林檎の収穫は忘れない
アップル
出典はともかく、行われた事象そのものは昨日とほとんど同じ。
「うんうん、いい感じに仕上がっていますね」
手の中に握られていた鍵、鍵だった物が長く大きく変形して、槍となったものを握りしめながら、キンシは満足気にうなずく。
チャリンチャリン、と金属の擦れる音がする。
長い武器を見上げながらメイがぼんやりと思ったことを口にしている。
「えっと、えーと? それで、その、魔法が使えるようになった、の、かしら?」
知らないことにたいして追及をする、口ぶりは怪しく視線は安定を求めて迷い続けている。
「トゥーさんの体内に巡る魔法的回路を使って、その中に直接方式を組みこませて……えー、その……」
メイの質問に理知的な回答をしようとして、しかしらしくない挙動にすぐさま脱落が襲ってきている。
「あーつまり? この鍵を直接トゥーさんの体にぶち込んで、僕の作った作品に関する情報を入力してもらった。と、そう思っておいてください……」
「なるほど、なるほどね」
何一つとして理解できない。
まず人間の、少なくとも外見上はそれ以外の何ものでもなさそうな生き物と、完全なる機械のパソコンをつなげるという行動自体、彼女の目には異常そのものにしか映っていないというのに。
なんで、どうして人の体から鍵が、魔法使いの商売道具である武器が引き抜かれて。
何でこの魔法使いはそれを当たり前のように受け取って、青年は、彼は?
無意味な不安だと分かってはいるものの、それでもメイはトゥーイの容体を確認せずにはいられない。
だけど心配をしたところで何の意味もない、もうすこしその事実に早く気づいていればよかったのに。
「トゥ、だいじょ……キャアアッ?」
そうすればそれまで必死に堪えていた悲鳴を、結局最大限の音量で捻り出すなどと、無作為な行動をせずに済んだものを。
しかし彼女は見てしまう。
「サルベージ………、残り一件、です」
青年の指がもう一度眼窩に伸ばされ、内部を無遠慮にまさぐり、あろうことか今度は大ぶりの黒々と長い刃が。
ズチズチと周囲の肉を削いでいるのにも構わず、一切の遠慮のない力で一気に引き抜かれている。
抜いた反動で彼の体液が、体の白さと相反するように赤々と色鮮やかな液体が周囲に散らばり、顔面には沢山の筋が後を追いかけている。
痛々しいとも言えそうにない、現実離れをし過ぎている惨状を、見なければ彼女の悲鳴は隠されたままだったと。
果たしてそうなのか? メイの中の無意識が疑問に思ったが、しかしその問いかけに答えるものがいるはずもなく。
「アップデートを、終了しました。実行を停止します」
簡単な事後報告の後、ノソノソとどこか間抜けっぽく机の下から這い出てくる青年の姿を、そして魔法使いと共にならんで武器を構えている。
「さて、いきましょうか」
そうして彼らは勝手気ままに、誰に確認をするでもなく部屋から出ていこうとする。
「メイさん」
呼ばれた彼女は身を固くする。
差し向けられた視線がほんの一瞬、酷く冷たく感じられた。
それは決定的なまでに他人の視線であり、そうでありながら、メイにとってどこか懐かしいものと思える。
「あんまり仮面君をお待たせしてしまったら、彼が可哀想ですからね。急ぎましょう」
武器を、使い方うんぬんかんぬんは理解できそうになくとも、ただ人の頭に振り落としてみればそれなりの有用性がありそうな。
そんな武器を握りしめている子供、大人とは遠く離れた姿をしている人間はじっと、部屋の外につががる場所へと視線を向けている。
その瞳は間違いなく意識の輝きがあり、だからこそメイはそこに込められている存在しない言葉に、言い様の無い恐怖を抱く。
しかしその感覚はすぐに、とある方向へと決着をする。
ああそうだった、そうだ、この目はあの時の彼の、まるで彼そのものではないか。
彼女が答えを得ている間、キンシは棒立ちになっている彼女の方を振り向く。
無表情、最初は何一つとして色が含まれていない。
大きさの有っていない眼鏡の奥で瞳孔が縦長に伸縮を、周囲の茶色はほとんど暗黒に近しい。
「さあ、メイさんこちらへ」
キンシという名の魔法使いが、メイと名乗る魔女に手を差し伸べる。
手癖のままに体を動かしてしまったのだろう、最初は左手が伸ばされていた。
肌の上に在りながら、疑いようもなく異物として肉に刻みつけられている。
人間的ではない左側。
キンシはすぐに考えを改めて、眉根に僅かな苦々しさを滲ませて。
「ええ、そうね」
だがメイはその手を逃さなかった。
差し出された物をこれ以上、何を拒む必要があるものか。
言葉として言うのも気が引けて、代わりと言わんばかりに体が先に行動を起こす。
キンシは彼女の行動に弱冠意外性を感じつつも、しかし瞳は部屋の外へ。
その先に広がる展開について、出来る限りの思索を、愚かなる脳味噌をフルに活用しながら活路を導き出そうと懸命に働かせている。
「さーて、まずは別の部屋で香水をつくっているであろう、オーギ先輩と合流しますか」
部屋の外はやはり本がたくさんあって、それ以外に何の特徴もない。
「やっぱりあの本は、彼が作ったものだったのね」
メイはトゥーイの腕の中で若干恥ずかしそうにしている。
最初こそ抵抗をしてみたものの、まるで水が流れるかのような所作で体を抱え上げられてしまったことにたいし、若干の居心地の悪さを抱いて。
だがそんな事を気にしている場合ではないと、メイはキンシに向けて会話を継続させる。
「なんだか魔法使いって、かってに魔法を使って好きに暮らしていると思っていたけれど。意外といろいろ大変なのね」
同情を差し向けたわけではない、純粋に思ったままの感想を口にしただけだった。
「んー、そうですかね」
だがキンシの方は思った以上に、自身が想定しているよりもはるか先の地点で、その言葉に動揺をきたしていた。
「人によって苦労はあるのでしょうけれど、でも、そんなのは外側からは見えませんし。みんな結局外側しか見えませんし」
今まで白色の中にいたせいで、部屋の外の色彩に目が異物感を訴えている。
ぼやける視界の中で、メイは魔法使いがどのような顔をしているのか、細かい所までは判別できそうにない。
「きっと誰にも、内情なんて誰も分からないんですよ。そして知った所で、それがなんだというんです。後悔をするくらいなら、最初から知りたくなかった。僕は時々、そう……」
言いかけた所で、キンシはすぐにこうべを垂れる。
「と、よりにもよって魔法使いがこんなことを言っては、それこそどうしようもありませんよね。いけないいけない、キンシたるもの、常に好奇心旺盛でなくては」
部屋の鍵をかける、大きさを変えるほどの気力はまだ取り戻せていないのか、拡大したままの槍状態で切っ先を扉に挿入している。
内部で金具が組み合わさる音を聞きながら、キンシは意識の外側で嫌悪感を目元に浮かばせている。
誰にも、他人に投げつれられることもないそれは自分の内側に、どろどろと毒のようにへばり付いて魔法使いの心情を蝕んでいる。
「さて、きっと先輩のことです、僕よりも早く作業を終わらせているに違いありません。今ごろはチンケでのろまな僕の作業スピードに対して、今後の対策を練っている所でしょう」
ずぷりと扉の穴から鍵を引っこ抜いて、長くなっているそれをそのままにキンシはほんの海を、来た道の中を戻ろうとして。
「あ、そう言えば」
不意にとまでは行かず、しかし割と唐突に振り向いて。
「林檎はしっかりと回収しましたか?」
多分トゥーイに向けた者だろう、メイにしてみれば意味不明でしかない確認をしてきた。
あなぽこ




