目玉の中に答えはある
眼球
言える資格はない、どこにも、一かけらだって存在していない。
「ちなみに広い意味でとらえるとしたら、僕も一応彼方さんの……。昨日貴女を捕食しようとして、そして今日という日にもこの世界で暴れ狂って、好き勝手仕様としていた彼らと同類。ということになるのでしょうか?」
自分で自分の言っていることにあまり納得をしていないのか、語尾を若干上げ気味にしているキンシに、メイは無駄だと分かっていながらも追及をせずにはいられない。
「同じって、あなたはどう見ても人間で、それ以外の何だというのよ」
信じていた物に裏切られる、なんて、そんな物語的美しさのある展開ではないにしても。
しかし、いきなり目の前で「私は怪物の仲間です」と自己紹介されて、一体どうしたら素直に受け止めることが出来ると。
むしろその方法さえ知っていたら、この世界に何も怖いことはないではないか。
「これですよ、これ」
慟哭じみた感情を内に、爆発しないよう必死に抑え込んでいる彼女に構うことなく、キンシは淡々と事実を述べ続ける。
自分に向けて手が伸ばされる、左手にメイはとっさの拒否反応をしかけて、すぐに体制を整える。
そして見せられているものに対して、一つコメントを。
「その左腕が、どうかしたの」
それは白い部屋の外でも見せられた、不思議な模様の入れ墨。
刺青と断定するのも怪しい、あまりにも肉体の一部として同化を果たしてしまっている。
どちらかといえば傷跡、火傷の後に出来るケロイドのような柔らかさのある。
「これ自体が、この肉体そのものは既に、彼方さんと。遠く彼方の世界に生きる彼らと、ほとんど近しい状態になっている」
素肌を見せて、しかし人間らしい皮膚がほとんど含まれていない。
模様は爪にまで至り、どこか痛々しさすら内包している。
「ときどき魔法を使う人々の中で、このように肉体が異様な変化を遂げる症例が、すでに幾つか確認されているのです」
左腕はすぐにしまわれる、魔女と視線を合わせないよう、それを相手に悟られないように、キンシはパソコン画面にラストスパートを吹っ掛ける。
「そしてそれらの症例は、ひとえに冥人と呼ばれ、一種の病気として扱われていた、そうな」
過去形、とメイが思っている。
キンシも作品の最後をなかなか決めかねているのか、次の言葉を上手く捻り出せないでいる。
「冥人、魔力回路系及び脳神経系列の疾患のことを指す」
突然間に男性の声が、トゥーイの音声装置から解説の続きが発せられ、魔女と魔法使いはその一瞬だけ同様の驚愕を抱いた。
二人の注目、眼球を介さなくとも目に見えない意識の矛先は真っ直ぐ彼に向けられいる。
そんな中で、トゥーイは未だ体育座りの姿勢のまま、サラリとキンシの説明を引き継いだ。
「現在の通説において魔力回路と精神をつかさどる神経は非常に密接しているのが常識だ。だとすればそれを行使する段階で、我々の精神に何ら影響が来さないことなどありえない。それが表面化したのがこの症状と言えば、彼らも納得するのだろうか?」
「うわ、わ、どうしたのトゥ?」
「あー、僕の代わりに教えてくれるのは助かりますが。しかしまた……随分と時代の古い資料を……」
魔女が驚き、魔法使いが呆れている。
二つの感情に言葉を届けるために、青年は機械を動かし続けた。
「冥人、そう呼称される症状には大きく分けて二パターンがある。一つは肉体そのものはこの世界、我々が生きる世界に由来していながら、その自己と肉体を保ったままに異世界の影響を受けた者」
「つまりは僕と」
キンシが左手を軽くかざす。
「オーギ先輩のことですね」
メイがパッと、視線は左手ではなく魔法使いの顔、顔面の動きに注がれる。
もう驚かない、決意したわけでもないのに反抗したくなる子供っぽさはどこから由来しているのか。
「オーギ先輩もまた、僕やトゥーさんよりは軽症ですけど、ちょっと風邪ぎみ程度かな?」
分かりやすい例えをしてくれようと、気遣いは誰にも届くことなく空中に溶けて消えている。
「彼らの社会的地位が確立されたのはごく最近、最近のことだ」
言葉を濁すキンシの合間をぬって、トゥーイが音声装置をもう一度動かし始める。
「医学的治療が進んでいなかった時代、彼らの職業は酷く限定されていた。やはりというべきか、それは魔法業務関係であり、主に彼方との戦闘がもっぱらであり、生命に対する危険性と倫理観が問われ続けている……」
「おっとトゥーさん、それ以上はノットですよ」
キンシが笑いながら青年を制止する。
顔だけは笑顔を浮かべているものの、声の調子に若干の焦りと嫌悪感が滲んでいる。
いとも簡単に察せられるほどの動揺を誤魔化すかのように、キンシは大きな呻き声を一つ吐き出した。
「さて、さてさて! お待たせしました、やっとこさ形になるものが作成できましたよっ」
椅子から激しく身を離す。
メイはてっきりそのままの勢いで、この部屋から脱するのかと思い込んでいたが。
「さて、もう大丈夫ですよ」
吐き出した二酸化炭素の激しさから一転して、キンシはいたって穏やかそうな呼吸の中で机の下をそっと覗きこむ。
そこには青年がいる、メイもすでにそのことを知っている。
深い関心があったわけではないが、それでもなんとなく気になって彼女もそこを覗いてみる。
「お疲れ様ですトゥーさん、解除をお願いします」
言葉こそ丁寧さを装っているものの、しかしそれは明確なる命令文であった。
「了解しました」
下された言葉に従って、人間とは呼べない存在に召された青年の腕が真っ直ぐ顔に伸びる。
「ひゃ」
ブチブチッ、と激しい音を奏でてコードが外される。
それは決して肉体の一部ではないと、そう理解してながらも光景の異常さにメイは反射的な恐怖を抱かざるを得ない。
しかし結局は最初に恐怖を抱いたことで、僅かながらでも心に耐性を組みこませることが出来たと。
次の瞬間に、彼女は自分自身にそう言い訳したくなった。
「アップデートの終了を確認しました、摘出を行います」
先ほどのおう行な文章とは異なる、ある意味いつも通りの機械的音声の後。
彼の右手は真っ直ぐ、ほぼ垂直に上昇して顔面に伸ばされる。
指は顔の右半分に、それまでコードがたくさん繋がれていた眼窩へ伸ばされて。
白い指先は内部へと入る、上と下のまぶたの間に迷いなく抉り込まれ、ねじ込まれる。
「う、う、わああ……」
人間の指が本来あるべきではない内部へと侵入し続けている、その様子にメイは目を逸らしたくなるが、それと同時に行われる事象から好奇心が強く惹きつけられている。
「サルベージ、………、サルベージ」
首輪から電子的でしかない音声を発する、指はそのまま手の平まで内部に達そうとしている。
そこで腕の動きが止まる、と思った矢先にトゥーイは一気に眼窩から指を引っこ抜いた。
挙動の唐突さにメイが悲鳴をあげようと、だがそのような暇も与えずに現れた物体の方に注目が集合させられる。
「あ、それって」
魔女が驚いている、その横でキンシは身を屈めて机の下に手を伸ばし。
そして青年から差し出されたそれを、青年の眼窩部分から引っこ抜かれたばかりの。
スケルトンキー状の魔法道具を、どことなく嬉しそうに受け取る。
「上手くアップデートできましたかな?」
自身の行動であるにもかかわらず、不慣れゆえにどうにも自信が持てない。
しかしキンシは確認を忘れないように、受け取った鍵を手の中くるくると回転させる。
そして天高く、掲げられた鍵が魔法的に変化を開始する。
あいボール




