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無声物どもの祭り

危険度としてはあまり高くない。

 今はただ、とにかく、とにもかくにも耳にした情報に対して疑い以外の感情を抱けないでいる。


「異世界と言ってもその解釈は人によりけり。パラレルワールド、四次元宇宙、多次元世界。後天的につけられて、まるで何かに誤魔化し胡麻すりでもするかのように、解釈は今でも増え続けておりまして」


 内容、状況、もしかしたらどこかしらに存在しているかもしれない需要。それら全てを踏まえて、組み合わせてみたとしても、どうしようもなく都合の良いファンタジー以外の何ものでもないはずなのに。


「現在においてもその正体を完全に解明できた人物はいない、と、世間的および世論的にはそういう事になっております」


 だがハリは、自らをそう名乗る男の様子は至って真面目で、真面目が多すぎて腐敗臭まで漂ってきそうであって。

 またその内容も有るはずの無い、肉眼で視認できて嗅覚に嗅ぎ取り、この両の手で触れて確かめることのできない概念に対し、少しでも事実的根拠をもたせるために。


「ですから、ですので……。あれがああでして、これこれこうでして……」


 広くはない、とはいえ狭いとも言い切れない世界の中で遭遇してさして時間を経ていない間柄。

 そういった関係性の中においても、ルーフはハリがかなり無理をして自分に何か、この世の(ことわり)についての説明を何とか果たそうとしていること。


 それだけは解る、それだけ、それ以外の事物事柄事象は何一つとして伝わってきていない。


「もういいわ」


 はたしてそれの何がそんなにも、無垢なる妹をズタボロになるまで痛めつけること以上に苦しみをきたすのか。

 ルーフにはまるで分らないし、相変わらず話にはついていけないし、そもそも前述のどれもが彼にとっては塵芥にも劣る無駄としか思えないでいる。


「ありがとう、無理はしないで後はワタシに任せとけばいいのよ。何事においても思慮できない貴方に、この話題は難易度が高すぎるんですもの」


 それは遠まわしなんて生やしい受け取りすらも出来ない程に、かなり直接的な罵倒に等しい指示ではないのだろうか。


 ルーフは若干不安を覚えたものの、しかしモアにそう言われた本人はいたって嬉しそうに、さも当たり前のこととして言葉に従順な態度を見せつけている。


「いや? いやはや、そうですねえ、モアお嬢さんの言うとおり。どうにもボクはこういった、理論的で理屈っぽい話は苦手なものでして……」


 ハリは照れているらしい、外見上においてそれと思わしき表情を浮かべつつ、特に名残を惜しむわけでもなく会話の壇上から身をそっと降ろす。


「と、まあ。そんな感じなのよね」


 部下の男が元の位置へ、つまりはルーフのすわる椅子の背景へと身を落ち着かせる。

 その動作を青い瞳でじっと、それ自体に何か特別な様子を見出すこともせずに淡々と見送った後で、モアはゆっくりと口元に笑みを浮かべる。


「途中で中断して置いて、あれだけど。でも大体は彼の、ハリの言うとおりだと思ってちょうだいね」


 ネットの広告動画をスキップした程度の、そのぐらいの軽々しさしか少女の声音には含まれていない。


「さて、一つ目とも言わずに、まずはあなたの質問に一つ答えてあげた、差し上げたという事なのだけれど」


 さも当たり前のように。いや、この灰笛の住人にとっては既にみんな、みんなみんな、皆一様に周知の事実でしかないのだろうか。


 まさか、そんな、そのようなことが許されるのだろうか。


「なあ………」


 こちらが答えたのだから、当然のことながら次はこちらの番であると。


 そう思い込んでいたらしい相手の不意をつくことに、その瞬間まさしく成功していたという事実に気付かないまま、ルーフは新たに生じた疑問、ここで追及せざるを得ない言葉を音として世界に震動させていた。


「つまりはこういう事なのか、なあ?」


「こういう事といいますと、どういうことなのかしらね」


 少年の語気は連続性の中で急速に激しさを増し、最後の疑問形においては早くも掴みかからんとする気配すら匂わせている。


 にもかかわらずモアは平然と、平坦で安定的な態度を崩そうとしていない。


 それがルーフにはどうしようもなく恐ろしく。


「つまりは、この町にいる奴らは全員、元人間だった生き物を平然と、害獣やら害虫にするみたいな扱いで」


「毎日殺して、殺しているんですよ」


 ルーフの背後でハリが言う、表情こそ見えないが確実にその口元にはあのにやにやが張り付いているに違いないと確信が持てる。


「そうでもしないとボクが殺される、そして彼らは永遠に生き続ける羽目になる。殺して、殺されて、誰かがそれをやらないと輪廻は止まらない」


 何のことを? ルーフが理解を追いつかせようとして、しかし早々と諦めが目に見えているなかでモアが親切に捕捉をいれてくる。


「前述したはずだけれど、人間の魂……、魂と言う概念が信じられないなら、脳味噌でも心臓でも何でもいいけど。とにかくホモ・サピエンス由来の転生者は滅多に居なくて……」


 誰に対してなんて、そんなのはほぼ確実に目の前に居座る少年に対してのものに違いないはずだが。


 しかし少女の青い瞳は彼の姿を、そしてその後ろにいる男すらも通り抜けた地点へと向けられているような気がする。


「って言うかさー、この「転生者」ってネーミングもどうかと思うのよねー。いやあ? 別に文句を言いたいわけじゃないけれどね、でも、一体どの視点を中心として転生と言う概念を当てはめるべきなのか、もっと議論を重ねて……。あー……えっと」


 ため込んでいた持論をこれでもかと披露したい、その欲求を堪えられるほどの抑制力は持ち合わせていたらしい。


「うん……聞きたいことはそんなことじゃないのよね」


 恥ずかしそうに机の上で指をモミモミと組み合わせている、ルーフは何も言えずにその肉と骨の蠢きを眺めているばかりだった。


「えっと、そう、その言い方には語弊があって、極論が過ぎるとワタシは主張したいのよね」


 自分の言葉であるはずなのに、なぜかモアはここにはいない誰かに対して確認行為をするかのように視線をフラフラとさまよわせている。


「つまり、完全なる他人の思考を由来とした、準百パーセントの異世界人はそう頻繁に現れるものではないし、有ったとしてもそれはまた別の個体となるから。だから、昨日(さくじつ)殿下が遭遇した個体はきっと、無声タイプだったと思うのだけれども」


 桃色に鮮やかに、よく手入れされている唇の合間から紡ぎだされる言葉の数々がどれのことを、はたしてそれらは自身の経験に近しいものなのか。


 よくわからないままに、そもそもこんな簡単な言葉だけでやり取りしても良いものなのか、それすらもルーフには判別できないままに少女の唇は動き続けている。


「言葉をもたない個体はおおよそにして、多次元においてそこに存在する文化意識の影響を受けた物質が狭間の「水」でその形質を変化させたものなのだけれど」


「………。って、ことは、あれなのか?」


 このまま沈黙をして、それを貫いてこの場を乗り切ることだって出来たはず。


 だがそうするのも何か、理由の無い領域において拒絶感を覚えずにはいられず、結局ルーフは会話の舞台から足を降ろさずにはいられないでいた。


「昨日妹と、それと俺のことを丸呑みにしようとしたでっかいオタマジャクシは、異世界の蛙だとかおたまだとかが変身したもの。だとか、そんなことを言いたいんじゃないんだろうな」


 やはり後半へつながるにしたがい、言葉には許容できない棘が含まれていることは他の誰でもなく、ルーフ自身が一番自覚していることであって。


「そうそう、その通りですよ王子様」


 しかし他人はいかにも他人らしく、彼の逆鱗を鉛筆の先っちょで直接抉るかのような無遠慮さを発揮してきていた。

通路。

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