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睫毛の手入れは大事

マスカラ

「って、まあ、なんだ、その……このなるほどは特になんの理解をしたわけでも、なんでもないんだけれどな」


 そこまで年をとっている風でもない、しかしとっくの昔に子供時代を無事に終えて、大人になってすでに久しい。


 そんな感じの男性が髪の毛に触ろうとして、しかし寸前で思いとどまり、あまり手入れはされていない爪の先がくすんだ金色の毛先にソロソロとかすっている。


「うんうん、そうですねえ、先輩の言うとおりですよね」


 難しい顔をしている、少なくとも表面上は子供たちの緊張感に合わせて、そう言った感情を作っていてくれている男性。


 しかし彼の隣に座っている、彼よりは一回りほど若々しさの香る女性の方は、どうやらそのように柔らかい優しさを持ちあわせている訳ではないらしかった。


「まったくもって状況が分からないのよ、もっと簡潔に伝えなさい」


 いかにももっともらしい、反論の仕様がない正論であった。

 

「あ……はい、すみません」


 自身が率先して発言をしたわけではないのだが、しかしその時ちょうど注目の的に晒されていたキンシは、大人によってもたらされる形の無いペケ印にただただ怯むばかりであった。


「つまりはこう言うことなんですわ」


 何も言えなくなっているキンシを声だけで押し退けるかのように、オーギは少しだけ声量を増やして二人の大人にもう一度会話を持ちかける。


「助けてほしいんですよ」


 魔法使いの先輩は後輩よりもその胸に対抗心を宿していたのだろうか、先程までよりも言葉の雰囲気がフランクかつ粗雑なものとなっている。


「この矮小かつちっぽけでちんまい魔法使いどもを、貴方がた栄えある灰城(はいじょう)の自警団お抱え魔術師様にお助け頼み申したいんですよ」


 長い言葉の中には内容などほとんど含まれておらず、目的はただ一つのみに集中していて、し過ぎているとも言える。


 しかし女性の方は意外にも、その言葉遣いに面白みを感じていたらしい。


「ほう? さてはて、僕ちゃん達はこのエリーゼおねえさんになにをそんなに助けてほしいのかしら」


 それとも単に女性の方も、エリーゼと言う名の彼女も真面目くさった態度が苦手なだけなのかもしれない。


 決して相手をリラックスさせようだとか、そのような思いやりが含まれている訳ではないにしても、しかし空気が若干柔らかさを取り戻したのもまた事実。


「何でも話してごらんなさいなー、エリーゼちゃんは何時でもどこでもグッドグッドだからさー」


 それは無言の否定、先ほどまでの力のこもった説得をすべて無駄だと切り捨てることと同等の厚意であった。


 が、しかし、キンシはそれ以上に彼女の胴体、向き合う間に設置されている机へ食い込む上半身の二つの双丘へと視線が自然と……。


「そのですね」

 

 これではいけない、それは失礼で下劣な行為であると。すでに若干手遅れではあるものの、キンシはそれでも強固な意思を発揮して視線をその部分かなんとか逸らそうと試みる。


「メイさんが……こちらの魔女である彼女は、エミルさんとエリーゼさん、お二人が捜査されている事件の重要参考人。いえ、むしろ当事者そのものと言っても過言ではありません」


 現実逃避というものはいつでもどんな時でも、愚鈍なる人間に思いもよらない能力を授ける御業発揮するものらしい。

 先ほどまでの土盛りは一体どこに消えてしまったのか、滑らかな口ぶりで語るキンシを周囲の人間はしっかりと注目する。


「で、あるからして、僕たちは取引を貴方たちと行いたいと、そのために一報を送らせていただきました」


 人々の視線が自分に集まっている、それはとてつもない不快感をもってキンシの脳漿(のうしょう)を侵さんと。


 だがそうなってはいけない、そんな事をしている場合ではないとキンシの意識は実行をし続ける。


「で、あるからして、本人の御意志も踏まえたうえで彼女の身柄を、そして事件についての情報を提示する。そうすることで僕たちは、貴方たちに要求したいことがあるのです」


 やはりそれは不完全であり、とても完璧とは言い難い取引方法であることは変わりない。


 何だったら先程までオーギが長々と繰り広げていた口述の方こそ、世間的には「正しい大人」の話に近しいものだったかもしれない。


 だが、しかし、そんな事を気にしてどうすると、他の誰でもなくその場にいる大人たちが何よりも十分に理解しつくしている。


「ほうほう、してして、僕ちゃん達は一体全体、アタシ達になにをお願いしたいのかしら」


 口調のそれは子供よりも一段下がった、まるで幼児に向けられているそれでありつつも、口ぶりとは裏腹にエリーゼの視線はじっと魔法使いに、しっかりと定められている。


 ワックスと水分、その他科学的な成分によって美しい上向き曲線でコーティングされている睫毛と、特に大して何も塗られている訳でもない、しいて言えば目ヤニなどの汚れはしっかりと洗浄されている睫毛がそれぞれ。


 重く苦しく、ぴっちりとした緊張感のなか、無言のうちのやり取りを短く手早く済ませる。


「情報を与える代りに、僕たちの介入を許可していただきたいのです」


「許可、とは」


「僕らがあなたたちの調べている事柄に関与することを、許してほしいのです」


 簡単な言い回しをするまでもなく、その事柄は既に魔術師たちにも察せられていることではある。

 そうであったとして、理解していながらもキンシは同じような内容を何度も繰り返さずにはいられない。


 まるで秘密の事柄を幾度も幾度も、何度だって確認せずにいられないかのように。


 きっと不安なのね、とメイは魔法使いの姿をはたから見ながらそんな思いを抱いていた。


 この想像はきっと真実に近しいと、自分はその予想を信じたいと、メイと言う名の魔女は己の望みを俯瞰的(ふかんてき)に覗いている感覚に身を浸す。


 そして同時にさも当たり前のように、すました顔で話を傍聴している自身にどこかしら不気味でおぞましい、それこそまさに怪物じみた姿を連想せずにはいられない。


 実際、彼女の沈黙もまた、魔法使いサイドであらかじめ目論んだ演出の一部という解釈もできる。


 魔術師、それも灰笛城(先ほどメイは地元民がこの城のことを灰城(はいじょう)と呼称しているのを知った)のお抱え、つまりはこの灰笛におけるエリートに属する魔術師に、ルーフ創作の手助けをするという名目で利用させてもらう。


 そういった目的による、現在の行動に関する主な主成分を担う提案は、他の誰でもないメイ自身によるものであった。


 なんと言っても、よくもまあここまで、予想外なことが上手い具合に良い塩梅に重なり合った者であると、椅子に座るメイは閉じた唇の内側で空前をしみじみと感懐(かんかい)せずにはいられなかった。


 最初こそ逃げようとしていた相手に、まさか助けを求める瞬間が訪れようとは。


 だけどよくよく考えてみれば、と、メイと言う名を与えられた魔女は少しシニカルな論述を思い浮かべる。


 もう何も逃げる必要などないのに、そうだったら素直に公共機関にでも、それこそ警察にでも何でもいいから助けを求めたってよかったのだ。


 逃げるのは兄の願いでしかなく、兄がとなりにいない、いてくれないのならば自分はもう逃げる必要はなかった。


 なのにどうして、考えるまでもなくメイの脳裏に兄の、少年の叫び声が音声付で再上映されかける。


「……はあ、」


 映像から逃げようとする、逃げてばっかりで立ち向かおうとしない。


 魔女であり妹であり、しかしそれ以前にただひたすらに幼女でしかない。


 そんな彼女にじっと視線を向けて、エミルと言う名の男は溜め息を軽く吐き出した

してますからね

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