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王様大爆笑

これには王様もニッコリ

 大人に質問された少年は、ルーフに質問されたもう一人のルーフは、彼の言葉について考えようとする。


「思うって、なにも………」


 こちらとしては何も知らない、そう言い切れるわけでもない自身の心境に少年のルーフは微妙な面持ちしか出来ないでいる。


 なんといってもそれは祖父の作った作品。

 あの人が毎日毎日、もしもあの日、その人生が唐突に終了を告げなかったとしたら、彼は今自分の目の前に広がる文字列を描き続けていたのだろうか?


 今となっては何もわからない、なぜなら彼はここにはいないし、もう二度と自分の目の前に現れてくれることはないのだから。


「陣はまさしく情報そのもの、そうだとすればこれはまさに彼の………、君のお爺さんのいのちが映し出された鏡だと。そう思わないかい?」


「思う………のか?」


 状況を鑑みてみれば、なにがなんでもこの男性の機嫌を損ねるような行為をするべきではないと、頭ではそう理解しているはずなのに。


 しかしルーフはどうしても男性の、自身と同じ名を持つ彼の言葉を受け入れることができないでいる。


 一体何がそんなに気に入らないのか、とりあえず今のところ何かおかしいことを、つまりはこの状況に相応しく狂ったことをぬかしている訳でもない。


 そう………今は、今だけは。


 だがいつまでも今が継続するはずもない、かつての生活が砂の城よりも脆く崩れ去ってしまったかのように、世界はいつだってどんなときだって同様の姿を保てたためしがないのだ。


「だが彼の………、他に替えも効かぬほどに尊いはずであったその人生においても、所詮は計画の一部でしかない。………いや、そもそも計画の一端にも触れることは出来なかった、と言うべきかな」


 相変わらず何を言っているのかわからない、ちんぷんかんぷんで、まともに取り合うべきではないとやはり頭ではそう思う。


 が、それでも何か、目に見えない直観によってルーフは男性が祖父のことを、祖父の生きた人生を卑下にしたということに気づき。


 だからこそ、自分にそんな資格はないと自覚していながらも、ほとんど反射に等しい感覚の中で肉に怒気の熱を(たぎ)らせていた。


「プログラム、計画計画、プロジェクト」


 熱はそのままエネルギーとなって、ほとんど稼働することもできないはずの肉体に、いったいどこに潜んでいたのだと訝しみたくなるほどの活力へと変換を行う。


「計画ってなんだよ? さっきからちょくちょく言っているが………、それを達成すると何かいいことでもあるんか?」


 どうせ今後に何か良いことが起きるはずもなく、それどころか現在進行形で最悪が更新され続けているのだ。


 いまさら何を、何も。と、考えた所でルーフはふと一人の女性を、妹のメイの姿を思い出していた。


 あいつは、彼女はあの後どうなったのだろうか。無事に逃げて、どこか安全な所にいてくれればよいのだが。


「爺さんの作った錬成陣が計画の一つ………、ということは爺さんもお前らの協力者ってことになるんだよな」


 頭のなかでは好きな女のことを、口先はいけしゃあしゃあとそれらしい質問文を捻り出している。


 自分にこんな器用さが秘められていたとは、己の知らなかった可能性にルーフはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべたくなり。


 よもやそれに同調したわけではないにしても、大人のルーフもまた笑顔を。

 しかしその面持ちは少年とは大きく異なり、全体的に抗いようのない気品が燦然(さんぜん)と輝いている。


「またしても正解が半分、………そう言うことになるかな」


 つまりは不正解みたいなもんだろ。ルーフが視線だけでそう毒づくのを、意識的かそれとも無意識か、軽くあしらいつつ男性は微笑んでいる。


「彼は………そうだな、計画の途中で我々とは離別した。計画疑問を抱き、愚かにも己の独自性を週趙紫陽と思い立ったのだよ」


 またしても祖父の尊厳を汚す言葉が。

 しかしその時のルーフは怒りを抱くというよりも、それよりも男性の表情に気をとられていた。


「愚かだ、………なんとも嘆かわしい。………我々は大いに悲しんださ、なんといっても彼の離脱は肉を立つが如き損失で。………計画の進行に多いな阻害が生じたことは紛れもない事実なのだから」


 少年は男性の怒りを感じ取っていた。

 

 燃え盛る炎に苛まれるかのような、あるいは古い石油ストーブにうっかり体を気かづけすぎてしまったかのような。

 

 つまりは存在するはずの無い熱をもって、男性の体からはまさしく燃え盛らんとしている怒りが立ちのぼっている。


「そんなに計画が大事なのか?」


 それまで大海のように不動の位置を築いていたはずの男性の、ここへ来て初めて見せた動揺の色。


 それが理由の一端を占めていることは確実であっても、質問の内容自体は言葉の流れとしてのリズムにのっとったものでしかない。


「こんなに派手な事をして………、まるで計画そのものに人生を食われているみたいじゃないか」


 その時、その瞬間において、限定的に少年のルーフと大人のルーフの立ち位置は反転していた。


「………………」


 大人の目が、夕暮れの終わり、夜に進みつつある空と同様の色を持つ瞳がじっと、少年の熟れた林檎のような瞳と交差する。


 彼は驚いていて、ルーフはその驚愕の正体が一体何なのか理解できないままに。


「………そうだ」


 先に口を開いたのは大人の方だった。

 

 かすれた声、聞こえ辛いという訳ではなく、むしろ音声としては非常に優秀といえる程に言葉を情報として相手に伝達している。


 だがそれ以上の力がそこには確かにある。

 ルーフは大人が何かひどく、まるでずぶ濡れになったシャツのように悲惨な悲しみに暮れていることを、ぼんやりと確信の持てないままに想像する。


「これはわたしの人生そのもの、………計画の成就が無くては、何も、誰一人として救えないのだから………」


 声は震えている、風の中に揺れる砂埃のように音色は酷く不確かで、寂しげに湾曲する残響が力なく空気を振動させている。


「そのためにわたしは………、──は」


 だけど言葉に迷いは存在していなかった。

 汚れも濁りも、淀みもしこりも、何ひとつとして混ざり毛の無い。


「計画を信じている、それを達成するためにはこの身が傷つこうともかまわない」


 純粋な言葉、嘘の無い言葉。

 大人の視線はもはやルーフを捕え、しかし意識はその向こうにある何かを見据えて、片時も見逃さないと強い意志に満ち溢れている。


「話が長くなってしまったな」


 だがその真っ直ぐさ、純真さの灯火はあっという間に消え去り、男性はまたいつもの正体の無い笑みを浮かべる。


「やはりどうしても、どうにも他人との会話というものは楽しくて仕方がない………。本当ならいつまでも、なんならコーヒー片手にいつまでも君と語り明かしたいくらいだよ」


 見えかけていた本心に気をとられていて、ルーフは男性の瞳に宿った光に気付くことができなかった。


 気付いたところで何をできたわけでもない、ルーフの体は硬く拘束されていて、せいぜいできるとすれば十本の足の指をミミズの蠕動のように蠢かせることだけ。


「………」


 それでもせめて、きちんと両の目で見てさえいれば知ることぐらいならできた。

 知って、感じて、他人の行動を監視することぐらいなら出来たかもしれない。


「あはは」


 だけどそれは出来なかった、ルーフにはなにも出来なかった。


「あはは、あははははははははは」


 ルーフと言う名の少年は笑うこともできずに彼を見ていて。


 ルーフと言う名の彼は少年を見ようともせずに、ひとりで笑い続けている。


「あはははは「あははははははははははは「ははは「ははははははははははははははははははははははははははははは

「ははははは「ははははははははははははははは「ははははははははははははははははははははは「はははははははははははははははははははは「ははははは「はははははははは「ははははははははははははは「ははは

「は

「は

「はは………あはは………」

喉に優しく雨を舐める。

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