サイコロを地の果てまで転がそう
六から一になるまで
「して、そのハル何とかっていう団体は、魔術師さんたちの失踪と何の関係があるんです?」
しっかりと説明をなされたはずなのに、結局はまともに名称を覚えようともしないキンシ。
子供の記憶力の乏しさを気にするまでもなく、エミルは一つ一つ丁寧に魔法使いの疑問に答える。
「それはまあ、事実と根拠を一つずつ繋げていって、芋づる式に繋がった事実に基づく仮説であって。そのまんまに、事件と組織の関連性が放置できない程に怪しいものになったんだよ」
「関連性」
一見して関連性は一切存在していないと思われる、魔術師たちのゆるぎない意見に対してキンシが首をかしげいる。
「ハルモニア団体はとある計画の達成を最大かつ最良の目的として結成された、あー……っと、つまりは非正規の個人精鋭体みたいなもの。っていうと、ちょっと聞こえが良すぎるが……」
「計画、計画って、その人たちは何をしようとしているんですか?」
どう表現すべきなのか、子供の前で言葉を濁らせているエミルに向けて、キンシは構わず質問を重ねていく。
「こんな派手派手に、面倒くさそうで……人にも迷惑をかけまくっていることをしてまで、彼らは一体何をしようとしているんです」
質問の中に感情が見え隠れ、そもそも隠しきるつもりなどもまるでなく、そこには明確なる怒りと苛立ちと嫌悪感が濃厚かつ濃密に。
「そりゃあもう、集団が目指すところの目的なんて、大体が決まっているでしょう?」
そんな若い魔法使いの静かなる激昂を頬に感じつつ、エリーゼは既に決まりきったことを説明するかのように、少しだけ億劫そうに微笑んでいる。
「世界平和、世界改革、革命革命、練習もせずにいきなり本番。何の捻りもなく、世界を変えようとしているんですよ、あの人たちは」
「それって、どういう………?」
ほとんど雑音をたてるまでもなく撮影機材はいそいそと片付けられ、その場所には何もなくなる。
「質問か、他人に何かを聞くっていうのはどうしてこうも、まるで汚れた手で現実に触れるかのような汚らわしさを想起させるのだろうね」
少年の問いかけに答えようともせずに、少年ではない方のルーフは個人的な嫌悪を感想として口にしている。
「聞けば何もかも知ることができるだなんて、それこそ傲慢さの象徴だと思わないかい。ねえ、君よ」
こっちが効いたはずなのに、どうして俺は逆に質問し返されているのだろうか。
少年が戸惑っていることなど露知らず、知っていたとしてもそれがなんだというのか、背の高いルーフは微笑んだままに、結局は子供の質問に答えを与えようとする。
「かつての時代に存在した偉大なる錬金術師の話は、君ももう知っているはず。歴史に消滅を余儀なくされ、長い時の中で存在を深い眠りの中に沈めていた言葉の数々」
ようやくまともな反応を見せ始めたと思ったら、やはりその内容はどうにも正体が見えず、どこか遠くの方であやふやに浮かんでいるようにしか見えない。
「さっきも人々に教えたとおり、我々は計画のもととなる叢書を独自に発掘、発見した。それはとても苦労を要するものだった」
つまり昔の遺物的なものをこの男性が、男性が率いているように見える集団みたいなものが、どこかから発見したということか。
そうだとしたらどうやって、結構こいつらって金持ちなのかもしれない? 少年はそんな事を考える。
「計画の完了、それは世界の変化を意味する。人間はついにその肉体から争いを欠落させ、差別も、暴力も破壊も殺戮も、全ては昨日に………無意味に返されることになるだろう」
「それは、なにもなくなるってことか?」
何か重要そうなことを言っているようで、その実は何も考えていないようで、本当はもっと別の目的のためだけに話しているような。
そんな行方のつかめなさに、少年はルーフに対する猜疑心を深めるばかり。
「君のお爺さんも、計画の達成の上でとても優秀で貴重な人材だった………」
「爺さんが………?」
もう二度と思い出したくない、そのはずで、そういった決意のもとに故郷から逃げ出してきたはずなのに。どうしてこの町にいると、何度も何度も彼の姿を思い出す羽目になるのだろうか。
「あの人が、………なんでまたそんな」
しかし少年はすぐにその思いを自身で否定する。
こんな簡単な問題で、そもそも他人を責められようか。結局彼のことを思い出しているのは自分でしかなく、だからこれはそれ以上の問題に発展するはずもない。
「さあ、おしゃべりをしている暇は無い。行動を起こさなくては」
頭に少しだけ白色が見え隠れしているルーフは、さして大声を出したわけでもなく、それはいたって普通の声量でしかないような声を発する。
しかしそうであるはずなのに、その声が空気を震わせた瞬間に群衆を取り巻く空気が一気に変化した。
そんなルーフの声をすぐ近くで聞いてる少年は、少年の体のルーフは未だにどうにかして、なにか奇跡的な事件を期待して。
いますぐにでも彼女の元に帰りたいと、ルーフはずっとそれだけを願っている。
一方その頃、そんな明確な区分をするまでもなく、魔術師と魔法使い共は戸惑いの継続線を上塗りし続けたままに、延々と延長をしている。
「それにしたって、展開があまりにも急すぎるな」
怪訝そうな顔つきでエミルが呟いている。
「確かにこの団体は今のところ……というより、現時点というべきだったか。とにかく、複数の容疑者のなかでは特に有力性の高いものではあって。あー……っと、つまりは、他と変わりのない一群のうちのひとつで」
先輩魔術師が形容に迷っている横で、エリーゼが意識することのない助太刀を行う。
「他はみんな、それとなーく平和で人道的な活動を行っていたはずなのに。そこに来ていきなり! 第一の容疑者が決定的な行動を起こし始めたんだから。さすがのアタシ達でもびっくり仰天ってワケ」
態度とこ言葉づかいこそ冷静に、平坦さを保ってはいるものの、どうやらこの男女の魔術師たちは相当驚愕をそのうちに荒れ狂わせているらしい。
「あからさまに児童誘拐、及び放送倫理に不適切な不快動画を垂れ流し。だもんな」
連中のまたとない瞬間をしっかり視界の端で味わいつつも、しかしオーギの方もまた現時点で行われている凶事にひりつくような危機感を抱いている。
「メイさん……しっかりしてください」
だがそれらの予測もすべて、メイにとってはどうでもいいことだった。
どうでもよいのだ、彼女はキンシの窺うような手を振り払い、せめて悲鳴だけでも上げないように身を固くするのに精いっぱいだった。
なにが起きている、なにが起きている? これは一体、ハルモニア……怪しい団体……。
聞いたことがある、私はそういった事象のことについて、それが兄とどんな関係性があるのかどうか。
私は知っている、メイの中で確信に近い思い付きがひらめいた。
「メイさん? どうしたんですか」
キンシが心配そうに、というよりはむしろ不安を込めた視線を送ってきている。
縦長の動向が横に開かれている、光の加減で露わになった鮮やかな虹彩の色を視界にとらえつつも、メイの思考はここではない遠くの方へと実態を捧げている。
「どうしたもんですかね、ねえ? センパイ」
ここまで来てなお、エリーゼは軟派な笑みを浮かべている。
そろそろその表情が本当の感情に則してつくられている訳ではなく、もしかしたら単なる強がりによって描かれる虚構でしかないと、周囲の人間に気付かれそうになっている頃合い。
「どうしたもこうしたも、なんもあらへんよな」
エミルは低い声で呟く、その言葉にはもうすっかり聞き慣れてしまった音程、イントネーションが隠匿の必要性もないくらいに存在を主張していた。
零になりたい




