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こんにちは王様

ベビーキング。

 王様、王、なんともまあ。魔法使いはその言葉のいい加減で、いかにも威圧的で、支配欲に満ち満ちている単語に、他人事ながら辟易(へきえき)としてしまう。


「おうさま、おう、さま……」


 なにも魔法使いの心情を読み取り、くみ取ったなどと好意的な解釈ができるほど厚かましくもなれそうにない。


 しかしそう理解していながらも、鬱々とした灰色の曇り空のような面持ちで首をかしげている彼女に、魔法使いは無理やりな親近感を見出さずにはいられない。


 自分がなにも出来ない、しょせんは目の前で繰り広げられている物語に何の鑑賞もできない。

 見るだけ、見ているだけの第三者でしかない。


 この身において唯一出来る楽しみと言えば、他人の生活模様をのぞき見できるという最大級の甘美を除いたとして、あとに残されているのはでてくる登場人物に共感すること。


 この場合は二人しかいない、二人の登場人物のどちらかを適当に見繕い、自身の趣向にそったキャラクターに自己を投影すること。


 それだけが楽しみで……それ以外には何も……。


「おうさまに会うのが楽しみだわ」


 そんな事を考えている、その間にも日々は過ぎていって。


 正しくは魔法使いが見ている夢の光景、有るはずの無い空間の場景が場面転換をいくつか繰り返した後。


 またある日のこと。


「おうさまはどこにいるのかしら?」


 夢の中の彼女は部屋の中を見渡している。


 すわり心地の悪そうな、居心地が最悪に悪そうな、所々錆びついている椅子の上。


 何本もの細いチューブに、まるで食虫植物に捉えられた獲物のように繋げられている彼女が、彼女にとって何度目かも分からぬ台詞を口にしていた。


「私、はやく王様に会いたいわ」


 一体どれだけの時間が過ぎたのだろうか?


 一日、一週間、一か月。一年、それがいくつか重なっている。


 時間の積み重ねの中で魔法使いが見て居る景色、魔法使いが誰よりも共感している彼女の見て居る景色。


 それらはまるで変化の無いように、彼女が最初にその意識を獲得した瞬間より、ずっと均一を保ちつづけている。


 白い実験室はそのままに、だがそれはあくまでも部屋だけの話、無声物の半永久的を錯覚させる同一性の身に限定された話。


「おうさまは、……王はどこにいらっしゃるのかしら」


 彼女には、人間の体にとって同一性など濡れたちり紙よりも不確かなものでしかない。


 彼女の体はこの数日、もしかしたら数年だったかもしれない、とにかく夢のなかと言う曖昧(あいまい)であやふやな情景においても、見るからにあからさまに一個の生命体としての成長を続行していた。


 何も可笑しいことなどない、赤ん坊ほどに小さかった個体がそのまま、自立して言葉を話せるほどに成長する。


 生命の神秘だとか、そういった神がかり的価値観を持たずとも、子供の成長というものは当の子供そのものであるはずの魔法使いですら、なにか特別なものとして見ざるを得ないでいる。


 それは延々と同じように見える映像の中でほぼ唯一と言える見所、つまりは他はすべてどうでもいい、何の面白味もない静止画に等しい。


 夢心地にぼんやりとしている魔法使いですらそう思い始めている。


 夢の登場人物として呼吸している彼女にしてみればなおさらのこと。


 そんな日々が通り過ぎて行く、何もない、無色透明の時間。


 ある日。


「八号」


 彼女にとっての変化は、その命が始まった瞬間と同様に錬金術師によってもたらされた。


「君に合せたい人がいる」


 台詞だけを聞いてみればどこか、ふわふわと夏が始まる前の綿毛のような軽々しさを感じさせる。


「君はこの人に会わなくてはならないのだ」


 だけど彼の言葉はとても、とてもじゃないがそのような軽々しさなど微塵も感じられない。


 なにか、これからとても血なまぐさくおぞましいことを行うかのような。


 だがそれと同時に、食事を行うのと同じくらい必然的で、睡眠をとるのと同等に必要性の高い行為を繰り広げようとしている。


 とにかく錬金術師の尋常ならざる緊迫感に、椅子の上の彼女はただただ小さく身をちぢこまるばかりであった。


「おじい様? どうしたの」


 目的自体はすでに彼の口から語られている、彼女はその言葉の向こうにある彼の、藍色の瞳に隠されている感情を何とかして。


 どうにかして読み取ろうとしている。


「さあ………、目を閉じないで。一時も目を逸らさないで、その目で王の姿を見るんだ」


 だが錬金術師は彼女の一心な視線を受け止めようともせずに、じっと自身の腕の中にあるものを見下ろしている。


「それは? その布のかたまりはいったい……」


 そのまま黙りこくってしまった錬金術師。

 沈黙の中においていよいよ好奇心に耐えられなくなった彼女は、自らの体と繋がっているチューブが揺れるのも構わずに、彼の腕の中身を覗き見ようと体を動かしている。


「これが、これが我らの王。………未来に定められし王の姿だ」


 ついに! ついに王様の姿が!


 彼女の体がふんわりと期待に膨らむ。

 魔法使いもここぞとばかりに、ちょうど彼女の隣に待ち構える立ち位置でそれを。


 王様を見る。


 王様は。


「うえぇ えうぅ」


 王様は泣いていた、まん丸くぷにぷにとした顔を真っ赤にして、今にも全身をはち切れんばかりに涙を発散させようとしている。


「赤ちゃん?」


 それは彼女の声だったのか、それとも魔法使いがつい口にしてしまった独り言だったのか。


 どちらにしてもその瞬間をもって、彼女たちの心理状態は大きくかい離をすることになる。


「わあー! カワイイーッ!」


 今までの控えめな、全ての物事に対してしずしずと貞淑(ていしゅく)に、一歩下がった地点において構えていた。


 そのはずの彼女の、もしかしたら生まれて初めての激情だったかもしれない。


 初めての感激、初めての喜び、初めての能動的な欲望が、彼女の脳神経を介して全身の肉と骨に駆けめぐる。


「抱きしめたいっ!」


 エクストラマークを連発してみたものの、これはあくまでも彼女の心情的に限定された表現であって、部屋の中には相変わらずの静謐がはびこっている。


 それは彼女の中に組みこまれている女性らしさによるものかもしれないが、しかしそれ以上にこの赤ん坊を見た瞬間、彼女の中にするべき行為が全て再生されつつあるのではないかと。


 魔法使いは他人事ながらに、目の前で繰り広げられている光景の奇妙さをじっくりと噛みしめ、そのまま観察を続けている。


「おじい様、おねがい今すぐその子を」


 彼女が手を伸ばす、そうするといよいよギリギリの境界で連続性を保っていたチューブが幾つか断絶をきたし。


「あ……」


 ぶちぶちと彼女の白くふわふわの体から離れた管は、土から引き抜かれた植物の根っこのような音をたてて、力なく先端から透明の液体をぽたぽたと床にたれ流している。


「あわわ……」


 いや、落ちているのは彼女の血液。管に密接していた皮膚、体毛の隙間から断絶による出血が赤々とした体液が幾つもの筋を描いている。


「八号………、気持ちは分かるが………とにかく落ち着きなさい」


 錬金術師が静かな声で彼女のたしなめている。


「ああほら………こんなに管が外れて………傷らだけになって」


 何というか、ずいぶんと彼はゆっくりと途切れ途切れに話している。


「えへへ、ごめんなさい」


 まだまだ赤ん坊を目にした感動を引きずったままなのか、メイはそんな彼の様子を見るまでもなくもう一度管を、自身の手で一つ一つ繋ぎ直していく。


「ついドキドキしてしまって、はずかしいわ」


 そうしている間の彼女の視界は、やはり自身の体に集中しているはずであって。


 だから、いま魔法使いが見ている表情は彼女の知らないもののはず。


「本当に………君はとても可愛いな」


 錬金術師の、恐れとも諦めともつかない、なにか自身の思惑など到底及ばぬ異世界について思いを馳せているかのような。


 彼の寂しげな笑顔を、彼女は知らない。

生まれたてでした。

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