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文字列について彼が考えるところ

絞殺死骸。

 所は変わり、此処は灰笛のどこか。それだけは確定していて、しいて言うならばそれだけがルーフに理解できている数少ない情報であった。


 ルーフは戸惑っていた。

 ここに来てもはや何を驚こうか、彼はもうすでに自身の感情を使い果たしていたものだと。


 少なくとも前まではそう思っていた、思い込んでいた、といった方が現実に則しているかもしれない。


 しかしそれはあくまでも過去の出来事、ルーフは己の内にまだここまで感情を動かすことのできる余力が残されていたことに、我ながら他人事のように戸惑わずにはいられない。


「魔法陣が………陣形が床一面に描かれている………」


 彼は依然としてその身を拘束されたままに、ほとんど身動きの取れない椅子の上からそれを、大量の文字列をじっと見下ろしている。


「柔らかいカーペットの下に隠しておいたんだ、すごいだろ?」


 少年の言葉を耳にした男性が、ルーフと同じ名を持つ彼がどこか嬉しそうに、ワクワクを隠し切れない様子で簡単な解説をする。


「だけど君の言葉は間違っている、………少しだけ、間違っているな」


 間違い。

 それを指摘されたことで感情が動いただとか、そんな単純な問題だとは思いたくない。


 が、しかし、男性の声に反応する形で己の身が硬直をきたしたことも、ルーフにとって否定しようのない事実であった。


 これはルーフにとって、とても、とてつもなく見覚えのある光景である。


 覚えている、なんて他人行儀な言葉を使うのもためらわれる、これは彼の人生においてその一部と言っても過言ではない。


 それほどの重要度をはらんでいる。


「その間違いは、君になら解るはずだろう?」


 椅子の背もたれに指をそえて、大人のルーフは自身と同じ名の子供にゆったりと顔を近付ける。


 口内の臭気は届かない、だが気配は確実に肌で感じ取ることのできる。

 その程度の距離感、大人に見おろされながらルーフは強迫的に自身の記憶を掘り起こしていた。


「これは魔法陣じゃない、………似ているけど………少し違う」


 肉体の記憶、メモリーとしての量はそこまである訳でもない、この目の前の大人がすごした時間にしてみればごく最近、ほんの短い瞬間ということになるのだろうか。


「これは、………これは」


 だがルーフにとっては、少年にとってその文字列は人生において重要な意味を、彼という存在の根幹に深くかかわっている。


 そういった意味のある、それが陣形から導き出される彼の価値観であって。


「………」


「おやおや、黙ってしまったよ」


 だから言葉を言うことにどうしようなく、正体の見えないあやふやな恐れを感じずにはいられず。


 呼吸すらもままならぬほどに、実際に何か強力な圧力で喉元を抑え込まれているような、そんな感覚に襲われている。


「わからない、しかしその無知は然るべき、仕方のないことであろう」


 諦めたのか、それともこの反応もまた男性にとって予定調和の一つにすぎなかったのか。


 少年から顔を離し、背の高いルーフは腹部の前で長く細い、骨ばった指を互いに組み合わせる。


「君は何も知らないのだから。知らないこと………、それは時として千の弾丸よりも確実に肉を抉り、骨を砕く可能性がある………」


「別に、知らないってわけじゃねえよ」


 無知を追及されて、そのことについて反論をするのは子供の子供たる、いかにも子供らしい姿勢であることを。


 教えてくれた彼の姿を思い出しながら、別に関連付けるつもりなどなかったはずなのに、一度展開された情報は次々と関連性を繋げずにはいられない。


「爺さんがよく作っていた、………これは錬成陣だろ」


 記憶はあるはずの無いものを映し出す、もしもどこかに幻覚を見せる魔法があるとすれば、魔法をかけられた人間の見る世界はきっとこんな感じなのだろう。


「あの人は………、よく家でこれを描いていた。毎日毎日、同じようなものを描き続けていた」


 瞼の裏の連続的な暗闇、そこにかつての自分が存在していた空間が映し出される。


「そうか、カハヅはこれを描いていたか」


 少年のルーフの言葉に対し、男性は少しだけ目を細めてここではないどこかを。

 

 きっと彼もまた祖父のことを、背の低いルーフとその妹のメイにとっての保護者であった男性のことを思い出しているのだろうか。


 この男性と祖父は知り合いだったのだろうか。


 人間、に限定することもなく、生き物の成体というものは老年に差し掛かるまで見た目の判別がつきづらくなる。


 子供の時は生まれた時間が一年違うだけで決定的に変化があるというのに、気付けば五年十年差があったとしても、場合によっては見分けがつかなくなってしまう。


 と言ったのは、この意見はルーフのものではなく誰のものだったか。


 そうだ、これは妹から聞いた話だった。


 彼女はその小さな体を魔法陣、ではなく錬成陣の上に横たえて、なにを思ったのか自分に対してこんな話をしていたのだった。


 その時は妹から、幼い体の彼女からそのような達観が紡ぎだされることに、眩暈をきたすような違和感を覚えたものだった。


 なんて、思い出をこぼしている場合ではなく。


 つまり何が言いたいのかというと、大人のルーフの外見年齢はいまいち掴み所が無く、見様によっては若かったり、かと思えば祖父と同じくらいの年齢の層を匂わせる時もあったりする。


 要するによく分からない、だからこそ多少の強引さをもって、少年のルーフは男性と祖父の関連性を結ぼうとしていた。ということになる。


 何故そんな事をしていたのか、しようと思ったのか、あるいはせざるを得なかったのか。


 それは一重に、と言うか結局のところ錬成陣が強く影響している。


「どうして爺さんが描いていた錬成陣が、ここの、この場所の床の上にあるんだ」


 記憶はあくまでも過ぎ去った時間でしかなく、昨日と今日は連続していながらも、いつもはただひたすらに他人行儀な素振りばかりをしている。


「ん? それは何も考える必要もない、単純な要因だよ」


 質問されていたことには気づいている、だが大人のルーフはあえて少し間を開けて、ここにきてあくまでも、まるで何もない草原のようにゆったりと静かな口ぶりで話している。


「これはわたしが彼から教わったもの。君にとっては保護者であり、わたしにとっては………そうだな………、友達、と言うべきか」


 単語の一つを言うのに対し、彼は何故かいかにも人間らしい挙動で少し言い淀む。


「そもそもの発案はわたしの、ほんの些細な要望であって。それはいかにも子供じみた、無条件下における代償の無いテレポートをついつい願ってしまうかのような、その程度の言葉でしかなかった。そのはずだった………」


 子供のルーフと同調したつもりなど、きっと彼には何も関係が無いと信じたい。


 だが願望とは関係なしに、大人のルーフもまた過去回想に身を浸していることは紛れもなく現実でしかない。


「彼は優れた錬金術師だった………。君はきっと知らないだろうけど、その当時はまだ錬金術と言えば女性の独擅場(どくせんじょう)でね、会う人皆に奇妙なものを見るような目を向けられたのが、なんだかつい最近のことのように思われるよ」


 聞き様によってはいくらでも解釈ができてしまいそうな、つまりはあまり子細な情報という訳ではない。


 自分の過去に関してこの場合においては何の関係が無いと、藍色の瞳のルーフはそう信じきっているようだった。


「そんな若い時分、わたしと君のお爺さんはこの陣を思いついた。ねえ君、この文字列を見て何か………、何かしら思うところは、ないかな」


 大人のルーフが、子供のルーフに向けて質問をする。

考察しがい。

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