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椿と葉はいつか枯れるのでしょう

このくだりは何度目。

 魔法使いは夢を見ていた。夢と言うにはあまりにもクオリティの高い、鮮度のありすぎる光景であるが、しかし夢以外にどういった呼び方をするべきか。


 特にうまい言い方も思いつかないので、このまま夢と言う認識で進めるとする。


 として、そうだとして。


 魔法使いは夢を見ていた、思い出を、記憶はひどく不確かで。

 思い出が落ちていく。記憶は落屑(らくせつ)のようにぽろぽろと、一度の剥離から連続するように。


 思い出すのはなつかしい日々、穏やかな。


「実験を開始するよ」


「わかりました、おじい様」


「俺は奇跡を起こさなくてはならないんだ、協力してくれるよな」


「もちろんですわ、おじい様」


 魔法使いは声を聞いていた。


 ここは……部屋の中らしい。


 天井には白く蛍光する照明がこうこうと、明度はしっかりと確立されていて、おかげで魔法使いは部屋の隅々まで観察することができた。


 しかし、物理的な明るさは確かに存在している、にもかからわらずどうして? どうしてこの部屋はこんなにも薄暗いのだろうか。


 大量に設置された棚、その内部に一切の隙間を許容しないと言わんばかりに詰め込まれている、正体不明の薬品類。


 あるいは机の上から、そのまま周囲の床などに散乱する書類の山。それら全てに大量の、魔法使いにはまるで解することのできない記号やら、数字の羅列が刻まれているだとか。


 それらの物品が放つ威圧感が、一つ一つは微力ながらも集合を一つの空間に形成することによって、やがてはこの広々とした空間に圧迫感をもたらしているのだろうか。


 四角い、壁と床は白色に統一されている。

 絹ごし豆腐か、あるいは角砂糖を内側から削ったらこんな感じの空間に。


 ……なんて、そんな例え話をしようとしたら魔法使いの腹から。


 びりり! びりりりり!


 突然電流のような痛みが、実際に雷に打たれたことなど一度も、人生において一度だって経験したことはないのだけれど。


 でもきっとこんな感じなのだろうと、それ以外に上手い例え話を思いつくこともなく。


 いきなり出現した痛みに魔法使いが悶絶している。


 そしたら彼女も、魔法使いの近くにいる、大きな椅子に座っている小さな彼女も似たように体をけいれんさせている。

 

「私は奇跡を起こさなくてはならない」


 魔法使いは瞬きをする。瞼の下に感じるのは酸素の冷たさではなく、なんと言うべきか、どうにも形容しがたい生温かな水のような感触がある。 


 男性の声が、魔法使いには向けらていない声が彼女が持つ意識にとって、彼女の記憶にとって何よりも尊重すべき対象の声が主張をしてくる。


 一生懸命に、必死に。体に鉛の塊を巻き付けて海に捨てられて、必死に酸素を求めているかのような、そんな苦しささえ感じさせてくる。


 その声を聞いていると、魔法使いは自分の呼吸まで何かかたい物に阻害されるような気分になっていた。


「失われた命をもう一度、尊ばれるべきだった意識をこの世界に」


 彼はそこまで言って、それはきっと彼女に向けての説明のつもりだったのだろうが、ある程度まで話すと黙りこくってしまう。


「……………………………………」


 長い、長い長い沈黙。


 その後に彼が口を開く、最初はただの呼吸かと錯覚した、それほどに小さくて頼りない声。


「少し話し過ぎたな………。すまない、実験を続行しようか、八号」


 彼は彼女のことを八号と呼ぶらしい。


 それではあまりにも味気ないので、魔法使いはもう少し話を傍聴し、情報を集めてみる。


 自身のお粗末で粗雑な情報収集能力によれば、


 ・彼女の名前はメイと呼ばれている。


 これは彼女の正式名称ではなく、なんと言うべきか……偽名という訳でもなく。

 彼女の前身、つまりは元となった魔女の個体名称。


 つまりはもうすでに無くなった女性のあだ名から、そのまま名前にしてしまったらしいという。 


 そしてもう一つ、これは既に彼女自身の口からある程度説明がなされていたが。


 ・彼女は人工的にデザインされた生き物、つまりはクローンであり。

 先述した魔女のそれと同一の情報をそのままに、幾ばかりの修正を行った上で生まれた存在である。


 その場合においての彼女はどうやら、ことさら制作主である錬金術師には「八号」と呼ばれていること。


 錬金術師による私的試作品第八号、彼女ははたして試験管の中で生まれたのだろうか?


 人の手によって作られた命、錬金術師の彼は見るからに彼女のことを気に入っているようだった。


 自分の作ったものに関して愛着を持つこと、その辺の感覚については魔法使いにとっても身近な事である。


 が、しかし、その錬金術師が彼女に対して、つまりは試作品八号に向けている感情は、魔法使いにとってはあずかり知らぬほどの強烈さがあった。


 何というべきか、これにも上手く言い方が思いつかないのだが、これはいわゆる男女の愛情的な何かがあるのかもしれない。


 魔法使いはそう考えていた。


「八号」


 魔法使いの、存在しない視線を背後に錬金術師が彼女の名を呼ぶ。


「八号、この呼び方はあまりにも味気ない………。君の本当の名前は────、もっと素敵な名前があるのにな」


 錬金術師が彼女の名前を呼んでいた。

 確かに、メイとか八号よりもよっぽど女性らしい名前であると、魔法使いも静かに同意をする。


 そのまま数日が過ぎた。

 

 その(かん)ずっと魔法使いがその、日の光の無い部屋の中で彼と彼女の様子を見守っていただとか。


 いくらなんでも現実感が少なすぎるが、しかし夢のなかなので上手い具合に納得しておかなくてはならないことを念頭に置く。


 連続する日常のなか、錬金術師である彼女は実験体である彼女に、ほとんど毎日に等しいリズムで実験を行っていた。


 それは体の体液を抜き取ったり、逆に体のなかに謎の薬液を注入したり。

 先ほどの強烈な電流もまた実験のうちの一つだったらしいと、魔法使いはその光景の中でそれとなく答えを得る。


 あんなに痛いことをして、一体何の意味があるというのか?

 

 魔法使いは過ぎ去る日々の中で彼女に同調しつつ、堪えきれぬほどの同情を覚えずにはいられない。


 彼女は一体何を楽しみに、日々の食事や排せつですら体に幾つも繋がれたチューブで済ませる。


 これは一体何だというのだ、この人生を見て、自分は何を思うべきなのだろうか?


 魔法使いは疑問に思っていた、思うだけで、自分にはなにも出来ないことも。

 魔法使いは理解していた、していて、そのまま見続けることを選ぶ。


 ある日彼女は彼に問いかけていた。


「おじい様」


 彼が答える。


「どうした? 八号」


 彼女は言った、椅子の上に柔らかな臀部(でんぶ)を添えたままの格好で、まるでそれ以外に自分の有るべき姿などどこにも存在していないと。


 これが私の有るべき姿で、それをずっと、これからもずっと信じ続けると。そんな彼女から一つの問いかけが投げかけられる。


「あ、なたは……」


 言葉を発するのも久しぶりのことで、彼女はたどたどしくも確かな口ぶりで錬金術師に話しかけている。


「貴方は、どうして私をつくったのですか?」


 錬金術師は、彼女に祖父と呼ばれる男性はその言葉に驚き。


 驚いて見せたものの、それは彼にとってすでに、予測の範疇(はんちゅう)とされていた言葉だったのだろう。


 錬金術師は彼女の、自らが制作した魔女の体にそっと、真綿でくるみ込むかのような笑みを向けている。


「それはね、いつかこの世界、この時間に生まれてくる王のために、俺は君を作ったんだ」


 王様。

 魔法使いは頭の中でその言葉を繰り返す。


「おうさま」


 彼女もまた、彼の言葉をその未発達な舌で反すうする。


 その声を聞いて、錬金術師はより一層笑みを深める。


「そうだ、────。君は王を、未来にその玉座をきめられた王をお守りする為に、その人生を始めたんだ」

時代に取り残された男。

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