさずにはいられない、それはあなたたちにも身に覚えがあるんじゃないかしら」
考えるよりも先に唇は行動を起こしていた。
この場において、それもこれから協力を求める相手に向けて。
よもや犯罪的組織の関連性を見出そうとして、いったいそれに、それこそ何の意味があるというのか。
「メイさんの言うこともまた、確かに真実ですね」
相手は、どんな事情があれども見た目の点においては、無垢なる幼女にしか見えない。
そんな人物に真面目くさった反論をする。そんなことを素直に行えるほど、魔術師たちには子供性が残されている訳ではない。
だとしたら、彼女に反論したのは誰か。
「だけど、してはいけないことは、何が何でもしてはいけないんです」
幼女の体を支えている、手をそのままに。
赤い瞳を見ているのは、キンシの深い色の瞳孔であった。
「理由なんてとくにないんです、ただ、少しでもその境界線を越えた瞬間」
キンシは右の手で彼女の体を支え。
左の指は自分の顔、左側の眼窩に真っ直ぐのばされて。
メイが思わず悲鳴をあげる、それに構うことなく。
キンシは爪でコツコツと、自らの左目の代わりとなっている鉱物を軽く、指で爪弾いた。
「いつの間にか自分の体が、怪物よりも恐ろしいものに喰い尽くされるんです」
コツ、と指が止まる。
指はキンシの左目、その期間が存在するべき空白にとどまっている。
「僕もかつては、魔法さえあればこの世界の全部を、自分の好きに出来ると思い込んでいました」
メイは自信と視線を合わせている、魔法使いの左側に輝く赤い宝石を、どこか現実離れしたものとして眺めていた。
「思い込んだ結果が、これですよ。僕の左目はある日、ある人物の犠牲と共に永遠に失われました」
キンシはメイから目を離さない。彼女がそろそろ限界を迎えて、視線を逸らしてもなお。
眼鏡の奥、残された右目は彼女の姿を捕え続けている。
「世界が許さないんです、それは人々の内に、今を作り上げている無意識によって形成されている。まさしく目で見ることのできない魔法の糸、と言えます」
「キンシちゃん? 何の話をしているの」
自分から話題をふったのにもかかわらず。
メイは魔法使いの余りに、あまりな視線の真っ直ぐさに戸惑いを浮かべずにはいられないでいる。
「口で説明しても、よお分からへんわな」
後輩の多弁っぷりを見かねたのか。
オーギがキンシの肩に手を置いて、軽妙な口ぶりで幼女に笑いかける。
「こういうのは、実物を見せたほうが早いんやって」
彼は軽快そうに、自分の来ている上着の袖をまくり上げる。
「これ、見えるか?」
程よく筋肉の乗った、いかにも健康的な腕が露わになる。
そこにはいくつかの生傷と、回復しかけのかさぶた。色素の沈澱が目立つのは、灰笛の日照時間の短さによるものなのか。
なんて、その様に当たり前のことは、どうでもよくて。
「大きな、痣のようなものがありますね」
ほくろのように、それはおよそ人体の組織によって現れるものとは異なる。
明らかに、人間の皮膚にしては違和感のある。
存在感の強い暗黒が、彼の肌の上に走っている。
「これは、いわばおれたち戦闘型魔法使いの証。つまりは化物殺しを専門としている奴ら、みんなに共通して刻まれているもの」
肌の模様が一体何の関係があるというのか。
メイの中で疑問が形成される、それよりも早くに。
「そして同時に、俺達の体に一生残る呪いでもある」
オーギは、灰笛に生きる魔法使いは決定的な情報を、彼女に与えた。
「自分の仲間を殺した、そういった意識を抱いた瞬間に、俺たち魔法使いの体は自然発火……っぽい状態に変化するんだ。さっき、あんたがやっていたの。それのもっと、ド派手なバージョンだな」
頭皮に手を伸ばして、淡々と語るオーギ。
「基準は特に決まっていないらしくてな、仲間と言っても人間に限らず。ある人は大事な時計を自分で壊した瞬間に、膚断を罹ったらしい」
「はだだち?」
メイは聞き慣れぬ言葉に首をかしげる。
「呪いのことを、古い名前でそう呼ぶんだ」
エミルが静かに、平静な声音で話に入り込んできた。
「魔力を持った人間が、強い罪の意識にさいなまれる。そうすると脳から人体へと、一種の自傷的な命令が下され、人体に深い影響を及ぼす作用を生み出すことが。幾つも、何件も確認されている」
「それが、そのうちの一つが、これってわけだ」
オーギは腕をしまいながら、少し気まずそうに顔を歪ませる。
「うん、ちょっとさっきのは極論すぎたな。皆がみんな、この状態になるって訳やなくて……」
「発症にこれと言った基準はないのよねえ、それが一番厄介な所なのよ」
エリーゼが何の臆面もなしに、あるがままの事実を言葉の続きとして並べる。
「うん、そう思うとやっぱり。こんな病気があるとするならば、ハルモニアが目指す世界も、一理あるって感じかもねえ」
ここへ来て、まさか敵にまで同調する意見が出てくる。
話題が伸びに伸びて、メイはいよいよ頭の中が混乱を極めようとしていた。
「でもやっぱり、アタシはあの人たちのことを認められないの」
エリーゼはパソコン、っぽい生き物を操作し続けて。さも当たり前のように、なんて事もなさそうに自分の意見を言葉にし続ける。
「ピラミッドがある世界か、ない世界か。もし選べるとするならば、アタシは迷わず前者を選ぶ。だって」
エンターキーを叩く音がひとつ、湿った空気を震わせる。
「みんな同じ事を考えて、そんなのつまらないわ。そんな世界、最終的に恋人が死ぬ映画や、何か悲しいことがあるたびに土砂降りが体を濡らすドラマ。それ以下よ」
個人的な好みを言っている場合なのか。
エミルを含めた彼らは考えてみて、疑問に思った。
だが一人、静かに。
「おお、ここへ来て初めて、僕は貴女のことを尊敬の眼差しで眺めたいと思いましたよ」
彼女に同意をする声があがる。
「いやねえ、キンシ、だったかしら?」
エリーゼはその相手の名前を呼んで、微妙な笑顔をで唇を曲げる。
「とにかく、アタシ達は魔術師魔法使いその他に関係なく。現代文明を破壊せんとしている、なんかやばい人たちを見つけて、捕まえて、懲らしめないといけないのよ」
「そういうこった」
思った以上に話が長くなってしまったのか、エミルは自身の行動そのものに困惑したような。
深い溜め息を吐いて、椅子から立ち上がる。
「お喋りはまた後で、いくらでもしよう。今は、我々がすべき計画を練り上げようか」
言いながら、手を一つ鳴らす。
「踊るような会議をしようぜ?」
新設定に追いつけないカエル。




