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魔法陣はお腹が空いている

ぐるぐる(お腹の音)

「錬金術師がつかうものとは、ずいぶんと雰囲気がことなるのですね」


 前のめりになっている魔法使いの体、それを意識するわけでもなく抑え込んでいるメイの白い指。


 手と手をにぎりあう格好のまま、メイは目の前に展開されている文字列についての感想を少しだけ口にする。


「なんというか……数字がたくさんかいてある、感じがする」


「そりゃあ、そもそものジャンルが大きく変わってくるからな」


 幼女の感想に対して少しだけの驚きを、エミルは彼女の方に視線を向けながら、自身の作品について簡素な解説を加える。


「錬金術が世界のルールに干渉する技術だとして。魔術はもっと人間の意識に密接している、無意識への補助……。あー……っと、つまりだな」


 いきなりの説明口調にきょとんとしている彼女たちの視線を浴びて、エミルは途端に居心地を悪そうにして、なんとか解りやすい言葉を模索しようとしていた。


「錬金術ほど理屈っぽくもないし、魔法ほど芸術性が高いわけでもない……。何だろうな、こういうのってどう形容したらいいんだろうな?」


「中途半端に、万人受けしやすいって感じ。じゃないですかあ?」


 頭を悩ませている、少なくとも足元の術式よりは単純であるはずの問題に、真剣な面持ちで頭を悩ませている男性魔術師。


 彼の様子を眺めつつ、未だにノートパソコンに何かしらをかちゃかちゃと入力し続けているエリーゼが的確な、言ってしまえば何の情緒もない例えでまとめてくる。


「魔法はなんか、得意分野がある人にしか使えないけど、魔術ならルールがあるから誰にでも使えちゃう。楽ちん、この魔法陣やノートパソコンみたいに、使い方さえ勉強すればだれでも使える」


「ああ、うん、そう、それが魔術だな」


 後輩魔術師の無駄の無い、それとなく納得のできそうな雰囲気を纏っている説明に対し、エミルがどこか拍子抜けをしたように頷いている。


 それが、と言葉だけで決定づけられても。

 正直この場でいくら説明を重ねられても、彼女たちには一向に理解できそうにない。


「御託はいいから、早く事を進めてくださいっすよ」


 首をかしげている彼女たちから少し離れた所で、オーギが少し目を細めた表情で魔術師たちに催促をする。


「そうですよセンパイ、時間は有限じゃありませんからね」


 オーギの言葉に乗ずるという訳ではないにしても、エリーゼはどこか調子のよい様子でエミルに向かって腕を、その中にあるノートパソコンを差し向ける。


「さあセンパイ、よろしくお願いしますよ」


 出来る限り薄く、現代文明が許す限りの薄さを求めたデザインの機械。


 それを一体どうするというのか、先ほど彼女が言ったところによればその機械も魔術のうちの一つ、ということになるらしい。


「資料はどれだけ検索できたか?」


 軽そうに見える機械、内部にぎっしりと金属が詰め込まれた板を片手で受け取りつつ、エミルが後輩に簡単な確認を行う。


「いやあ、申し訳ないんですけど、やはりかなり検閲が厳しくって。アタシの技量だけではこれが限界でした」


 口調こそ軽々しさを演出しているものの、エリーゼの瞳には誤魔化しきれないやるせなさが滲んでいる。


「いや、まあ、これで十分だな。お前はよくやったと俺は思うよ」


 彼女のらしくない口調に若干の違和感を抱きつつも、エミルはさしてフォローをいれるまでもなく、次に行うべき行動について意識を働かせる。


「せめてこちら側だけで事が終われば、それはそれで万々歳なんだけれどな……」


 叶わぬ願いを現実に対するせめてもの反抗として、エミルはボソボソと小言を口にしつつ、左の手の上にパソコンを。


 そして右の方の手には、いつの間に握られていたのだろうかガラスのコップが。


 エミルはそれ以上何を言うでもなく、何の迷いもなしにコップをパソコンの上に、ちょうどメーカーのロゴマークが刻印されている部分にガラスの底を密着させる。


 最新技術の機械に乗っけられた、いたって基本的なデザインと構造によって作られたコップ。


 そのまま、魔術師たちはその雑な合作をじっと凝視する。


 それはとてもシュールレアリズムな雰囲気を醸し出し、光景の継続は魔法使いたちに言い様の無い不安を引き起こさせる。


「……何をしているんでしょうか?」


「さあ、私にはわからないわ……」


 キンシとメイが小声で互いに怪訝さを共有している。


 しかし事象は割とすぐに、さして時間もかからないうちに出現した。


「おっとっと」


 単純で格式ばった狼狽の台詞を発しながら、エミルはパソコンの上からコップを。


 音もなく、震動もない間に内側の底から謎の黒い液体が増幅し、もう十分すぎるくらいに沢山、液体としての物質が持つ表面張力の限界ギリギリほどに満みたしている。


「ふむ……」


 エミルはじっとあらわれた液体を眺め、眼球だけで何かしらの判別をつけようとしている。


 インクか黒いペンキか、あるいは濃い墨汁、それらのいずれかによく似ている、とにかく黒色以外の何ものでもない液体を満たしているコップ。


「なるほど……機械を媒体に情報思念を抽出、ですか」


 意味不明に身を竦ませているメイの手をにぎりながら、キンシがひとり自身に言い聞かせるかのように解説を加えようとしている。


 その間にエミルは一つの決断を。


「やっぱり駄目だな」


 何も知らぬ身としては一体何が問題なのか、そもそもその黒い液体はどんな意味を持つのか。


 聞きたいところは数多くあれども、しかしそれらの疑問は魔術師にとっては何の役にも立たない。


「やっぱりダメでしたかあ」


 分かりきった答えではあるものの、それでも希望を捨てられないのが人の悲しき(さが)

 エリーゼが素直に残念そうな声をあげている、その間にもエミルは手際よく次の作業に移っている。


「駄目でも網目でも金目でも関係ねえ、このまま次の段階に進むぞ」


 そう言いながらエミルはおもむろに、もう一度懐をまさぐって。


 取り出したのはキラリと光る、あれは小さな刃物だろうか。


「あ、この次はちょっと不潔なので、あんまり凝視しない方が……」


 エリーゼが申し訳程度に警告をいれてくる。


 しかしそのささやかさに引けを取らないほどに、彼女の言葉は魔法使いたちに差して意味を成さず。


「うわ」


 オーギが思わず顔をしかめている。


 視線が集まる先では刃物が肉を圧迫し、腐った果物を切り刻むかのような鈍い音の下、赤色が凝縮する液体が開かれた切り口から溢れかえっている。


「ここにこれを混ぜて、あとは……」


 親指から手首にかけて、鳥もも肉のような形状をしている肉の繋がり。

 

 エミルはそこから零れる体液を、重力に任せる形でコップの中の黒い液体にポタポタと混ぜていく。


 量的には赤色よりも圧倒的に黒色が多い、少なくとも目で確認できる範囲ではそう見えた。


 そのはずで、そうであるはずなのに。

 にもかかわらずまるで当たり前の面構えを晒すかのように、黒色だったはずのそれは数敵の赤色に同調して。


 液体はまるで、開封したてのトマトジュースのそれと同様の色合いへと変化していった。


「とりあえず、とにもかくにもこれで手を打とうかな」


 この短い瞬間の間に目覚ましい、どこかおぞましいとまで言えるほどの変化をきたした液体。


 エミルはなみなみと満たされているそれを、その割には一滴も零れようとしていない液体を少し上に掲げ、自らが作成した魔法陣の端の辺りへ。


 ザブザブザブ、ジョロロロ。それまで必死にガラスの内部に集合体を築いていた、それらは何の魔力的な要素も関係なしに、男性の腕の力だけでその身を重力に屈服させられている。


 ピチ……ピチョン。何のためらいもなしに、まだ新鮮さも失われていない自らの一部が含まれた液体を、エミルは特になにを思うでもなく、ただ作業の一部として魔法陣の上にぶちまける。


 残された一滴が小鳥のさえずりのような音をたてる、当然のことながら魔術はまだまだ終わりそうにない。


いきなり始まる過去回想。

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