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おでこミディアムレア

焼きたてをどうぞ。

 否定。拒絶。逆転。不浄。瑕疵。蛇蝎。食傷。憎悪。唾棄。倦厭。忌避。悪辣。陋劣。汚濁。汚穢。


 嫌々、嫌々。嫌嫌嫌嫌。


 光景はそこで止まっていた、光景はそれ以上進むことをしない。


 ルーフはそこで目を閉じる、だが視界を閉ざしても無意味だった。


「やめてくれ」


 映像を頭の中から排除しようとする。

 否定は止まらない、感情が血液とともに流れて、やがては胸の中心の肉塊に戻ってくる。


「やめてくれ、おねがいだからやめてくれ」


 今すぐにここから逃げなくてはならない、ルーフはそう考えた。


「やめて、嫌だ嫌だ嫌だ」


 だが彼は逃げることができなかった。何といってもその体は椅子に縛り付けられている。


 あの日あの時、あの場所にあったそれとは大きく異なる。


 しかしルーフにとっては、ルーフと言う名の少年にとってはそのどちらも大して変わらない。

 同様のものに等しい。


「情報が展開された」


 誰か、大人の声がそんなことを言っている。


「映像が放出されている、これは予想以上の結果だ」


「攪拌の勢いが激しい、このままだと意識ごと持っていかれるぞ」


「固定を、固定をしなくては」


 声はいくつもある、いつしか、いつの間にかルーフの周りには沢山の人影が伸びている。


「紋章に固定の術式を組みこもう」


 声の一つが、たしか、そのような提案をした。


 誰かが何かを、赤々と燃える金属の塊を持ち上げる。


 一体いつから? おそらくルーフが記憶に集中している間、あるいはそれよりも前、最初からこうすることが決められていたのだろうか。


「ああ、嗚呼………」


 鉄塊は、先端に何かしらの模様が刻まれている。細長い判子のようなそれは赤く、溝の一つ一つから大量の熱を放っている。


「やめてくれ、どうして………そんな」


 これから何をされるかどうか、それは鉄塊に刻まれている模様、金属質の魔法陣が全てを語っている。


 誰かの指。温度の少ない、年齢相応の節を感じされる硬い指が、ルーフの汗ばんだ額に触れた。


 誰の指だ。ルーフの中に残されている、残り僅かな傍観が肉の感触を見ている。


 祖父の指に似ている、自分が殺した男の指に似ている、肉と骨と皮がルーフのひたいを軽く撫でて。


 伸び晒した、水分と塩分に凝る前髪をめくり上げる。


「印だ」


 ずっと隠していた、誰にも見せてはいけないと、祖父にそう言い聞かされて生きてきた。


「おお、額にあったのか」


「これが王家の血と肉に伝わると言われる」


「見えやすい所、頭ならば都合がいい」


 額の模様。皮膚の下、骨の上に刻まれている。


 痣、そう呼ぶにはいささか不自然すぎる、まるで人工的に切り込みを入れたかのような模様。


 目玉に似ている、こんな感じの眼球をモチーフとした魔除けの模様がある。

 いつだったか、妹にこっそり見せたとき、彼女がそんなことを言っていた気がする。


「完璧なる円形、これぞ真の魔法陣だ」


「だが今はそれが災いだ、このままだと情報が全てこの陣に飲み込まれる」


 だから、だからただ一つ。


 大人の姿をしている、魔術師と錬金術師たちは鉄の棒を構える。


 赤く燃えるそれは一寸の迷いもなくルーフの顔へ、目と目の間の少し上へと進む。


 ルーフは懇願した、声ははたして彼らに届いたのだろうか。

 

 そうであっても、そうでなくとも、意味などない。


 ああああ。熱が触れる、接近の瞬間にひと時の空白が。

 現実を受け入れるまえの、最後の抵抗としての拒否が生み出した無感覚。


 白く、嫌にクリアな幻覚のなか、ルーフは最後に妹の姿を思い浮かべる。


 

 ジュウジュウ、じゅうじゅう、ジュウジュウ、じゅうじゅう。

 肉の焼ける音がする、匂いがする、このまま焼き続けたら炭になってしまうのではないか。


 皮膚はあっという間に水分を奪われ、内部に機能していた神経細胞は、急激な水分の喪失にまず戸惑いを。


 次に素早く、外部からの余りにも凶暴な刺激に対する警報を電流として。

 夢見心地にぼんやりとしていた脳味噌に叩き付ける。


 場所が近かったからか、それとも距離に意味は大してなかったのか。

 いずれにしても、時が秒を刻むよりも早くに、彼の体は爆発的な拒絶に大きく震えることになる。


 それが熱いものであると、不思議なことにそう理解するのに異様なまでの時間を要した。


 硬い物が当たっている、金属の塊がどういった状態で、目的は何であれ自らの身にどのような影響を与えるか。


 そんな事は考えるまでもなく、一秒の過去にいたルーフには十分に理解している。

 そのはずだったのに。


 一秒後の彼には何もわからなかった。

 わかるはずもない、理解できたところで何も意味が無い。


 じゅうじゅう、ジュウジュウ。

 開戦を継げる金管楽器のような軽快さで、熱と肉は音を奏でている。


 水分が蒸発する、何の加工もされていない、されているはずもない肉が熱に変化させられる。

 香ばしさはやがて許容し難い、とても芳しいとは言えない不快さを帯び始める。


 ルーフは焦げ臭さの中に音を聞く。


 自らの肉が焼かれている音、自らの体が焼かれている臭いを嗅いで。


 音が鳴っていた、これは自分の悲鳴だった。

 

 体を焼かれている、グリルされている。嗅覚は下の上に味を、自分の肉の味を内部から味来へと影響させている。


 肉の焼かれる音を聞きながら、味わいながら、ルーフは叫んでいた。


 声は理性の境界を遥かに超えた所、意識はすでに現実を受け止めることを放棄している。


 太陽に翼を焼かれた英雄は、きっとこんな気分だったのだろう。内層の傍観者がそんな、悠長な事を考えている。


 悲鳴は止まらない、肉は焼かれ続けている。


 金属はずっと、容赦なく皮膚と密着している。


 赤々と燃えていた溝はそのままに、ルーフの痣は燃え盛る鉄にすっぽりと覆われていて。

 隙間からはとめどなく新しい熱が猛り狂っている。


 体のなかの酸素が全て音になって、やがて尽きても声は止まることはなかった。


 熱せられた鉄の塊に焼かれる、痛みは爆弾のように体内で荒れ狂っている。

 

 にもかかわらず、時間が経つほど燃焼の正体はより一層の鮮明さをもって。


 いつしかルーフは全身の全ての神経を忘却し、生まれた空白の中で己の皮膚と、そして金属の境目すらも認識できる。


 そんな気がしていた、気がしていただけ。


 燃える金属の魔法陣が彼の皮膚から離された。


 だけど悲鳴は止まらない、ルーフの喉は限界の遥か彼方。

 咽喉(いんこう)の粘膜は、はち切れんばかりに膨れ上がっている。


「ああああ、ああああ、ああああ、ああああ」


 熱から離された表面は意外にもあっさりと元の温度を取り戻す。

 

 その後に、もうすっかり焼け爛れて元の形も色も失っている。


 黒々とした、皮膚だったもの。


 もう皮膚とは呼べなくなっているもの。

 細胞と組織は炎の暴力性によって、徹底的に破壊され尽くしている。


 不意に爽やかさが通り抜ける。もしかしたら骨が剥き出しになっているのかもしれない、焼けて崩れたひたいの下。


 脳味噌まで、前頭葉までローストされていたらどうしよう。


 ルーフは急激に不安になる。これはせめてもの現実逃避だった、今この痛みと真正面に向き合ったら。

 そうなったら本当に、問答無用で自分の理性は破壊される。


 ルーフはそのことを知っていた、だからあまり考えないようにしておいた。


 だけど熱は彼を逃がそうとしない。


「ああああ」


 ルーフの唇が動く、体中の水分があの炎と金属と、熱の暴力によって奪われてしまったのだろうか。

 二枚の唇はひどく乾燥していて、息を吸い込むだけで薄皮に深々とした亀裂が走りそうだった。


「ああああ………」


 それでもルーフは唇を動かす。


 悲鳴はとっくに止まっている、彼は声を出したかった。


 声を、言葉を、名前を呼びたかった。

 彼女の名前を。


 だけど声は出ない、悲鳴で使い果たした。

 

 そしてルーフの内層にて、新たなる熱が暴走を始める。

外はさくっと、中はパリッと。

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