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理由なんて求めない

キラキラ

 昔々のそのまた昔、そんな感じで語り始めるオーギによれば、つまりこんな感じ。


 今さっきと、今日のこの日までみんなが言っている「水」っていうのは、元々は何の意味もないものだった。


 それはただの栄養素の一つ、空気と土と共に吸収されて、水分ごと排出されるだけの要素。


 水と、何の形容も脚色もなくそのままの意味として、水と一緒にあったそれらは海と言う現象を形作っていた。


 偶然だったのかもしれないのか、それだとしたらあまりにもご都合主義が過ぎる。かといって、必然を求めた所で一体誰が、どこの誰がそのようなことをしくもうと思いつき、思い立って行動に映してしまったのだろう。


 いずれにせよ、後になって誰を責められようか。性質も形状も、それどころか存在を叶えている次元すらも異なる二つの存在は、それら方に視認されるよりも以前にすでに限りなく完璧に近い共存関係を築き上げていた。


 とのこと。


 やがて海の中で様々なものが生まれた、その時点ではまだまだ単純で、とても「水」を動かせられるような複雑さは無かった。


 無かった、現在形はすぐに終了し、世界的な目測で測るとしたら割と早くにその現状は崩壊をきたす。


 





「人類よ、栄えあるわれらホモ・サピエンスの原種たる生き物の誕生。すごいね、誕生おめでとう」


 モアと言う名前の少女はまるで子供に夢物語を、その向こう側にあるなにかしらの教訓をルーフに伝えるために、はりきって話し続けている。


「と言っても、声明自体が誕生した時点では、まだまだ「水」には大した変化は起こらなかったとされているのだけれど」


 ずっとしゃべり続けているせいか、あるいはもっと別の要因が関係しているのかもしれない。

 モアはルーフと、彼の背後に構えているハリの注目に構うこともなく、ひっきりなしに舌で唇を湿らせようとしている。


「いきなり棒と石をもって、火をつけて家を建てたりだなんて、そこまでできたらそれこそ神業よね」


 彼女としてはそれなりに面白いジョークのつもりだったのだろうが、ルーフにはそれの何がそんなにおもしろいのか、まるで理解できなかった。


「でも、どっちにしてもその生き物が、この世界の他の全てと同様のはずだった生き物が、やがてはいつか、私たちの元になりうる可能性をもち始めたことは、もう語る必要もないし」


「その辺のことが知りたすぎて困っちゃうなら、お持ちのスマホで「人類、はじまり」で検索検索ゥ!」


 背後でハリが場違いに明るい、どこかの宣伝文をそのまま引用したかのような台詞を吐いていたが、もうそんなのにいちいち反応を示せるほどルーフに余裕があるはずもない。


「だけど、不思議ですよね」


 どのみち背後にいるのだから、後頭部に目でも埋めこまれていない限りハリがどんな表情を浮かべているのか、ルーフには分かりようもなかった。


「考えれば考えるほど奇妙奇天烈、奇々怪々。彼方さんを、あんな……別の世界からはるばるここまで、わざわざこんな世界を選んでやって来ただなんて。そんな奇特な、神様みたいな方たちは、元々は僕ら人間といっしょであって、それどころか人間とほぼ同じ材料と製法で作られていただなんて。いやはや」


 なんの繋がりもなさそうな商品二つが、例えば殺傷能力抜群のシースナイフが清潔なテーブルクロスの上に、さも当たり前かのような(つら)瀟洒(しょうしゃ)細工の銀食器と肩を並べているかのような。


 そんな違和感をどうにかして言葉に伝えようと頑張っている、だがその努力は全て、ことごとく否定されている。


「ボクは未だに納得できませんよ。もしもこの世界に神様か、そうでなかったら天使か何か、悪魔でも魔王でも何でもいいですけれど。そんなフィクション的パワーに満ち溢れた何かがいたとして、その人たちはどうしてボクらを、よりにもよってボクのような人間を選んでしまったのでしょうかね」


 守護の大きさに若干の違和感を覚えつつも、それに構うことなくハリはルーフにかねがね抱いていた疑問をぽこぽことぶつけてくる。


「その辺についてどうなんです、王子様、ねえ王子様、ぜひともあなたのご意見聞かせてくださいよ」


「は、あ、ええ………?」


 問いかけられても答えられない、答えられるはずもない。

 彼らの話す事柄は意味不明で、そろそろこうして向き合って話を聞いているのも飽き飽きに飽きて、辟易としてきたところなのに。


 どう答えたものか、別に無言を貫いても良かったかもしれないと思わなくもなかったが、しかしそろそろ何か明確な言葉でも発さないと、口の中がくっ付いて永遠に開かなくなるような。


「俺は、別に……」


 そんな強迫観念に襲われている、恐怖心に突き動かされるままにルーフは唇を開いて、外部から温室のぬるい空気が押し込まれてくる。


「今までお前らが話したことが、何か特別で、この世の軌跡みたいなものだとは思えないけど、な」


 言った後ですぐに後悔する、これではまるで相手に真っ向から反論するようなものではないか。


 今後の展開の面倒臭さを憂う少年の予測通りに彼の周囲を取り巻く、取り巻きすぎて絞殺せんが勢いで、男と女が一瞬にして瞳をきらめかせてくる。


「ほう……これはなかなか」


 青い瞳は何かを見定めるかのようにまばたきを数回、モアが再び身を乗り出す形でルーフに体を近付けようとして、腹部をギュウギュウと机のへりに食い込ませている。


「興味深い意見が貰えそうですよ、こんな状況でなかったらぜひとも記録をとりたいところね」


 つまりはそうしないと直接的表現をするまでもなく、モアはひたすらに少年の言葉の続きを一身に期待していた。


「さあ、もう少し詳しく教えてくださいな」


「詳しく………?」


 これは予想できた展開ではある、あるのだが、しかし。

 ルーフは鬱屈とした内心に打ちのめされて、圧倒されないよう腹の中心を支えるのに必死になっている。


「ええ………っと、そうだな、これは確か」


 喉の肉がガチガチに硬直し、呼吸をすることもままならない。

 それでもルーフは何とかして、出来るだけ余計なことを言わないように、相応しい思考回路を張り巡らせることを必要としていた。


「確か………、いや、前に何かの本で読んだんだけどな」


 漏れ出しかけていた秘密を強固なる意思のもとにせき止め、自身でも驚くぐらいのスムーズさで無難な虚偽を吐き出している。


「ほう、して、その内容とは」


 相変わらずハリは笑い続けているのだろうか、何にしても彼がどんな表情を浮かべていようが自分には関係ないと、ルーフもようやく諦められるようになってきていた。


「世の中ってえのは」


 かつてないほど、なんてスケールの大きさがある訳でもなく。しかしこの緑クサい部屋に押しこめられている間においては、確実にランキングトップを誇れるほどの懸命さによって。


 ルーフはかつての誰かに言われた台詞を、記憶と言う情報の海から炙り出そうとする。


「………。世の中には不思議が沢山、廃棄物と肩を並べるくらいに沢山転がっている。だが、その全部はしょせん、世界にとってはただの現象でしかねえんだよ」


 出来るだけ違和感の無いように、他人の言葉を自分のものとして偽るのがこんなにも、どうにも息がつまる行為だったとは。


「起きる出来事に、風が流れて水が落ちて、雷が光ることに理由をつけるのは人間だけだ。人間ばかりが理由を考えて、だから………」


「だから」


 台詞が発せられたのは少女の唇から、それが現実による事実には間違いない。

 しかし彼女以外にも、ルーフの背後にいる男も、感情の方向性は異なれども、同様の疑問を言葉にしていただろう。


「だから………」


 何の義理も、人情も、そんなものはどこにも存在していない。

 だったら何のために言葉をつくるのか。


「あのモンステラ………、怪物どもがこの世界に、わざわざ別の世界からここまで来た理由なんて、別に深い理由もないし。食べたいから俺達を食べる、食べられたくないし壊されたくないから、それを防ぐために殺す」


 何も解決していない、肯定していなければ否定すらもしていない。

 照明に足りぬ意見であることは、少年自身が誰よりも自覚している。


「どうでもいいだろ? なんでもいい、生きて楽しむのを邪魔されるなら、怒ったって仕方がないだろ」


 理由に値しない言葉はここにはいない彼らのために、ルーフの肌にはいつの間にか気持ち悪い汗が濁った玉を形成し、重力に従って落下を行おうとしていた。

雲母君

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