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青味がかった色の髪の男性は笑っている。
異様なまでに設備の整っているカメラ設備、丸みを帯びているレンズに向けて、その向こう側にいるその他大勢の人々に向かって。
笑っていた、言葉を話して、何かしらを説得しようとしている。
しかしルーフには男性の、濃い青色の彼が言っていることがまるで理解できず、ただぼんやりと椅子の上に体を。
モアによる絶妙なる技によって、ほど良くカメラに映らない程度の束縛によって、どのみち動きたくても動けるものではなかったのだが。
それでもなにかしらの反抗意識を体で表現しようだとか、そのぐらいの思い付き程度ならばルーフにだって出来たはずなのに。
何故か、理由もない圧迫感が彼の喉元を支配していて、簡単な行動すらも起こせないでいる。
「ああ人々よ、名前もなく、何者にもなれない彼らよ」
もう一度運び込まれてきた、今度はしっかりと意識を保ったままに、どこかの建物の中を移動して辿り着いたのは広く、天井が高く、それ以外になにもない一部屋。
そこで待っていた男性はとても嬉しそうに、何かとても大切な人に久しぶりに会ったかのような笑顔を浮かべて、ルーフのことを待っていた。
「救済の時はもうすぐそこに近付いてきている」
ルーフは男性を横目で見上げる、自分と同じ名前をもっているらしい大人を見て、存在を確認すればするほどに、体の奥に気持ちの悪い緊張が着実に満たされていくのがわかる。
「我々はついに神々の統べる、王冠も玉座も存在しない王国へと、その歩みを進めるのだ」
別に何か嫌なことをされたわけではない、なにもされていない、彼と自分はあからさまに他人でしかない。
なのにどうして。思えばその存在をこの両目で確認した瞬間に、すでに感情は決められていたような気さえしている。
「今、私の隣にいるこの素晴らしき若者は、世界の境界線を開放する鍵である。………いや、炎というべきかな?」
男性が藍色の目をチラリとルーフの方に、自身と同じ名前を持つ少年の方に向ける。
夜明け前か、それとも日の暮れの空によく似た虹彩。円形を内部に秘める眼球は少年のルーフと同様に左右両方、健康そうに眼窩にはまっている。
瞬間にも視線を交わしてしまったルーフは、爆発的に増殖する悪寒のおもむくままに慌てて視線を逸らす。
男性はそんな少年の反応を一時も見逃すことの内容、じっくりとアーモンド形に切り開かれた瞼の隙間に取り込み。
「人々よ、どうか我々を見てくれ」
もう一度カメラの方へ、ここにはいない誰かのために笑顔をつくる。
「救いは求めるものにしか与えられない、どうか求めてくれ、そうでなければ誰も救われない」
一体自分はこれから、何をされて、させられるのか。何のためにここに来させられたのか。
ルーフは全て知っているようで、もう一人のルーフにはそれが全くわからない。
「風のウワサ、あるいはちまたにはびこる女子高生の口伝。その程度の信憑性程度のお話だけど」
そんなのはほとんど、あるべき中身などまるで一切存在していやしない、限りなく嘘に近しいものなのではないか。
キンシはそう疑いたくなったが、しかしその辺のことをいちいち追求する暇もなさそうで。
隙間を一つとして許容しないように、エリーゼはスマホ片手に自陣の情報をすらすらと口述していく。
「知らないかしら? こんなウワサ。ここ最近この鉄国のあちこちで……、……といってもやっぱり拠点自体は塔京にあるんだけど。やっぱりもちろんこの灰笛でも影響は及んでいる、怪しい集団の活動のこと」
「知りませんね、全然知りません。知っていたとしても、はたして興味をもてるかどうかも怪しいですね」
キンシが思ったままの回答をしている、それに対してエリーゼが少しの間報告の手を止めて。
「キンシ……だっけ? ダメよお、魔法使いなら知らないことでもどんどん突っ込んでいかないと」
人生の先輩らしきアドバイスを少し、相手の反応を待つでもなく説明を続行する。
「まあ、あれだよね、この世界にはよくある話。あなたも経験ない? うららかな日曜日の朝、住んでいる集合住宅にとある一報、扉を開ければそこには──」
「あーあるある、すっごい経験があるよワタシ」
エリーゼの口頭に対してヒエオラが真正直に、真面目じみた反応でうなずきを数回繰り返す。
「この前もハルモニアっていう、そんな名前だったかな? そんな感じの団体からいっぱいチラシを頂いちゃって。ホント、まいっちゃうよ」
日常の中のほんの些細なハプニング、特に明記するまでもなく、時計の針が十二時を迎えれば忘却の彼方に消滅してしまいそうな事柄。
「おお、まさしく、なんという偶然かしらね」
しかしエリーゼは彼の言葉を聞き流すこともせずに、一字一句丁寧に確認するように単語を反芻する。
「アタシ達の調査対象のうちのひとつに、おそらくはその団体と同様の確率が高い集団があって。今日もその組織の支社と思わしき建物を捜索する予定だったのよ」
本来あるべきだった予定をここで告白し、そうすることでこの女性魔術師は今まさに繋がらんとしている点と線について、どう予備動作を行うべきか頭を働かせている。
その横で、彼女の着色された巻き髪に眼鏡の片レンズを埋もれさせながら、キンシが聞き知らぬ何かしらの集合体の名称について思考を巡らせていた。
「ハルモニア……なんとも美しい響きの言葉ですが」
「調和、あるいは同調を意味するところの、鉄の国の外海に存在する異国の言葉」
質問としての意味があった訳ではない、それでもキンシの言葉にトゥーイが律儀な解説を加えようとしてくる。
「名前はまあ、いくらでも誤魔化しが出来るけどな」
エミルが顎をさすりながら困ったような表情を浮かべる。骨組のしっかりした指先が生えかけの髭と擦れ合い、微かな摩擦音を奏でていた。
「これが実際は中々に厄介なもので、ホント、参ったものだよ」
年齢による体力の有無以上の問題、予期していなかった地点により来訪せんとしている事実の収束に、エミルは身構えるまえの予備動作を整えている。
「これはあくまでこちら側、城側の極秘情報ということになっているので、あまり口外してほしくないんだが……」
まず最初に前置きを、一呼吸休んだ後にエミルはこれ以上の隠匿は不必要とでも言わんばかりに、自陣側の事情を話し始める。
「ここ数カ月、さかのぼったとしても半年以上を基準として、期間の内に魔術師の行方不明が何件も連続して起こっている」
「アタシとセンパイはその、何かしらの事件性を匂わせることについて調査するために、灰笛のあちこちを駆けずりまわっていたわけ」
言葉に濁りのある先輩魔術師の代わりに、エリーゼが端的な結論を結ぶ。
相手の行動を少しでも理解できたオーギは、口の中にまだ餡の甘みを残したままで事実の追及をする。
「調査の対象をこの町……、灰笛を基準にする根拠は?」
「リークだよ」
若い魔法使いの質問にエミルが躊躇いもなさそうに、滑らから口ぶりで回答を相手に呈する。
「前にも少しだけ話したかもしれないが……、こちらにはちょっとした情報のツテと呼ぶべき協力者がいてな。今回の調査に俺とこいつが選ばれたのも、まあ、そういった繋がりに頼られてってのが一つの要因でもあってあってな」
エミルはそこで視線をここではないどこか、自身と同様の目的に従って行動している誰かしらに思考をはせる。
「情報のツテ、ねえ」
エリーゼが何か面白くてたまらないと言った感じに、堪えきれず笑みをこぼしていた。
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