結局都心には勝てない
苛々とすすむ。
「この図書館は魔法の図書館であると、先述しましたよね」
瞳に宿った感情の正体を誰にも悟られないように、キンシは急いで話の展開を進めようとする。
「これがまさしく、キンシである僕が収集を行い、実行しなくてはならない資料なんですよ」
どこか自信に満ち溢れてさえいる、そんな挙動で掲げられる資料を。
どこにでもありそうな本を見せつけられて、当然のことながらメイは供述と現実の齟齬に戸惑うことしか出来ないでいる。
「えっと、キンシちゃん。あなたの意見を否定したくはないけれど、でも、ワタシにはそれが魔法だとは到底おもえないのだけど……」
メイの否定に魔法使いは少し驚いたような顔をして、しかしすぐにやんわりと肯定の意を相手に伝えようとする。
「そうですよねー、まさかインターネット書店で自費出版しているレシピ本が、よもや魔法使いによる魔法のレシピ本だとは、まさかのよもや、誰も思いませんよねー。いやー僕も思うんですよ? もう少し表紙デザインに格式の高さを……」
魔法使いが何か、勝手な持論を繰り広げようとしている。
それを眺めて、メイは話題からそれていることについて考えをグルグルと巡らせていた。
作品が、創作物が魔法使いの魔力の源となる。にわかには信じられない、いくらなんでも基準が曖昧でアバウトすぎて、長々と説明を垂れ流した割には何一つとして説得力を得られていないではないか。
不十分な供述に不満足が暴れ狂おうとしている。
しかしその下で同時に冷静を装った納得が、夏場の雑草のような速度で強固な根を張ろうとしている。
理論などと堂々と当たり前な名前を与える事すら疎ましい、いぶかしさしかない。
そんな魔法使いの理論ですら、彼女の脳は世界のルールとして、一たす一が二であるという事実を許容できてしまえるように、メイはキンシの言葉をすんなりと受け入れてしまう。
理由なんてものは無い、せめてどこかしらに一かけらでも存在してくれれば。
彼女は瞬間の中でそう願ったが、すべて無駄でしかなかった。
わかるものはわかってしまう、理由は特にない。あえて無理矢理付着させるとすれば、彼女自身が魔女として生まれてきたから、その一つに限定されて収束する。
「色々と教えてくれてありがとう」
魔女はとりあえず魔法使いに簡単な礼を伝えた後、スッと目を細めて催促じみた視線を送る。
「それで、あなたの魔法はそのぐらいでだいぶ終わったのかしら? その辺はキチンとしているのよね」
締め切りはもはや一刻の猶予も許さない、それとなく予感をさせた上で向けられた緊張感に、相手がたじろぎを見せている。
その様子に少々の苛立ちと、しかしそれを凌駕する嗜虐心に彼女の心が震えている。
感情をしっかりと味わっている、しかし不必要な請求は相手の行動をむしろ限定させてしまうと。
「その様子だとまだ、まだまだまだ、時間がかかりそうね。うん、もうすこしお話でもしてみましょうか。さあ、作業をつづけて」
催促をされて若干居心地を悪そうにしている、そんな相手の背後をしっかりと捕えたままに、メイは今度はこちらから会話を持ちかけようとする。
「そうね、色々と教えてもらったついでに、私からも気になっていることを質問してみようかしら」
事は一刻を争う、そのはずなのに、そうであるにもかかわらず、意味不明で行方不明な持論ばかりを繰り広げて、何ひとつとして実になることをしようとしていなかった。
後悔と焦りの中で作成をつづける魔法使いの背中に向けて、魔女はせっかくならばと、気になっていた情報について検索をかけてみる。
「こんな事をいまさら聞くのもあれだけれど、この町は。灰笛はどうして魔法使いの町と、そんな名前で呼ばれているのかしら。その辺の事情について、さっきの事実を踏まえてくわしく教えてちょうだい」
「ああ、それですか」
終了を求める視線を、その存在自体はさっきからずっとあったにしても、無自覚とそうでないとの境界線は海溝の如く深々と底が見えない。
「それはまあ、空の上を見ていただければ……。って、今は見えないか」
とっさに誘導された方向を見る、そこには緩やかに動く色鮮やかなきらめきしか見えない。
「でも、まあ、根本的には似たようなものと思ってください」
「と、いいますと」
他に見るべきものもなしと、気まぐれに上を眺めている魔女にキンシは辺り間といった様子で、魔法の仕組みを適当に説明する。
「魔法鉱物ですよ、丁度今日の僕の仕事現場がそれにあたるのですが。あそこから出てくる水が、魔法使いの創作物にですね、実体感のある影響力を附属して……」
「ちょ、ちょっとまって、話についていけないわ。もう少しゆっくり」
これ以上の展開など予測していなかった、しかし新たに登場した事実にようやく取り戻しかけていた余裕を呆気なく瓦解している。
彼女の動揺を他所に、キンシは魔法の生地をかたかたと捏ね繰り回しながら、ありのままの事実を伝える。
「だから水ですよ、ほら、この町の空にも大きいのがひとつ、あるじゃないですか。そこを中心として、世界に生まれた傷口から漏れる水が、魔力のエネルギーの基本となっているんです。
そうですねえ……いま作っているこれが生地だとすれば、傷口から漏れる水は生地を膨らませるイースト菌、いや、風味をたすバターか。いや? むしろ焼くためのオーブン装置そのもの……?」
「キンシちゃん、興奮しているところ悪いけど、手を休めないで。あと、もう少しわかりやすく教えて」
勝手に進められる展開の中、キンシは相手の要求にどこか機械然とした素早さで対応をする。
「この町って空に大きい傷があるじゃないですか。この世界にはあちらこちらにああいうのがあって、そこから漏れている水、って呼ばれているエネルギー体が、いわば魔力の源の一環を担っているんですよ。ここまでは分かりますか?」
つまりはマジックポイント的なものか、こうして現実でそのような存在を確認できてしまうことに、メイは若干の違和感を覚える。
「水って呼ばれているのは、そのネーミングセンスの欠落は別として。それ自体は人間の体内にもすでに、十分すぎるほどたくさん含まれていて。特に何の特別性もなく、世界中のあちこちに存在しているから、そう呼ばれているらしいですけれど」
せめてもう少し特別性をもたせるべきではないのか、魔女と魔法使いの思惑は世界に通用しないようだった。
「それでもって、たまたまこの場所には大きな大きな傷が開いて。……その時はすごい被害が出たそうですけど……。……ともかく、そうして生まれた傷と、そこから漏れる大量の水。そして周囲に開かれた魔力鉱物の鉱脈。それらの要因が、この灰笛を魔法使いの町と呼ばれるべき要素を担っているのです」
魔女に釣られたわけではないにしても、なぜか魔法使いも上を見る。
「つまりは、そうなったからそうなってしまった。しか、言い様がありませんね。すみません、歴史に関してはあまり詳しくないもので」
「そう、そうなの」
情報源がこれ以上の行動をできないと申告している、今はそれを受け入れるしかないと彼女は早々に諦めをつけて。
「つまりはこういうことなのかしら」
唇は獲得した情報をもとに、自分なりの答えを言葉として現実の空気を振動させる。
「この町では魔力の源になるエネルギーがたくさんあるから、それらをもとめてあちこちから魔法使いだったり魔術師だったり、あるいは魔女……。とにかく色々な人が集まって」
回答文をまとめようとして、しかし彼女は途中で力尽きたかのように虚ろが支配する。
単に首を上に向け続けていて痛くなってきたことも関係しているが、これ以上理屈をこねて考えたら何か、大事な物まで失いそうな。
そんな予感が。
画面の向こうじゃ殺せない。




