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緑と青と赤の質疑応答

クエスチョン

「魔法生物に電子的回路を繋げる、その方法はかなり前から活用されてきたけど。現代の常識では一応アウト寄りのセーフ……。いや? セーフのようなアウト?」


 モアはルーフに向けて何かうまい言い回しをしようとして、しかしすぐに諦める。


「まあ、どっちでも同じか。つまりはね、あまり大衆向けな方法じゃないから、さっき見ていたのはあまり人に口外しない方がよろしいね」


 差し向けた人差し指をそのまま唇に押し当てる。

 薄い色の柔らかい肉が圧迫されている、その様子をルーフは冷めた目で見つめていた。


「いや、俺が聞きたかったのはインターネットの利用方法とかじゃなくて。その………つまり」


 考えては見たものの、その内容のあまりな突拍子の無さに彼自身が呆れを覚えかけている。


「言いたいことは分かりますよ。ええ、そうですとも、疑問に思わざるをえない」


 モアはそんな少年の戸惑いに構うことなく、手前勝手で自由気ままに話を進めていく。


「よもや自分のすぐ後ろに立っている男が、どこにでもいる眠子(ねむこ)のヤロウが。まさかこの灰笛に暮らす善良なる人々を日々脅かしている、人喰い怪物のお仲間であるだなんて」


 一拍、呼吸のためという面目すらも通用しないほどわざとらしく、少女は最後の一言をひときわ強調させる。


「いやあ、自分のことを他人から丁寧に説明されると、なんといいますか……こしょばゆいです」


 考えるまでもなく、ほぼ間違いなく思考してはいないであろう事柄をいけしゃあしゃあと言葉している。


 ハリの声を背景に確認しつつ、ルーフはここで一つ自身の秘密について明かすことを判断してみた。


「モンステラ………、怪物がどうのこうの、それについてはもう驚かねえよ」


「ほう?」


 早くも自身との会話劇に()みを抱き始めているのか、モアは適当そうに湯飲みを指で弄くりながら、しかし聴覚だけはしっかりとルーフの挙動を捕え続けている。


「と、いいますと、貴方には既に彼の、後ろに待機しているワタシの部下の秘密について、ご存じであったと? そう言いたいのかね」


 正直言ってこれは自身の持てる持論ではなかったのだが、しかしここでようやく相手が自分の言葉に興味を抱いてくれたことに、ルーフは不必要な緊張感を走らせている。


「別に、何となくそう思って………」


 嘘偽りのない事実を伝えようとして、ルーフはふとそこで気付かされる。


「………いや、知り合いにな、この後ろでずっと俺に張り付いている野郎と、似たようなのが何人かいて、な………」


 瞬きによって断絶される視界、瞬く暗闇にチラチラといくつかの人間の姿が映り込んでは消えるを繰り返す。


「いや、何でもない、いまのは忘れてくれ。………」


 こんな時に、ただでさえ状況に喉元を締め上げられているような、こんな時にわざわざ思い出したくないことを思い出そうとしてしまう。


「えっと? それで、何だったっけ、話の内容が思い出せない」


 起きたばっかの出来事すら、まともに思い出せなくなっている。

 だいぶ疲れているらしい、そのことだけははっきりと分かっていて、もう一度湯飲みに手を伸ばそうとする。


 だが持ち上げたそれは軽く、内部にはもうほとんど液体は残されていない。

 

「……………」


 陶器の重さだけがずっしりと、小動物の死体のような存在感を放っている。


「お茶のおかわりはいかがね?」


 体の意見に寄り添っているだけでしかない。


 そう理解していながらも、ルーフは目の前の少女をついつい睨みつけてしまいそうになる。


「要らねえよ、それより」


 これは嘘である、これこそ嘘である。

 胃液が文句を、味覚が抗議の赤旗を掲げているのを無視して、ルーフは鈍く痺れる脳に鞭を打ち付ける。


「聞きたいことが、ある」


「ふむ、なんでしょうか」


 暴れ狂って吠えたてても、それは無意味である。

 

 内部でどこか、目では確認できない体液がブクブクと煮え立っているのを腹の中で味わいつつ、それでもルーフは何とかして理知的な質問文を捻りだそうと。


「お前らは一体、俺を、俺達をどうしようとしているんだ?」


 動かざる岩の如き冷静さを演出したかったのだが、そんなのは無理であった。


 気がつけばルーフの体は前のめりに、尻の肉は椅子の面からほとんど離れかけている。


「未だに解らない、解りたくもないが………。だが、こんな事をされておいて、いつまでもなあなあと浮ついた言葉ばかり。もういい加減、」


 いい加減、なにをしたいか。そんなのは答えあわせをする必要すらない。


「いいかげん耐えられない、正直俺は今すぐにでもお前をメイの………、妹の代わりにボコボコにぶちのめしてやりたいんだ」


 握り拳は空中に震えている、上昇を続ける肉と骨は今まさに少女の頭蓋骨に振り落とされんと。


「まあまあ、落ちついてよね」


 前のめりになっている彼の体を押し退けるかのように、モアは細い指をピンと伸ばして制止の意を訴えかける。


「そんなに瞳をきらめかせないで、ギラギラと」


 てっきり、なんて考える余裕もなく、それは間違いなく自分に向けられている。


 限定された言葉だと、そうルーフは思い込んでいたが。


「ほら、牙をむかないで。お腹が空いたなら後でオヤツをあげるから」


 まるでというかなんというか、まさしく駄々をこねる幼児をなだめる母親のような声音で。


 ルーフは彼女の青い瞳を見て、そして背後に注がれている視線をはっきりと自覚する。


 怪物がこちらを見ている、彼はそう思った。

 だったらこのまま自分を喰らい尽くしてくれればいいのに、とも思う。


 だが一体そんな願いを、誰が叶えてくれるというのか。

 誰かに問われたとしても、ルーフに答えられるはずもなかった。

アンサー

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