異文化は中々に大変なのよ
ヘッドフォンを外した、メイの側頭部があらわになる。
ふわふわな幼女、彼女の耳には大きな花が、鮮やかで艶やかなピンク色の花が咲いていた。
否、それはキチンと観察すればちゃんとした聴覚器官であることを、キンシはすぐに確認している。
体に植物の特徴を宿している、この世界に存在している人間の種類の一つ。
キンシの脳内に検索のための単語が次々と入力された。
「これは、これって……」
調べている、いくつもの映像が新幹線並みの速さで通り過ぎてく。
なぜか結構昔にテレビで眺めたシャンプーのコマーシャルを、キンシは脈絡なく思い出していた。
考えている間は不自然なまでの沈黙だけが続いていた。
黙りこくってしまった。
会話の血管をぶつ切りにしたくなるほど、目の前の珍事が認め難かったのである。
「驚いた」
ようやく考え終えた。
ひとしきり思考を回し終えた、キンシが言葉を彼女に向けている。
「貴女は木々子だったんだね」
キンシがそう話している。
メイがそれに返事をしようとして。
「え、えと……」
しかして、いきなり自分の属している種類について、「あなたはホモ・サピエンスですね!」と道すがら高らかに宣言されたかのような、そんな脈絡の無さにメイが戸惑っている。
そこへ、先んじて魔法使いの言葉を受け入れたのは、メイと「同じ」に類することになったヒエオラ店長殿であった。
「そうだよー? コのこは多分ツバキの木々子だねー」
幼女の代弁をするかのように、ヒエオラ店長は魔法使いに簡単なあらましを語っていた。
彼は日々変わり者の客の対応を受け持っている影響か、その辺のいい加減な魔法使いよりもよっぽど不可解に慣れていたのである。
特に自分に害を与えず、むしろ同族に近しいと分かったことで、より見ず知らずの幼女に寄り添おうという意欲がわいてきていたらしい。
「でもおかしいな、おかしいというより不思議だな」
それまで踏み込む気も無かった幼女の内側に、店長殿は思いを巡らせる。
「メイちゃんは、顔以外ならどこからどう見ても春日なのに。なのにどうして木々子の花が咲いているんだ?」
その疑問はキンシも抱いていた。
「ヒエオラさん、春日と木々子同士が配合されたとして、メイさんのような性質を持った方が生まれたという事例を知っていますか?」
人の遺伝等々の確証たる知識を、キンシは持ち合わせていない。なので実例に、代々木々子の血統が続いている家族の末席に坐している店長殿に、とりあえず質問をしてみるしかなかった。
店長は耳花を揺らしながら、しばらく連絡を取り合っていない家族親類の思い出を掘り起こす。
そして一つの結論を下した。
「ううん、無いね。この子みたいに春日と木々子の斑入りみたいな感じの子は、今まで生きてきた中で見たことも聞いたことも無い」
店長は「斑入り」という混血の総称を使って持論を繰り広げた。
「木々子の血は、遺伝子っていうべきかな?それは結構頑固者でね、他の種族と交わって表面に出てきたことは、身内情報の中ではなかったなあ」
自分の親、その親、その更に前の親。のぼれる限りさかのぼってみても、目の前の幼女と近しい人物の話を聞いたことなどなかった。
「大体、この町でこんな田舎臭いこと言うのもアレだけれど、木々子と春日のカップルってそもそもあんま無いっていうか、好まれないっていうか…」
店長はそこで言葉を濁し始める。
しかしながら皆まで言われずとも、キンシはこの場面に蔓延る問題点を把握していた。
「そうですか、教えて頂きありがとうございました」
まずは礼を短く伝える。
「つまり、人種差別が発生しているのですね」
そして問題点を言葉の中に明記している。
「そんな、ハッキリ言わないでおくれよ……」
ヒエオラが、何か悪いものを目にしてしまったかのように、キンシの表現方法に苦言を呈している。
苦々しく思いながら、しかし彼は魔法使いの意見を否定しようとはしなかった。
指をこねる店長に簡素な礼を言って、キンシはさっさと思考の海にその身を沈めた。




