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友達計画は王様を予定

フレンドりー

 言葉には必ず矛盾が生じるものであることに、そのことに気付くようになるのは何時からなのだろう。


「先ほど申し上げた、魔法は完全ではないという意見に反する症例ではありますが、しかし確実なる事実に基づいた記録が証拠を残しています」


「症例、彼女は病気なの?」


 キンシの言葉を遮ってメイは強引に質問を繰り広げようとする。


「そもそも、彼女は……あの、あれは生きているとほんとうに言えるの?」


 疑問はもっともであり、この場においては何よりの正義であって、それ以上に正しいことなど存在していない。


 それを主張し肯定する代わりに魔法使いたちは沈黙を与える、しかし与えられた方の魔女の戸惑いがそんなことで静まるはずもなく、彼女はただただ動揺を腹の内部に反響させている。


「もしもそうだとして、そうだとすると、もう……私は魔法というものがよく解らなくなりそうよ」


 悲痛な叫びでもあった、あれだけ大量の情報をもらったにもかかわらず、結局は何一つとして理解できずに、惨めな置いてけぼりを味あわされたかのような錯覚に襲われている。


「魔法で人間が植物に変えられるだなんて、そんなことが現実に」


 ありえないなんてそんな安っぽい思い込みだけはしたくなかった。この世界にありえないことなんて無い、あるとしたらそれは、ありえないという妄想が現実に変身するということだけ。


 メイはそう思っていた、信じていた。誰に教えられただとか、魔女としての記憶によって得られた結論なのか、それとも彼女自身の心による意見なのか。


 いずれにしてもその信頼は今まさに、足元の岩石ごと瓦解してきめ細やかな砂塵のように分解されかけている。


「人間? ああ、メイさん、違いますよ」


 だが他人の動揺など知ったことではないのだろう、少なくともキンシにはその信念がしつこくどくろを巻いていることが確かな事実であり。


「彼女は人間ではなく、もともとは人形だったそうです。魔法人形だったのが、たまたま先代のキンシさんに出会って、この図書館の設立に協力してもらえることになって──」


 少なくとも本人には何か意思を働かせて行為をするつもりはなかったと思われる、しかし始まりかけていた過程についての記録報告にメイが何も言えずに、静寂の中で打ちひしがれていると。


「はいはい、そういうのはまた今度の機会に、好きなだけやってやれ」


 これ以上の脱線は許されざる行為であると、オーギは全身を使った挙動で後輩魔法使いに無言の圧力をかける。


「あっと……、嬢ちゃん、大丈夫か」


 後輩をいさめる動作のままに、オーギはうつむいている幼女を気遣う素振りをつくる。


「いきなり、と言うか……立て続けに訳の分からないことばかり言われて、その体じゃあ色々と辛いだろうに」


「いえ……そんなことは……」


 気遣いの方向は決してメイにとって望ましい方角を向いているとは言えないが、しかし心遣いだけでも彼女にはすでに十分なものではあった。


「まあなーでもなー、しょうがないよなあ」


 しかしオーギの方はそれにとどまらず、きっとそれだけでは足りないものと思い込み、ねぎらいの名のもとに軽妙な口調を止めようとしない。


「気持ち悪いよな、っていうかキモいよな。魔法で人間みたいになったかと思えば、いまじゃリンゴの木って、意味が分からな過ぎてほんとキモい……」


 何もそこまでは思っていないし、ましてやわざわざ言葉にしたいなどとは毛ほどに思っていない。


 だがすぐに否定できないことも間違いない事実であり、そのことに関してメイは特に何か罪悪感があった訳ではなかった。


 のだが、しかし。


「危ない! オーギさん」


 最初の叫びの時点、その瞬間にオーギの体はキンシの左手から繰り出される、ほとんどビンタに近い張り手に吹き飛ばされて。


「きゃああっ?」


 一秒ほど遅れてメイが驚いていた、それは別に魔法使いのアクションについてリアクションしたわけではなく。


「うっ上? 上からなにか落ちて……っ?」


 何の前触れもなく、ちょうど後輩に吹き飛ばされる前のオーギが立っていた辺り、その辺にまるで狙いすましたかのように落下してきたランプ、その残骸にメイの戦慄は注がれている。


「ランプが落ちてきた……」


 金具とガラス、内部に収められていた鉱石がいっしょくたになり、崩壊と言う状態のもとに完璧に近しい一体感を生み出している。


「ほらほらあ、駄目ですよオーギさん」


 先輩の軽口をまねているつもりなのか、そうだとすればかなりお粗末な再現率ではある。


 それでもキンシは口元の笑顔を無理やり肉の上に留めつつ、眼鏡の奥の視線は僅かに上方へ注意力を上昇させている。


「いくら彼女が心の広い、上品でマダムな女性であったとしても、聞こえるところで悪口を言われたら怒り心頭怒髪天ですよ」


 怒る、いかにも人間らしい、少なくとも植物には存在していない感情の一つ。


 どういうことなのか全くわからない、直観的な思い付きにも頼れそうにないメイが困惑している他所で、オーギが体を苛む痛みにこらえつつ、唸りながら体を起こしていた。


「っつ、ってえー……、ああチクショウクソッタレ……」


 幼女の手前できる限りフィルタリングを施した悪態を少し、苛立ちを薄めるまでもなく視線を恨めしそうに上に向ける。


「こんな、体の中で怒るこたあねえだろうに……」


「体のなか?」


 彼の体の心配をしようとした寸前のこと、何気なくポツリとつぶやかれた情報をメイの聴覚は耳ざとく拾い上げる。


「体のなかって」


「ん? ああ、それも言っとらへんかったんか……」


 幼女の疑問に今更ながらの面倒臭さを、それと付随して後輩の手際の悪さにいつも通りの苛立ちを。


 誰の手を借りるまでもなく自分の力だけで、未だに後を引く痛みに顔をしかめながらオーギは周囲を、図書館をぐるりと見渡す。


「さっき言った木が元は女がどうこうってのは、つまりだな……、言っても信じられないかもしれないが」


「この図書館丸ごとが、彼女の願った姿そのものなんですよ」


「……」


「……あれ、えっと? ですからこのキンシが、あ、キンシはつまり僕ではなく、前のあの人のことで……」


「ああ……うん、説明は大丈夫よ」


 メイはもう一度魔法使いの言葉をさえぎる。


 もうなにも聞きたくない、今は何も。


 今これ以上の情報を与えられてしまえば本当に脳が破裂してしまうのではないか、下らないと理解していながらも、強迫的に思いついた思考を止められるほどの気力がメイに残されていなかった。


「うん、うん……。色々と話してくれて、ありがとうね」


 聞いて、見て、少しさわって、考えて考えて、後に残ったのは鈍い痛みだけだった。

 脳細胞をさいなむ、眼球に得ることのできない領域によって生み出されている痛覚。


 痛みはやがて実態に近しい苦しみを、わずかな電流から血液を介して肉に痺れるような熱をもたらす。


「いえいえ、いいえ、お礼を言うべき事柄はまだまだ、まだまだ終わっていませんよ」


 言葉をそのままに受け止められるほどの単純性も持てずに、キンシは上辺だけの笑顔を顔面に乗せている。


「話すことはあまりにも多くて、知るべき事も知らないこともたくさんあって。きりがありません、本当に、嫌になってしまいそう」


 キンシは呆れていた、だけどそこには飽きなど一切含まれていない、好奇心は陰りを一切見せることなく、飢えた獣のように牙を鋭く尖らせている。


「せめて誰かと共有したいくらいですよ、自分と同じくらい愚かな誰かと。時々寂しくなります、共感が欲しくて欲しくて、欲しがってばかりです」


 視線は図書館を巡り、ここにはいない誰かに瞳は定められている。

交誼

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