表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
310/1412

夕焼け色の羽毛

ふやふやでフワフワなんでしょうとも。

 モアと言う名で呼ばれている、少女は語る。


「肉体に魔方陣、それに類するものが生じる。と言う症例はすでに幾つか見て来たけれど、あそこまでハッキリと出てきているものは、久しぶりに見たわね」


 少女の言葉、それにハリという名前ということになっている、男性らしきものの声が返答をしてきた。


「しかしあんな所にあるとは、盲点でしたよ」


 男性のように低い声は、しかしどこか浮ついていて、少女然とした雰囲気さえもまとっている。


「まさかあの仮面が、そして無駄に長ったらしい乾燥昆布みたいな前髪が。全部おでこの魔法陣を隠すためのアクセサリーだったとは。いやはや、まったく」


 場所が場所でなかったら、なんて事は関係なしに。

 ハリと呼ばれる人間は思わず天を仰ぎ、「オーマイガー!」のポーズを作りそうになっている。


「盲点盲点、見落とし太郎、ですよ」


 そう言いながら、ハリは自信よりも少し前の位置に立っている、モアの後姿に笑いかける。


「太郎でも次郎でも、なんでもいいけれど」


 彼の軽口はともかく、そんな事は心底どうでもいいと言った感じに。


「けれども……。もうそろそろ動ないと、本気にマジにヤバいんじゃないかしら」


 二人は部屋の隅に構えている。


 傍から見れば二人の、年の離れた男女が談笑している風にしか見えない。


「いえいえ、モアお嬢さん。まだ、まだまだですよ」


 しかし前方の少女に話しかける、男性の唇にはただならぬ緊迫感が漏れ出ている。


「結果はまだ、過程すらも起きていないのですから」


 彼、そして彼女の視線の先。


「ぎゃあああ、ぎゃあああ、ぎゃあああ」


 そこでは一人の少年が拷問されていた。


 正確に、無感情に事実に基づいたとしたら、それは拷問とは少し異なる行為ではあるのだが。


 しかしそこにどんな事情があったとして、それとは関係なしに、少女にとってそれは異常なものにしか見えなかった。


「ああ、見てらんない。めまいがしてきたわ」


 口ではそのように、しおらしく少女らしく。


 いかにも普通の人間らしいセリフを吐いている。


「早く終わってくれないかしら」


 だけど視線はずっと、ひと時も逸らされることなく、行われている行為に固定されている。


「そうですねえ」


 ここからは見ることのできない、少女の青い瞳。

 

 ここからだと少年の悲鳴が、彼の肉体が傷つけられる様がとてもよく見える。


「もうそろそろだと思う」


 その所、その辺りで。


 部屋の内部で小規模な、不完全なる爆発が出現していた。


 少年の悲鳴が止むか止まないか。その辺りの判別をつけることは出来なかった。


「あ、え?」


 それよりも早く、少女の体は出現した暴風に晒され、さらわれていたのであった。


「うう、わ」


 衝撃はどこにも吸収されず、モアの悲鳴は声になりきる前に次々と消滅をしていく。


 音も、視界も奪われている。

 

「……っ!」


 せめて視界だけは失いたくないと、モアは瞼の端が引き千切れそうになるほどに、青色の目を見開く。


 赤色、まず最初に見えたのはそれだった。


 赤色が目いっぱい、少女に見えるすべての世界の端々に満たされている。


 その赤色は少年から発生している、少年の体から赤色が、まさしく爆発的に生まれ続けていた。


 何の色か、モアには意味が分からなかった。


 意味は分からなくとも、しかし、出現そのものは不思議と、異様なまでの冷静さで確認することができる。


 モアの体が落ちる、だけどそれは本来の重力に則した速度ではなく、嫌にゆっくりとした。


 ぬるい湯に着のみ着のまま身を沈めたかのような。モアは着用している衣服の裾がはためく、柔らかな音を聞きながらそんな事を考える。


「ああああ、ああああ、ああああ、ああああ」


 少女が落ちている、そのすぐ近くで少年は爆発をつづけていた。


 その体は椅子に縛り付けられたまま。


 少年は、ルーフと言う名を名乗っていた彼は上を向いていた。


 上を向いていて、赤みの強い瞳はどこも見ていない。


 あまりの衝撃と痛みの余り、瞼を開いたまま気を失っているのだろうか。


 ぽっかりと開かれている瞳には、彼自身の額から生じている無数の赤色。


 赤色のように、そのように光っている、それは翼のようだった。


「────、────、────、────」


 ルーフの喉はとうの昔に、稼働の許される範囲を通り越して。

 もはや唇から発せられるのは、音としての体も保てていない空気漏れだけ。


「か………あ」


 それでも彼は誰かの名前を呼ぼうとしていた。


 記憶を動かして、脳細胞に電流を走らせる。


「あえ」


 そうすると、すればするほど、彼の額から出現する巨大な翼は勢いを増していく。


 今のこの体を、この部屋全体を支配している無重力的状況は、あの翼によってもたらされているものなのだろうか。


 未だに地面と再会を果たすこともなしに、翼から生じる幾つもの先端にその身を絡め取られ。


 すっかり体重を預ける格好になりながら、モアはひとり考察を深める。


 あれは? あの翼は一体何なのか。


 未だに体には衝撃の残滓が沈んでいる。

 それでもモアは、何よりもまず視界だけは失わないよう、眼球が零れ落ちるほどに目を見開き続ける。


 少女だけではない、この部屋にいるすべての人間が、今この瞬間にその意識の全てを少年の体。


 体から、まさしく羽化のように発声を継続している翼に意識を捧げていた。


 翼はうねり、しなり、幾つもの筋を縦横無尽にひらめかせている。


 その問答無用に意味不明な光景は、不気味だとか滑稽だとか、あるいはおぞましいだとか。

 ともかく、他の人間の皮下からありとあらゆる否定的な感情を呼び覚ます。


 と、同時に。どうしてこうも……、そう人々は考える。


 どうしてこんなにも、自分はこの翼から目を離すことができないのか。


 その翼は赤色、いつかの夏の日に見た夕暮れの色と、どこかよく似ている。


 鮮やかな夕焼けの輝きは、止めどなく成長するかと思われる。


 だがこの世界のありとあらゆる物体と共通して、その翼もやがては動きを止めることになる。


「………」


 止まったもの、瞬間にせいじゃくが部屋に満たされ、衝撃を失った人々の体には本来あるべき力が。

 重力やその他諸々が戻り始める。


「い」


 少年が、しばしの無重力と沈黙によって幾らか回復したのかどうか。

 少年が口を開いて、声を出した。そのことに気付いたのは、この部屋の中でも数は少なかった。


「あぎゃ」


 誰かが悲鳴をあげる、少年の声ではない。モアが声のする方に目を向けると、魔術師だか錬金術師だか、どちらかの誰か。


 それが地面にうずくまっている、何をしているのか、確認をするまでもなくその周囲には別の赤色が。


 つばさとは決定的に異なる、水分と粘度を含んでいる。人間の体液が飛沫となって、床の上に細やかな水玉模様を描いている。


「ひいい」


「ううう」


「わああ」


 一つと錯覚していた異変は、実際には複数存在していた。

 気が付くと部屋の中に、不特定多数の異変と悲鳴が弱々しく発出していた。


「これは?」


 ようやく地面と体の再会を果たした。

 しかし着地の仕方の都合が悪く、でんぐり返しの途中みたいな格好になっているモア。


 彼女の横で、上から人間の体が落ちてくる。

 

 男性のように見える、それかただのパンツスタイルの女性だったか。

 どちらにせよ、その人間は体を翼に絡められて、まるで鞭の要領のまま床に叩き付けられている。


「あー、あー」


 翼は荒れ狂っていた。

 

 生まれた瞬間の柔らかさは既に失われて、まるで一つの生命が成長をするかのように、その全体は今や手の付けられないほどの攻撃性を発散させている。


「これは、また……」


 モアが、流石に目の前で今まさに起きて、起き続けている事象に驚きを隠せないでいる。


「もう少し近付いて、……あっ」


 そんな彼女の上に、一つ寂しげに宙を漂っていた翼の一本が、少し用事を思い出したかのように落ちてくる。

人生初替え玉。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ