Mr.ワンダーランドが笑っていた
世界創造
会話の流れを持ちかけるのはエリーゼの役割として、しかしこの場の最大の決定権は彼女ではなく、その隣に腰を落ち着かせている男性にこそ任せられている。
「うん、まあ、まあまあの内容と内情はきちんと伝わったよ」
何を考えているのだろう、推察はしょせん創造の城壁の外へとは及ばず、圧倒的に子供であり、まだ子供以外の何ものにもなれない彼女たちはじっと相手の、大人の意見を恐る恐るながらも期待し続けている。
「そうであって、そのうえでいま一度確認したいことがあるんだが」
エミルと言う名の金髪の男性は一瞬、ほんの一時、意識していなければわからない程に短い視線をとある人物へと。
「ええ、ええ、どうぞどうぞ。何でもご確認ください」
相手の反応に米粒一つ分の違和感を抱きつつ、しかしキンシはとりあえず目の前の反応に対して大仰に、若干おおげさともれるほどの反応を示そうとする。
「確認、そう……こちらとしてはとにかく、とにもかくにも確認しなくてはならないんだよ」
それまでじっと、まるで冬眠中の動物のような静謐さを放っていた手が上昇し、決して軽くはないであろう肉と骨の重さが、ピカピカと清潔に磨かれた机の上に存在感を放ち始める。
「メイ……といったかな?」
それまで何処にも定められていなかった、それでいてあくまでもしっかりと周囲を取り巻く環境について危機管理能力を張り巡らせている。
そんな青い瞳が唐突に、その注目を自身の体に固定される。
生理的な緊張感がピリピリと冷たい痺れを皮膚の上に這わせている。
「はい、そうです」
一体何を言ったものか、言うべきことも分からないままに、メイはとにかく必要以上の虚偽が必要とされる状況を回避するために、桃色の唇をじっと横に閉じる。
「ふむ、あー……っと? 君が魔女、ねえ」
晴天の空の色と、椿の花弁のような色、二つの眼球が言葉少なげに交わされる。
実際言葉自体はほとんど存在していないに等しい、限りなく無言に近い。
そうであっても気付かされることは十分にある、メイは彼が自分のことを深く疑っていることに気付いていた。
「君が、君が言ったことを信じてほしいと。まずそれを前提とした取引ではあるが」
エミルは信じていないのだ、その感情は疑いの対象であるメイ自身が誰よりも同意をして、それどころか嫌疑の魔女は男性魔術師に対してぬるい同情心さえ抱きそうになる。
「何といえない、ただ……こちらとしてもそれはとても難しい取引内容であることを、まず君たちには知ってもらいたいところだな。うん」
何でこのクソ忙しいときにお前らのような素性の何もわからんクソガキどものいかにもな与太話に。
せめてそのぐらいに正直で、何の脚色もされていない台詞でも登場してくれれば、もうすこし上手い具合に嘘をつき続けることができるのに。
しかしそれもまた彼らの作戦のうちの可能性もある。
実体のない痛みに心臓を締め付けられている、メイは胸の中で嫌に客観的な目測をしている。
「ああ」
耐え切れない痛みはやがて強烈なネガティブへと変貌を果たす。
それはそのまま金属の塊のように、内層に満たされている水へ異物として落下をしようとする。
「嗚呼……面倒くさいな」
だからその台詞はてっきり自身のものであると、メイは最初こそ信じてやまなかった。
だがすぐに違和感に気付く、まず単純にそれは自分の声とは大きく異なるし、そもそも己の発声装置はそのようにぶしつけな言葉を発声するための運動を行ってはいない。
言う必要性もない、自身は嘘をつくことにたいして罪悪感を抱いてこそいるものの、しかしハッキリとした嫌悪を抱いている訳でもない。
「もう優しい言い方なんて不必要ですよ、もっと真剣に、願うべきことをお話しませんか」
だったらこれは誰の言葉、と、その疑問はすぐにとまでもいかず、メイが首を横に動かすだけで解決を成していた。
「ほう? そういう訳ならば、遠慮せずにどうぞ」
自らの発言に素早く狼狽し、後悔をきたしているキンシをエミルは逃そうとしない。
「うん、そうだよな。俺達はしょせん魔導の者、形式ばった取引なんて専門外だ。そして専門外のことをするのは、これ以上とない無駄なコストがかかる」
エミルはそこでようやく笑顔を浮かべはじめる、丁寧に磨かれているであろう白い歯は唇を通過してそのまま頬の色に溶けてしまいそうになっている。
「そうだなあ、まずは情報の共有から始めましょうか」
あくまでも状況の支配権はこちら側にあることを主張したい、それを暗に表現しておきながら、エリーゼののんびりとした口調が魔法使いどもに圧迫感を与える。
「といっても、アタシ達にとって僕ちゃん達はこの世界にごまんといる情報のうちの一つ。捜査対象の一例でしかなくて、うん、だからまず協力をするという見解事態にズレがあるのだけどね」
あくまでも難しい言葉を使って、少しでも相手の意向を自身の望む方向に歪めんとする。
手法としてはありきたりで、すでに使い古されてぼろぼろに擦り切れてさえいる。
だけど場面としては最適、獲物の対象とされるのがこんなにも居心地が悪いものであったとは。
新たなる感覚にメイは、どこか爽やな衝撃さえも味わっている。
「見解以上、そんな言い回しをする必要もないくらいに、ことはそれ以前に基本的な問題点をはらんでいるんです」
しかしキンシの方も引き下がろうとしなかった。
背後に二人の男性のたしなめるかのような視線を、そして前方、机の向こう側には圧倒的に他人の瞳が二揃い。
「先ほど、エミルさんが言ったこととおおむね同様。僕たちが現在、まっただ中で抱えている問題は、残念ながら僕たちだけの力では到底解決できない。出来たとしても事の性急に関して、多大なる損害を被る可能性がある」
言葉の上に言葉を重ねる、連続性は可能な限りの直接性をもって自らの思考を文法の上に並べていく。
「まず、なによりもこれから話す全てのことは真実に基づいている。当事者の保持している貴重な記憶であり、記録でもあるのです」
記憶のプレゼンテーション、およそ日常生活の中で行うことのないやり取りに、ついに自身の出番が訪れたとメイの体毛は自然と柔らかな膨らみを増そうとする。
「少年A、だったかしら」
もう一度壇上に上がる、その先にあるのは白いライトか灰色の処刑台か、どちらでも構わない。
魔女にはどうでもいい事だった。
「私は彼の家族……身内で、被害者とみっせつな関係上にある存在でもある。現時点で彼らともっとも近しい間柄にあるおんな、そう思っても構わないわ」
精一杯の背伸び。常日頃、故郷で兄も祖父もいない頃を見計らい、鏡の前に立ってこっそり練習していた言葉遣い。
誰一人として評価を与える人物は存在していない、自らの幼さに対する嫌悪感に突き動かされるまま、ひたすらに自己満足を重ねていた。
それがまさかこんな所で、こんな形で有用性を発揮するようになるとは。やはり世界というものはよく分からないことだらけ。
「ふむ」
エミルが、青年期よりも若干多く年を重ねていそうな男性魔術師が、最初の方と似たような呼吸音を立てる。
「わかった、わかったよ。話してくれてありがとう、そしてご苦労様」
やはり彼の言葉はどこか曖昧で、まるではっきりとした物言いをすることに何かしら、強迫的な恐怖を抱いているのではないか。
新たに生じた違和感は向かいあう彼女にしっかりとした存在を放ち、それでも必要以上のことを表現することなく無意識の暗黒に沈んで消える。
「取引成立、とまでハッキリ言えないが。しかしなんだ……本音を言えばオレ達のほうも、情報の詰まりに悩んでいたところでな」
笑顔は変わらない、しかしその奥に秘められてる感情に少しでも変化が訪れていることは、それなりの人間にも察せられた。
癖になる




