ご意見アンケート
新時代
そもそもどうして食事なんて出したのか、確かに夕飯もろくに食べていない自分、成長期のこの身としては栄養源の補給は急を要するものではある。
「だけど、こんな時にまさか料理を食べると、誰が思いますか」
もう一皿分用意された野菜炒めを一しきり、心ゆくまで咀嚼したあと。
キンシは次の一箸を伸ばすべきか、それともここは慎ましく食事を終了させるべきか、頭の中でぐるぐると悩ましい葛藤に苛まれている。
「ここは料理店だからね、食事以外の用事はお断りだよ」
もっともらしい、だけどあからさまに状況にはそくしていない正論を振りかざしている。
「とは言っても、これからもご贔屓にしてくれるというのならば、今回の品々は手前のおごりという訳で。さあ、引き続きごゆっくりとお楽しみくださいな」
事実的、法律上の場の支配権はこちらにあり。と、ヒエオラはいい加減傍観者でいるのにも飽き飽きしてきた頃合い、まだ料理油のにおいが残る体を椅子の上に落ち着かせる。
「お楽しみって言われても……、料理は美味しいだけですし……」
食欲のおもむくままに端を動かし続けるキンシとエリーゼ、どうやら食事をまともに摂らなかったのは自分だけではなかったと、虚しい同調の温かさが腹の内に蓄えられていく。
「まあ、ちょうどやかましい口が大人しくなったところで」
後輩共の食欲に呆れを覚える暇もなく、オーギとエミルは並べられた料理に手を付けようともせずに、じっと窺うような姿勢を崩さないでいる。
「どうです? こちらの条件はおおむねご理解できたということで」
予想外のところから、まさか皿の数枚で状況がここまで変化するものだとは。オーギが未知なる状況に対して面白みを抱いている他所で、エミルの方は相対するかのように表情を硬くしている。
「うーん、どうもこうも、なんともな……」
机の上、飲食店の内部に誂えられた備品の上、本来の役割を果たしている物品の領域において。
本来の姿も判別できないほどに切り刻まれ、砕かれ熱せられた食材の山は依然としてその熱を失っておらず。
熱によって放たれる湯気を介して、エミルは向かい側に笑う魔法使いたちのほうをチラリと見て。
「そちらの言うことを全部信じたうえで、俺達は君たちの条件を飲まなくてはならない、と」
あくまでもささやかに、瞬きのついでのつもりとして。視線はいま一度メイの方へ、椅子の上で微動だにしていない幼女の体に固定される。
「しんじていない。……いえ、しんじられない、といった感じですわね」
せっかく出された料理にひとくちも口をつけないのはいかがなものか。
いや、そもそも店の店主はどうして、わざわざ自分たちのような者共に大事な商品を提供しようとしたのか。
調理音自体はずっと耳の片隅に確認できていたものの、まさかそれがこの場でだされるためだけに制作していたとは。
メイとしてはそっちの方も気になってしまい、何というか、追求すべき事柄が余りにも沢山ありすぎている。
「ハッキリ言っちゃえば、うん、そう言うことになるわよねえ」
相手が相手、あからさまに非力で無垢なる存在にしか見えない。
幼女相手にどういった言い回しをするべきか、エミルが頭を悩ませているその隙に、エリーゼが事の真相を突き詰めた言い様をしてくる。
「灰笛? はいぶえだかはいてきだか、なんて読むのか未だによく分からないんだけど」
エミルが横で「はいふえ」と訂正してくるのにも構わず、エリーゼは口元を手で覆い隠しながら、あえて柔和な態度でメイに話しかける。
「この町に限って人を見た目だけで判断するべきじゃないって、アタシ自身その考えに救われたことはたっくさん、数えきれないほどあるけれど」
「けれど?」
聞くまでもない、彼女の言いたいことは大体にして察せられる。
だけどメイは会話の展開として、ルールに基づいた合いの手をせずには入れられない。もしかしたら、メイは自分でも意外に思うほどこのやり取りを楽しんでいる自分自身を、少し離れた無意識で観察している。
「アタシいま」
ごくり、エリーゼは味の余韻を味わうついでに、真っ直ぐ向けられてくる幼女のただならぬ視線をしっかりと自覚する。
「かつてお世話になった人たちがどれだけ、アタシに優しくしてくれたこと、それがどんなに難しいことを要求していただとか。そのことをひしひしと実感しているわ」
遠い視線で、いつかの過去を少しだけ回想している。
後輩魔術師の彼女の隣で、エミルもようやく一つの結論を結べるようになっていた。
「そういうこった、情報の提供はありがたい。だが、君たちの話を信じるためにはあまりにも……」
瞬間に絶望感がメイの体の内を競り上がり、ついには叫びたくなるような衝動が喉元まで出かかったところ。
「ごちそう様でした」
盛大なる柏手のごとき破裂音が一つ。
「はあ、おいしかった」
見ると何時の間にそこまで食事を行っていたのか、キンシの周りにある数枚の皿は内部をすべて消失させられて、汁の一滴ですら残さないといったふうにすっきりさっぱりしていた。
「食うの早っ」エミルが驚愕している隙に、こなれた手つきでヒエオラが椅子から立ち上がり。
「はいはいはい、お粗末様でした」
皿を片づけようとする、少しの間の空白。
「ねえ」
ヒエオラは最初だけ、その声が自分に向けられたものだとは思えるはずもなく。
「木々子の素敵なお兄さん、貴方の意見も聞かせてもらえないかしら?」
「は、へ? へえ、」
空になって軽くなった、というよりは皿という道具として果たすべき使命を無事に終えて、もともとの重さを取り戻した、といった方が事実に近しいか。
とにかく、女性魔術師に唐突に話しかけられたヒエオラは、はたして問いかけが何を意味しているかどうかも解らないままに、白い陶器を携えたままその場に立ちすくんでいる。
「ヒエオラさん、質問されているんですよ」
キンシが何故か少しだけ浮足立った様子で、あまり意味を成していない程度のささやき声で店長の手助けをする。
「えええ……? 手前の意見なんざ聞いてどないするんですか……」
黙って聞いている分には気楽に悠々とした態度でいられたが、しかし実際に場面の中に引き摺り込まれた場合は全くの別物。
「いいからいいから、気軽にお話してくださいな」
エリーゼは一体何のつもりなのか、キンシと負けず劣らずの勢いで消滅をきたしている皿の上、辛うじて残されている料理の欠片を口に含みながら笑い続けている。
「うーん……」
ヒエオラは考えるまでもなく、求められた答えをそのままに。
「助けてほしいって言われているのなら、いくらでも助けてあげればいいのにって、ヒエオラさんは思ったり思わなかったり」
彼は大して考えるまでもなく、迷いもなさそうにつらつらと、いたって自然そのままに自分の意見を言葉にしている。
「魔法使いなんだから、自分以外の誰かのために何かをしないと、意味ないじゃない」
そういいかけて、
「あ、アナタがたは魔法使いじゃなくて魔術師だったね、イヒヒヒ」
彼は少し恥ずかしそうに頬をこすっている。
「なるほどね」
あくまでももののの参考にするまでもない、本人としては店のアンケートに意見を軽く掻き立てる、その程度の覚悟の上でしかなかったのだが。
「だ、そうですよ、センパイ」
しかしヒエオラの思考から遠く離れて、魔術師連中は今までにないくらいに真面目くさった、辛気臭いとも取れる表情でしばし思考に身を沈めていた。
おめでとうございます




