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六角形の中で未来計画

蜂の巣

 扉を抜けても、そこはまだ図書館であった。


 もしかしたらこのままずっと、永遠に、自分はこの暗がりから脱することは出来ないのではないか。

 永遠に、自分のような女には永遠に、愛する男と再会を果たす資格など与えられないのではないか。


 ハッキリとした暗黒に支配されている訳でもなく、かといって明朗な明度が保たれている訳でもない。


 延々と左右対称が規則正しく、おびただしく継続される空間を眺めていると、嫌でも心の内には不安が一滴一滴と黒い染みを作っていく。


 だが、それがなんだというのだ。

 メイの中のわがままが、子供っぽく女々しく、嫌らしい欲望が感情を次々と否定してくる。


 手前の憂いも悩みもすでに通り過ぎている、現実はとっくの昔に決定事項を彼女に叩き付けていたのだ。


「もう迷っていられないわ、そうなのよ……迷っている場合じゃないのよ」


 未だにその体をトゥーイに預けたまま、以前として傷の痛みは熱をもって主張を繰り返していることには変わりはない。


「そうですね、それに関してはおおむね、僕も貴女に賛同しています」


 まだはっきりとした意見は何も言っていないはずなのに、キンシはメイの覚悟へ同調を図ろうとする。


「仮面君が今どうなっているか、もしかしたら身ぐるみを全部剥がされてガレー船に乗せられているか。あるいは脳味噌だけのホルマリン漬けにされているか……」


 勝手に同意をして、勝手にろくでもない妄想を繰り広げている。

 キンシは魔女と青年の前方で拳をぐっと握りしめ、しかしすぐにそれをダラリとほどく。


「失礼しました、妄想と虚妄が過ぎました……」


 本音を言えば叱責の一つでも申し立てて見たかったのだが、しかし彼女の唇は愚鈍さを引きずったまま活動を起こそうとせずに。


「無駄口を叩いてねーで、せめてこれからのことについて考えよーぜ」


 思いを代弁するほどの的確さがある訳でもなく、しかしおおよその方向性としては限りなく正当性のある。


 オーギという名の男魔法使いが唇を動かしているのを、メイは目を凝らして観察していた。


「魔法の準備は満タンとして、だけどよ、物を揃えた所で目的が決まっていなければ、なにも出来ないしよ」


 目的自体は既に決まっている、少なくともメイの中では確固たる御旗が荒野の中にはためいている。

 そんな感じだのだが。


 しかし赤の他人たるオーギにとっては、状況について何も知らないも同然のこと。

 だからこそメイの中では疑問が、考えている場合でもないのに不必要な事柄が続々と生まれ出でてくる。


「ねえ、もし……」


 背後からシュルシュルと伸びてくる幼女の声に、前方の魔法使い二人が素早く反応をする。


「なんだ?」


 視線がじっと自分に定められていることに気付いている、オーギは幼女の言葉を待機して、様があるなら手早くしろと、無言の圧力をかけている。


「何か、聞きたいことがあるなら手早く済ませてくれよ」


「えっと、いえ、ね……」


 急かしている訳ではないのだろうと、そう理解していながらも他人から急場を求められていると、疲労がいやしく甲斐甲斐しく言葉を邪魔してきている。


「どうして、あなたたちは、……そんなにも助けようとしてくれるのかしらって」


 いまさら? 誰に問いかけられる、実際にキンシがそのような感情をありありと浮かべて眼鏡の奥を見開いている。


「あー、なるほどね、その辺について追及してくるか……」


 オーギが少し気まずそうに後頭部をガリガリと掻きむしる。

 気を悪くしたものかとメイは不安がよぎったが、しかし彼女の杞憂を他所に彼の表情はどこか柔らかく。


「こんな事を改めて説明させるとは、さすがはちっこくても魔女、か」


 恥ずかしがっているらしい、メイがそのことに気付いた頃には彼の体は既に前進を再開していた。


「なにも、特別なことはねえよ。ただ何となく、……そうだな、興味がわいてきただけってことで」


 幼女の視線を感じ取り、オーギはすぐに自身の言葉を訂正する。


「いや、この言いかたは不謹慎だな。んー……なんて言うべきか」


 上手いこと状況にピッタリ当てはまる言い訳を考えようとしている。


 若い男と魔法使いの姿を見て、背後からも分かる感情の流れを観察し、メイは先んじて訂正を加えた。


「いいえ、なんでもないのよ。そうよね、あなたたちは魔法使いですもの。好奇心なくして他になにを抱こうというのかしらね」


 思わず振り返りそうになっている魔法使い達の、ぎこちない首の動きをメイは穏やかに見渡す。


「でも大丈夫なの? こんなたて続けに体を動かして。どうか無理はなさらないで」


 別に何か相手を思いやるだとか、そんな人類愛じみた使命のもとに発せられた言葉などではなく。


 単純に、純粋にメイは魔法使いたちの健康状態を他人行儀に心配しているにすぎなかった。


 魔法の貯蔵と固定には人の意思が、人間として発せられる命令文が必要になる。

 というのは先ほど、ほんの数分前に白い部屋から移動して、そして男魔法使いと合流した際に不意に思い出された、おそらくは魔女としての知識なのだろう。


 思い出したきっかけとしては、まさしくその男魔法使いが深く関係しており。

 記憶の補正が若干かかっているにしても、再会を果たした彼の全身を覆っていた濃厚な疲労感は彼女の不安と、そして眠っていた情報を呼び覚ますのにちょうどよい気付け薬となった。


 思っていた以上に香りが、もうすこし何かしらの激烈な香気が漂っているものかと、それまでの思い込みから外された意外さも関係していたのかもしれない。


 なんにしても、この世界における溌剌と気力をちょうど程よく集合させた、そんなイメージを勝手に思い込んでいたメイにとって、オーギの疲労感は予想以上な衝撃をもたらして。


 実を言えば余波はまだまだ残り続けて、心の水面をウネウネと波打たせている。


「こんなところで、こんなことを言うのもあれだけど……。でも、こんなにも良くしてもらえる理由が、どうしても私は気になって仕方なくて」


 己の主観をいちいち他人に押し付けずにはいられない、これも魔女としての意識傾向なのか。

 そうでなくては困る、そうでなかったとしたら、自分は一体なんだというのだろう。


 延々と続くかのようで、やはり実際は確実に外部に繋がる空気をはらんでいる。


 蜂の巣に似ている幾何学的模様によって描かれる本棚の連続性。


 沈黙が一秒、あるいはそれ以上の長さをもって彼らの間に流れる。


「はあ……」


 オーギがおもむろに手を上げる。

 メイの視界ではその挙動以上のことを捕えるのは不可能だった。


 だからよもやその腕が高々と宙を撫でて、そのまま下方へ。


「痛いっ?」


 そしてキンシの頭蓋骨めがけて振り落とされることを、彼女は全く予想できず。

 衝撃に震える肉の中で意味不明にただただ驚愕する。


「何をしやがるんですか!」


 先輩魔法使いによる脈絡の無き手刀を食らわされたキンシは、当然の権利として抗議の意を唱えようと。


 てっきりそうするものかと思い込んでいたメイは、当の本人がそれ以上の文句を言うこともせずに、何故か重苦しそうに沈黙を開始していることを怪訝に思う。


「情けないな」


 女が不可解さにさいなまれて、囚われかけているなかで若い男が苦々しげに呟く。


「情けねえよ、最近はてっきり自分はもう一人前だと思い込んでいたのに。だが実際はこんなもんだ、人っ子一人助けるのにさえ、息をゼエゼエときらしている。情けねえな、オイ」


 オーギが隣の後輩に体重を預けて、それをすることで己の不甲斐なさからそれとなく逃避を図ろうと。


 しようとした所で、しかしそんな事をしている場合でもないと、彼もまた考えていたのは事実であった。

蜂のこ

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