攪拌される情報の形
ネット上
もう少し単純に物事を考えられたら、なんて、そんな単純で事を進めてもいいものか。
「たしかにな、こちらの信用度があまりにも低すぎるのは、否めない問題点ではあるよな」
丸めた餅に胡麻をまぶして、油で軽くあげた菓子。
オーギはまだまだ熱の残っているデザートを箸でつまみ、熱に怯えるかのようにそっと、しかしこらえきれずに前歯で半分に噛み千切る。
「いい感じに栄養源も確保できたし、滑らかになった脳味噌をさらけ出してみてくださいよ」
破かれた表面はパリパリと粒を落として、内部に秘められていた黒い餡が留めていた熱を開放させられて、戸惑うかのように湯気を立てている。
「そんな単純にはいかへんのって……」
笑う若者に困惑を抱かずにはいられない、エミルはそこでようやく机の上に在る、四人が座っても十分にスペースが有り余るそれの、端の端におかれた箸置きに手を伸ばした。
「そうだな、でもいつまでもだんまりを決め込めても、それはそれで大人げないよな」
家庭科の教科書か、それとも子供向け教材の写真資料か、その辺に掲載されていそうなほどに模範的な箸の持ち方で、エミルはようやく全体的に赤と茶色で炒めあげた商品に手を付ける。
「そうだな、こちらが、というよりはオレが思うに、あまりにも話がうますぎるってところなんだよな」
少しの迷いの後に摘み上げた料理を口に、無意識が予想外の驚きとして瞳孔を広げている。
「つまりは、俺達にとっての利点が多すぎるし、それはそちら側の支払うものがあまりにも大きすぎている。って、その辺が気になって仕方がないね」
なんだ、そんなこと。
「その答えは簡単よ」
難しい顔を浮かべて何をそんなに、メイは魔術師たちに対して急速なる虚脱感を抱き始める。
「なりふりかまってられないの、私はお兄さまにもういちど会いたいだけ。彼の無事を確認する、それをはたすためならば、なんだってするつもりなのよ」
気が付くと眼球に染みるような痛みが、まばたきをするのを忘れていたらしい。
生理的な涙を拭う余裕もなく、メイはもうためらっていられないと焦燥感に苛まれている。
「ん、んんん?」
赤い瞳と青い瞳がお互いに一方的な猜疑心をぶつけ合っている。
その横で不意に、場面におよそそぐわない間延びした声がのびてくる。
「あれ、何見ているんですか?」
見るとエリーゼがスマホの画面に注目していて、それに興味を持ったキンシが机ごしに身を乗り出している。
「なに取引中にスマホ見てんだ……ったく」
何の駆け引きも取引も関係なしに、まるで他人事のようにスマホを凝視している若い女性魔術師。
エミルが盛大なる溜め息と共に、彼女へ然るべき叱責を送ろうとした所で。
「……?」
言葉はあるべき姿を獲得することもなく、彼の視線は彼女と同様のところにピッチリと定められている。
「何を、彼らは一体何を見ているんでしょうか?」
状況についていくことができずに、妙なまでに説明口調になっているキンシにエリーゼが平坦な表情で答える。
「調査の一環でね、とあるアカウントを独自に探っていたんだけど……。なんか、そこがいきなり動画更新して……」
「ネットに動画投稿するって、最近の犯罪者はずいぶんとハイテクなんだな」
オーギが予想外の展開に対処を迷っている他所で、エリーゼはスマホの電子画面を出来るだけ拡大しようとしている。
「いやー、いつもは壮大なBGMに中身の無いスローガンを並べ立てるだけの、三文芝居じみた宣伝文しか流していないから。だから、これは一体……?」
何だというのだ、この場において行動を起こしている本人にもかかわらず、魔術師たちは起きている現実に情報が追い付いていないように見える。
「?」
キンシとオーギが不思議そうに顔を合わせる。
「閲覧することを望みます」
そこから少し離れた所で、スペースに入りきらずに他のところから椅子を一つ持ち寄って、そこに体を落ち着かせていたトゥーイが指を、スマホの方に真っ直ぐ指し示す。
「そうですね、ちょっと失礼して」
オーギが普通に椅子から立ち上がろうとしているのにもかかわらず、キンシは横着にも机の下に身を這わせて、エリーゼと体を密着させる形でスマホを覗き見ようとする。
「うわわ……」
妙な所で活動的な魔法使いに手を引かれて、メイもまた机の下を通り過ぎて、女性魔術師と殆ど同様の視線によって画面の中を見れるようになる。
「すみません、すみ、ま……」
本来二人の人間のためだけにしか許されていないスペースに、結局は五人以上の人間が身を寄せ合う形となる。
エリーゼの上半身に頬をみっちりと密着させつつ、メイは画面の中に視線を向けて。
「あ……」
見て、それを見て。
「はあ、」
彼女たちが注目を捧げている、その隙にも動画のシークバーは確実に時を、終了に向けて針を一直線に進ませている。
「なんというか、こういうのっていかにも……やれやれって感じだな」
徹底的に適切な距離感を保ちつつ、エミルはエリーゼと共に調査対象の動向をしっかりと確認している。
「こういうのって、この国だとなんて言うんでしたっけ? カモネギ? カモネギーホール?」
「鴨がネギで何とか、訳して鴨葱ってか」
エミルは呆れたかのように、実際に現実の余りにも今日を要する展開に依然として思考を切り替えられないでいるように見える。
「そうそう、それですよセンパイ」
彼とは対照的にエリーゼはやはり楽しげに、これから起こるであろう出来事に期待を膨らませている。
「なにが、これは一体何が起こっているんです?」
魔術師たちがそれぞれに異なれども、方向性としては一様にそろっている思考を張り巡らせているさなか。
キンシはエリーゼからスマホを奪い取らんが勢いで画面の向こう側に、この世界のどこかで起きている事象に釘付けとなっている。
「ああ、あ」
それはメイも同様のことであって。
「よくわかんねーな? 俺には怪しい勧誘動画にしか見えねーけど?」
動画の内容はこんな感じだった。
それはとある有名動画サイトに投稿されたものの内の一つ、何かしらの興味と好奇心に基づいた検索をかけなければ、その他大勢の情報に飲み込まれて見えて無くなりそうな。
つまりはただの動画で、画面の外の人物には何の関係もなさそうな、どこにでもありそうな感じの。
だけど何か、少しだけ気持ち悪いと思ったのは誰だったか。もしかしたらこの時ばかりは、彼らの心持に一つ共有した方向性が生まれていたかもしれない。
動画の赤ではたくさんの人が直立不動で、なにをするでもなくカメラを、その向こうに広がる人々に視線を送っている。
そして、ちょうど彼らの中心に、視聴者的には画面のど真ん中に位置する所に二人の人間が。
片方は大人の男性で、まるでどこかの舞踏会にでも繰り出さんばかりに清潔感あふれた格好に身を包んでいて、粗い画素数のなかでも圧倒的に穏やかな笑みを口元に浮かべている。
彼は何かを話していた、この世界になにも無駄なことなどないと宣言する指導者のように、藍色の瞳はまさしくサファイアのごとき輝きを放っている。
初老かその手前か、外見年齢的にはそのくらい。彼が力強く画面の向こうの人々に語りかえる、言葉を発するほどに彼自身の肉体に含まれる活力が、世界そのものに影響を及ぼしそうな。
光が濃ければ濃いほどに、彼の隣にいる少年の暗澹たる陰りが強調されている気さえしてくる。
「お兄さま」
幼女は、自らを魔女と認識して、ようやくそれを認めようしている。
メイは悲鳴をあげそうになって。
「あの愚か者は」
キンシは画面の向こう側にいる彼に思いを馳せる、仮面の下の顔はこんなのだったのかと、こんな時に場違いな驚きを抱く自分に嫌悪感を。
彼女たちの背後にて、青年は右側にしか残されていない眼球で動画の最後を見届ける。
決められた時間の終わり、少年の姿は暗黒に包まれ、画面のなかでは次の動画の自動再生がおこなわれようとしていた。
インターネット食事




