胸元にワンポイントなアクセント
ファッション。
「どうせしがない地方都市で、僕らはそこに住む地方都市糞野郎でしかない。そのはずだったんですよ。そのはずなのに、どうしてこんな事になってしまったのでしょうか」
それは質問のつもりなのか、だとしたらメイに答えられるはずがないのに。
「なんて、誰かに責任を求めた所で、理由が返ってくるはずもなし。ですけれど」
そしてそのままキンシは魔女を放置して、求められた作業の終了に向けて速度を増やす。
「あの黒いばけものたちは」
怒涛の情報量に呆けて、しかし魔女ゆえか意外にもすんなりと、大した違和感も抱かずに受け入れている。
自分自身にちぐはぐさを、メイは他にすることもなく上を見て、そこに揺らめく魔法の水を眺めつつ、ぽつりと呟いてみる。
「みんなあの傷にひきよせられて、ここに来ているのかしらね」
また作業の手が休む。
だが途切れた音はすぐに再開し、魔法使いは彼女の問いかけに律儀な答えを返す。
「その見解は少し、誤りがありますね」
情報に向かいかけていた瞳の先をもとの位置に戻す、メイの視線を浴びながらキンシは口を動かしていた。
「彼方さんが傷に誘導されるのではなく、傷そのものが彼方さんをこの世界に産み出していて」
「要するに、あの大きな傷があると、周りの人にも迷惑がかかる。それは一緒なんでしょ」
「んんんーまあ? まあまあまあ? それは、その通りです、けれども」
魔女からの追及に魔法使いは気まずそうにしている、目線は彼女から逸らしている、口元にはへらへらと軽薄な笑みが浮かんでいる。
「でもあれがないと一般の人の魔法クオリティも下がってしまいますし、それにあの女王に手を出そうと思うなら、まずアゲハ一家との衝突は免れませんし……」
はっきりと物事を言おうとしない、歯切れの悪い言いわけの数々。
「いまさら魔力鉱物産業を、それに基づく魔術師事業に文句を言う人も、あんまりいませんし。って、魔法使いが大衆の意見を気にしてどうする、ですよね」
「ああ、うん、いいのよ。へんなことを言ってごめんなさい」
どこでも、どの様に呼ばれ扱われ、色々な町であったとしても。
どうにもこうにも上手くいかず、しかしくっきりと気持ちよく区切ることもできない。
結局魔法の世界も、人間の産み出す文化でしかないのが、この世界。
と、言うところで。
「あ、そうだったわ。こんな話をしている場合じゃなかったのよ」
散々相手に説明をさせた上で、こんな言い方をするべきではないと、通り過ぎる語尾に後悔がくっ付いてくる。
だが相手の方は魔女の独などまるで気にかける様子もなく、平然と同様な様子で彼女の方をちらりと振り向く。
「ん? 何かほかにご用があったのですか?」
「私、トゥーイさんを探していて、あの……えっと……」
なんでわざわざそんな事を、今になって理由を考えておらず、胸の前で指を組んでしどろもどろと。
メイの様子に注目することもなしに、キンシはなんて事もなさそうに彼女の要求に答えている。
「ああ、トゥーさんですね。彼ならここに居ますよ?」
キンシは椅子に座ったままの姿勢で、大して体を動かすこともなしにとある方向を。
「え?」
それは机の下だった。
小説を書くための机、事務机のようであって、それよりは若干スペースの広い。
子供が使うにしてはサイズ感が合っていない、机の下には何もない空洞が。
なんて事はなく、机の上にパソコンがある限り、その周囲には機材の内部と繋がりを保つ電子信号が走っているはずであって。
だからそこには何かしらの機材が、四角くて無機物な金属の集合体が転がって、鈍い電子音をブツブツと這うように響かせている。
そうだと思い込んでいたのだが、しかし彼女の予想は外れていた。
メイが机の下、今まで気にしていなかった場所へ。
「……? なんにも無い、」
「いいえそれは誤りです」
「な、なああっ?」
そこには青年の姿があった。
背の高い青年がダルマのように身をちぢこませている。なぜ、どうして? 今まで気付かなかった、気付けなかったのだろう。
「いつからそこにっ」
「ついには最初からモーガンは認識を阻害する」
机の下ですっぽりと体育座りをしている、青年の視線は何の変化もなさそうに、その瞳はじっと幼女を視認していたらしい。
「私はここに居ます」
「それは、わかるけど……」
メイは戸惑っていた。
そしてルーフは戸惑っていた。
「えー………、………。ん? え?」
口の中からは不明瞭と不可解を大量に集め大鍋で煮詰め、そこから発生した湯気のような声がソロリソロリと漏れ出ている。
魔法で椅子ごと運ばれて、どこかの建物の中を移動していた。
長い廊下には適度に照明が灯されている、それは内部に何らかの鉱物を内蔵している物とは違い、白く着色されたガラス管の内部に電力を流すタイプ。
この世界のどこにでも存在していそうな、本来ならば人間の視覚に安心感を与えるはずの光度。
しかし今のルーフにとってそれらの色合いは人の骨のようにしか見えない。
天井の照明にわざわざケチをつけたくなるほどに、周囲の光景は何の変哲もなく、延々と無機質が続くばかり。
「なあ、ここってどこなんだ」
答えてもらえるなどと、よもやそのような甘い理想を抱けるはずもなく。
しかし他にすることも、出来る事もないと、せめて口だけでも動かさないと少年の心はいよいよ崩壊をきたすのではないか。
強迫的な観念に囚われかけている、彼は動けるだけの範囲でずっと周囲を確認している。
「さっきからずっと風景が変わらねえし………、外は今どうなっているんだ」
しかし得られるものなどほとんどなく、見えるのは寒色系の色合いにカラーリングされた幾何学模様、つまりは壁ばかりで、そもそも風景と呼ぶべき景色すら確認できない。
「壁、壁、壁ばかり。なあ、ここってもしかして」
言いかけた所で、ルーフは男女の雰囲気がスッと変わるのを感じ取る。
「お嬢様、お嬢さん、モアさんよ」
いちおう魔法を使うのに集中力を割いていたらしい、それまでは少年の隣に追従していたハリは、とある地点に辿り着いたところでそそくさとモアの方に駆け寄る。
「そろそろ、この辺りなら安全だと思うのですけれど。どうでしょうか?」
何の話を、ルーフは気になって、しかし体に自由は効かず、椅子の上で男女の会話を盗み聞くことしか出来ないでいる。
「これ以上深くなると、こちら側の手の内が」
「そうかなあ、ワタシとしてはもうちょっと大丈夫だと思うけれど」
「ですが」
「わかったわかった、そんなに言うならここにするよ」
大体、というかほとんどはこんな感じ。
盗聴を図ってはみたものの、結局何ひとつとして内容を理解することは叶わなかった。
「よーしよしよし、よし、と」
少年が落胆している間に、モアという名の少女はおもむろに壁へと近づき、一定の間隔で変化の無い童謡を描いている模様を、まるで何か見定めるかのように触りはじめている。
「うん、この辺りにしようかな。どうかしら、ねえ、ハリ?」
一応と、それ以外の感情は何一つとして含まれていない。
そんな視線を黒髪の男に向けてくる。
「んー、そうですね。ボクもその辺りでいいと思いますよ、とりあえずの安全基準は満たしていそうですし」
尻尾の先を少し曲げて、頭部に生えた三角形の黒い耳は少女の指し示す方向に真っ直ぐ注意を向けている。
「お嬢さんのお好きなように、さあどうぞ」
ハリに促された少女は特にわかりやすい反応もなしに、無言と無表情の挙動で胸元に手を伸ばす。
白く細い指が伸ばされたそこには服の装飾の一部が。
ルーフにとってはそうにしか見えない、金属質のブローチが縫い止められている。
モアは迷いのない手つきでそれを外し、なにやらカチャカチャと物をいじくり始める。
パカッ、と、何か硬い物が外れる音がした。
服飾怪物。




