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彼女が魔法について語る二三の出来事

真剣さが足りない。

 事実自体は既に何度も、飽きるほどに聞かされてはいる。

 

 しかしこうして実際の物を見せられて、いざ「魔法を作っているのです」などと、いかにも自信ありげに説明されたところで、「はい、そうですか」と納得できる人間が、はたしてどれくらいいるのだろう。


 とりあえずメイとしては間違いなく、そんな許容力を有している人間ではないことは確実であった。


「魔法をつくるって……、えっと、それが?」


 メイはキンシの方を指さす、白い爪先は人間に固定されずその向こう、物言わぬ機械の内部へと直進している。


 そのゴミみたいにつまらない小説が、魔法だって言うの?

「その……素敵に、おもしろい作品が、つまりのところ、魔法と言いたい。なのかしら?」


 口から洩れそうになる本音を徹底的に噛み殺そうとして、しかし結局は若干失敗に終わっている。


 その様子に気づいているのか、いないのか。せめて先ほど脳内で垂れ流した独り言だけでも、無事に隠蔽(いんぺい)できていてほしい。


 そんな魔女の懇願すらあざ笑うかのように、本人には限りなくその意識は無いにしても、キンシの笑みは彼女の心を不安にさせている。


「こんな所で、こんな状況にこんな状態で、失礼を重ねますが。一つ、説明してもよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


 作品の批評に同情心を含ませてはいけない、という持論ははたして幼女のものか、それとも魔女に由来しているものなのか。


 どちらにせよ、これ以上間延びした展開は必要ない、ということだけは分かっている。


「でも、出来るだけ早くすませてちょうだい」


「了解しました」


 キンシはもう一度作業に戻り、手を動かしながらのついでに唇の方も忙しくうごめかせ始める。


「現時点の世界線において、この場所にとっての魔法、それにるいする概念は様々な形があります。AからZ、一から百まで。それはもう沢山、数えきれないほど沢山」


 五十、五十一、指は次々と記号を叩き、変換を繰り返して文章を積み上げていく。


 その様子は先ほどの停滞感と同様に見えていながら、しかし何かが決定的に異なっている。


 何か、の内容は一体なんなのか、その辺について問われたらメイには曖昧な回答しか出来ないのだが。


 それでも作業の継続は行われている、その事実を変えないように彼女は魔法使いの言葉の続きをそっと期待してみる。


「世界中の人々が、そこに水があって、その気があれば誰でも魔力を使うことが出来る。そんな世界において僕たち魔法使いがどうして、他の人々と異なる性質として扱われているのか」


 どこかで聞いたことのある言い回し、多分記憶の中で遭遇を経験した人間の誰かが、そのような疑問を抱いていたのだろうか。


「それは一重に創作にかかっているのです。作ること、創ること、造ること……。自己の内層に渦巻く欲望、愛か憎しみか、感情の無いように関係なく、それらを意識の上層へ向けて表現する」


 ポカンと、見た目だけならそういった可愛らしさがある、しかし内心はとてもそのように穏やかとは言えない。


 そんな魔女の困惑を見ようともせずに、しかしある程度の予想は出来ていそうな面持ちで、キンシはいたって真面目そうに解説らしき言い回しを続ける。


「奇跡とまではいかなくても、魔法ならどこにでもある時代。

 魔法使いはオリジナルの作品を作り、それをおのれの意識の内に留め、そこで初めて自分だけの、他の何ものでもない自分自身の魔力を使えるようになる。って、今のところはそんな感じになっています」


 口は忙しく、それと同様に指先は動き続けて、そのどちらも記す言葉は完全に方向性が異なっている。


「おとぎ話や漫画や絵本だったり、夢物語やら海物語みたいにウキウキわくわくな世界観。

 舌を噛みそうな呪文や、分厚い魔術所。おもちゃ売り場で販売してそうなステッキ。

 これらをすべて魔法として使うためには、自分で作ったという事実がないとダメなんです。

 他の誰かが作ったものを使うとすれば、祖霊は魔法ではなく魔術、と区分されることになります」


 一区切りの後で、キンシは指で唇を触りそうになり、寸前で思いとどまる。


「つまり、料理を自分で作って食べるか、あるいはすでに完成された物を買って食べるか。そんな感じですね」


「ふんーんん……、んん?」


 分かるようで、よく分からないでいる。

 魔法使いと魔女の方向性の違いにキンシは少しだけ面白くなりながら、やはり作業の手は休めようとしない。


「何にしても、魔法使いとして魔法を使うのは、水道から水が出てくることと同じくらい重要な構造とルール。約束事が必要なんです」


「魔法使いの約束事」


 実際に口にしてみればなんとも陳腐で、そのくせ面倒くささだけは一丁前に威張っている。


 そんな言葉を口にする魔女をちらりと横目に、キンシの口元には相変わらず笑みが浮かんでいる。


「約束事、その通りですよメイさん。水が氷れば硬くなる、草に水を与えれば育ち、土は湿って火は弱く……」


 言葉が滑る、滑って流れ落ちて。


「火は全てを燃やして、やがては灰に。灰は? 一体何を? 水に溶かすこともできない」


「キンシちゃん?」


「いえ、失礼しました、話が脱線しかけてました。えっと……なんでしたっけ」


 タイピングの音が一間空く、だが空白はごくごく短い。


「うん、魔法についてですね。

 つまりそのように、人知れず口にする言葉の中にも、そこに人間としての意識が通っている限り、それは人間の作った魔力の一部ということになる。


 魔法使いはそれを限りなく自分のものとして扱う。本来は目に見えない人々の意識、ここではいちおう神の御業とでも扱いましょうか。


 そんな曖昧なものをあえて自分オリジナルにしてしまう、したと、そういうことにする。

 として、我々魔法使いはその見えざる視線から、力の欠片を少しだけ拝借して、しれっと自分のものとして扱う。つまりはそういうことなんですよ」


 これも誰かの受け売りなのか、もしかしたら先代のキンシにでも教えてもらったのかもしれない。


 目の前にいるキンシはパソコンを見て、作品を確認しながら世界のルールーについてとつとつと語っている。


「この世界に満ちている魔法の力、水のように柔らかく、実態が不確かで。それらは不完全な世界でこそ、その本領を発揮することが出来る。とされています。


 何故なら魔力は、水は既に人の脳に満たされているのですから。


 魔法使いなんてものは所詮、元々ある材料から勝手に持ちよって、自分の好きなものを勝手に作っているにすぎないんですよ」


「うんー、ん……わかるような、何ひとつとして、わからないような」


 予想以上に壮大そうで、実のところあまり大したことでもなさそうな。


 魔法使いの作業現場を眺めながら、メイはぼんやりと情報を脳の中で積み木のように積み重ねていく。


「魔力は誰にでもあって、魔術は包丁みたいに使い方を勉強すれば誰でも握ること自体は出来る。けれど、そこからどんな形に野菜を切るか、その辺の自由が魔法使いの領分。とでも言いましょうか」


 上手い例えでもしてみようかと試みて、しかしキンシはすぐに挫折する。


「うん、実のところ僕もよく分からないんですよ。結局全部一緒じゃないかって、常々疑問に思っちゃいます」


 そう言いながらも、瞳の力はしっかりと正体をとらえている。


 何か、行動をしたものにしか見えない領域でもあるのかと、メイはそれを眺めながら思っていた。


「何にしても、この灰笛において魔法使いとは、創作という行為によって形成した人の意識、作品を核に、魔力を生み出し魔法を表現するもの。

 

 いや? 創作そのものが人の意識によるものなのか。魔力が先か魔法使いが先か、それは判断し辛い。

 ……いずれにしても世界に表現するという意味においては同様なのか。


 想像、創造、考えは尽きない、何にしても人がいる限り魔法使いは止まらない。


 そういった存在をのことを魔法使いとして扱い、時に尊び、時に憐れみ、大体は意味不明な存在として遠巻きに……。

 そんな感じで日々ご飯を食べてお風呂に入って、布団で眠り、朝と夜を通り抜けて暮している。というわけです」


 エンターキーがひとつ鳴る、どうやら作業が一区切りついたらしい。


「僕の場合はこの画面の中にある文章で、先輩の場合は、たしか香りの調合でしたね」


「香りの調合?」


 いきなり話の方向が変わり、変化についていく暇もなくメイは思いついたままのことを言葉にする。


「香り、香水とかかしら」


 キンシが魔女の方に振り向き、明朗な表情を花開かせる。


「おお! まさしくザッツライト。えっと、どこに置きましたっけ……」


 そしてもう一度クルリと作業台へ戻り、机の上に放置していた資料の中から一冊の本を取り出す。


「これですね、これがオーギ先輩にとっての魔法、のタネ。パンを作るための生地、ということになりますでしょうか」


 思わぬところでこの世界のルールを知ってしまった。

 

 だが彼女の視線はそんな遠い彼方の約束事以上に、今は目の前の事実に対して向けられている。


「それって、さっき私が読んでいた。えっと、コック? ポップ?」


 魔法使いの手の中にある本、それはメイがこの白い部屋で初めて触れた本の一つ。


「ムック本ですね、ひろい意味ではレシピ本ということになりますでしょうか」


 季節の香りを特集した、その辺の本屋や通信販売で売り出されていそうな。


 何の変哲もない、どこにでもありそうな本。


「先輩は既に魔法使いとして、このように完成された魔法を世界に与えているのですよ。いやはや、敬服ここに極まれり、です。僕はまだ、自分の作品で人の心に影響を与えたことは、限りなくゼロに等しいですから……」


 本を開いて中身を見る、魔法使いの瞳には確かに尊敬の念がともっていて。


 しかし同時にその奥底には暗い、黒々とした嫉妬の念が存在していることを、魔女は決して見逃さなかった。

破滅を願うほどに嫌い。

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