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椿色の挑戦状

カメリア

 青い液体を吸い上げた紙切れは、時間の経過につれてその色をどんどんと濃くして言って。


 やがてはただの青色の塊に、となる前に。


 パタパタ、パタパタ、薄い二枚は丸みのある三角形、青色はあるはずの無い鱗粉を表面に描く。


「わあ、てふてふだあ」


「そうね、青い蝶々が飛んだわね」


 メイとキンシがそのままの感想を、何の脚色も含まれていない、視覚することができた情報をそのままに言葉にしている。


「よしよし、オレにしては上手くできた」


 彼女たちが突如出現した青色の、昆虫によく似た物体に興味津々になっているなか。

 エミルはコップの中からさっそく脱出しようとしている一匹の羽を摘まみ取り、せっかく制作した薄い二枚をうっかり破壊しないよう、丁寧な手つきで机の上に押さえつける。


「そいじゃあ、あとはここに各々明記すべきことを……」


 しっかりと整えられたスーツの胸ポケットから一本のボールペンを、黒いインクに染められた球体を魔法使いたちのほうに差し向ける。


「あ、えっと、その……」


 身を乗り出していたキンシは少し気まずそうに、空振りに終わった興奮をどこに向けるべきか視線を迷わせている。


 まず最初にオーギの方へ確認をとろうとして、彼が無言で同意を許可する素振りを見せ、確認の後に少しの情報のやり取りを。


「これでよし、送信っと」


 生き物ではないそれにいくつかの情報を、それは主に魔術師側の現状について、魔法使いたちの事情は極力はぶかれることになった。


 それは主に。


「やっぱり先輩、僕たちのことについていきなり全部教える訳には……」


「いくわけあるめーよ」


 そんな感じのやり取り、駆け引きにも満たない思惑を少し。


「大丈夫よお、アナタたちのことはいい感じに誤魔化しておくからあ」


 エミルの指から解放され、今度こそ世界に羽ばたきをもたらしている。青い蝶々を上に眺めつつ、エリーゼがいかにもな笑顔を唇に浮かべている。


「これで、とりあえずオレ達のやるべき、やらないといけない事柄は終わったことで」


「いいんですかねー、ほんとにねー」


 エミルはどこかぎこちなく、エリーゼの方はいかにも楽しそうに。


「さて、これで今外部に伝えるべきことは終了して。後はもう、オレと君たちで勝手に進めてみようか」


 つまりは内密の事柄を、誰にも許されることもない、あとに残るのは自分に対する責任感だけ。


「正直言ってさあ、多分アナタたちも薄々気づいているだろうけど。いまだに信じられないのよねー」


 危惧するまでもなく、メイはエリーゼの言い分に深々と、真面目くさった同情をしてしまう自分自身に嫌になりそうになる。


「メイちゃん? アナタが事件の関係者だとかどうか、その辺も取っ手も怪しい所だけど、……うん」


 エリーゼは机ごしにメイを眺めまわす。その視線が意味しているところは、つまり隣にいる男性魔術師にも共通していることであり。


「……メイさん、ほら、作戦その二、ですよ」


 大人の疑い深き視線にさらされて、力なく身をすくませているメイにキンシがみみうちをする。


「さくせん……? あ、そうだったわね」


 現実と情報がうまくかみ合わずメイは一瞬混乱しかけるが、戸惑っている場合ではないとすぐに冷静さを取り戻そうと、まずは息を深く吸い込む。


「えっと、そうね……まずはこれを見てもらおうかしら」


 メイは急いで服の中から、取引の際に少しでも見栄えを良くするために必要最低限に清めたワンピース、柔らかい布の隙間に仕舞い込んでいた品をおもむろに取りだし。


「これが私の、私が私として生きている、目に見える証明のひとつよ」


 机の上に道具を置くという展開はもうすでに、魔法使いたちが予想した以外の行動で先手を取られてはいる。


 が、そうであっても行動の意味は大きく異なって。


「おお、おおお?」


 今しがた余裕ぶった態度を形成していたばかりのエリーゼが、今度は彼女自身が大きくリアクションを。机から身を反らす格好で、しかし彼女の視線はしっかりと一つの金色の判子にピッチリと定められている。


「これはこれは、いやはや……てっきりただのおふざけだと思っていたけど。ことが面白くなってきたわよ、ねえセンパイ?」


 エリーゼは格好に見合わぬほどに純粋な輝きを瞳に宿しつつ、隣の先輩魔術師に軽やかな同意をもとめようとする。


「魔女の契約印か、またとんでもないものを……」


 エミルは椅子の上で腕を組む、そしてこの信じ難い状況に何かふさわしい感想を述べようと。


 したところで、それは結果として別の勢力に邪魔されることになる。


「ひ、ひいいっ?」


 突然に、きちんとした脈絡に基づいて、魔法使いと魔術師の頭上にてとある男性の叫び声が炸裂する。


「マジョッ、魔女の契約印? ウソ、本物? モノホン? ほんとにほんとにほんとにほんとに」


「うるさいですよヒエオラさん」


 ついに耐え切れなくなったと、傍観者の立場が辛くなってきた男性にキンシが呆れの溜め息をつく。


「いま大事な大事なお話をしているんですから、静かにしてもらえませんか」


 魔法使いを含めて、ひと時彼らの集中を浴びる、ヒエオラと言う名の一般男性は体から生えている薄い色の花を不安げに揺らしている。


「これが落ち着かないでいられっかよお、っていうか……」


 ヒエオラは、とりあえずずっと膨張していた会話の内容全てを理解したわけではないにしても、それでも雰囲気の異常性は仕事柄の察しの良さで敏感に感じ取っていた。


「いやあ、すんませんね」


 エミルは机の上で、本来ならば食事を行うべき場所で、あくまでも取引の体勢を崩そうとしない。


「場所の提供、ありがとうございます。感謝していますよ」


 男性の魔術師はぐるりと辺りの景色を、営業時間外によって客はひとりもいない、あるとしたら明日の準備のために無言の構えをしている調理器具の数々だけ。


「言葉だけで感謝されてもなあ……」


 ここは飲食店「綿々」、店主の男性ヒエオラは感謝の言葉にこそ反応を示したものの、すぐに実用的な問題に頭を悩ませる。


「感謝よりも金をくれ、……って手前は資本主義の象徴みたいな台詞を言ってみたり」


 ヒエオラは植物の特徴を、木々(ききね)の象徴たる身体的特徴を指で少し擦り。


「あ、そう言えばその後の調子はどうかな? 花の香りはいかが」


 飲食店の店主は会話の途切れに乗じて、自身の気になっていたことをここぞと言わんばかりに口に並べようとする。


「あ、うん、だいじょうぶよ」


 いきなり話しかけられた、メイは一応は同族ということになる男性にそれとなく、そこはかとない笑顔だけを送っておく。


「そう言えば、なんて思う必要もないくらいに。キミ、体が傷だらけじゃないか! そこが気になって気になって、僕は正直その判子がどうこう以上に不安で仕方がなかったよ」


 気軽に頭を撫でてこようとしてくる、メイはその手を振り払い、いそいで話を本筋に戻そうとする。


「えっと、このまま長く話していたらお店にもめいわくがかかりそうなので……」


「さっそく話を進めようと? まあまあ、そんなに急がないでお嬢ちゃん」


 予想外の出来事、と言っても場所の指定は魔法使い側の要求ではあるが。


 幼女の動揺をいかにも楽しげに、とまで余裕を奏でることもできず、エリーゼの方もまた同様を唇の端にうっすらと滲ませている。


「夜はまだまだ始まったばかりで、そう事を急く必要はないと思うわよ」


 彼女の余裕、それは経験の差によるものか、あるいは立場の優劣に関係しているのかもしれない。


 とにかく、場面の支配を奪うのは簡単な事ではないと。


「だけど、夜も花のいのちも意外とみじかいから、うかうかしているとあっという間に朝がきちゃう」


 メイは鬱屈した気持ちをしっかりと確信しながら、ほのかに浮き立つような心持ちを感じてもいた。


椿油

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