空白に骨を埋めて
意外と難しかったです。
憎悪という名前の感情を、人生の中で果たしてどれぐらい自身の心として生みだせるのか。
そのような激烈で、強烈な経験をどれだけ経験できるかどうか。
世の中の常として、「平和が一番」「争いは良くない、悪いこと、みんな仲良くしましょう」的な。
低学年児童をたくさん詰め込んだ教室、底の黒板の上に張り出されて、一年の終わり辺りには糊が渇いてシワシワのかぺかぺになっている。
薄くて、軽薄で、薄っぺらすぎて、むしろ悲劇の頂点に上り詰めてそのまま、崖下の荒波に転落溺死してしまいそう。
なんて、それはいくらでも言いすぎかもしれない。
だけどやっぱりそれは絵空事でしかないと、いまどきフィクションでもそんなものは受け入れられそうにないのに。
彼女は、メイはそう思わざるを得ない。思わなくては、考えなくては何か大切なものが崩れてしまいそうな、そんな強迫観念に問われていた。
目を閉じて深呼吸を繰り返す。酸素と二酸化炭素が行き来を繰り返す、肉体の持ち主から下される命令を律儀に順守している。
だが胸の動悸は、心臓を構成している朱色の肉の塊から放たれる荒ぶりは一向に収まりを見せず、それどころか燃料をもたらしたことによって、よりその横暴さを露わにし始める。
血管の織り成すプクプクとした膨らみの下、ブクブクと脈打つ血液の激流。
それは生きている実感であり、同時に生命のともった肉の醜悪な下劣と下賤でもある。
気持ち悪いと思っていた。
幼女の体が吐き気に震え、その肌は羽をむしられたばかりの鳥類のように粟立っている。
嘔吐をこらえ、内層に膨れ上がった熱は瞬時に冬の明朝のような冷たさへと変化する。
メイは寒気を覚えてわが身を掻き抱く、少しでも肌に熱を与えたかったのだが、しかしそれらの行動はすべて無駄に終わる。
全ては無駄だった、いくらメイ自身が現実逃避を行ったとこで、視界に入ってきてしまった情報に対する嫌悪感が完全に消失するはずもなく。
むしろ拒絶感を示そうとすればするほど、受けたダメージは物理的じみた存在感をもって彼女の心理を深く抉りとろうとする。
「ああ……」
彼女のまつげが真冬の枯草のように震えている、その奥にある瞳はもう一度そこへ、豆腐のような価値をしているパソコンの電子画面、明滅する内部へと吸い込まれて。
もう一度そこに書いてある文字の塊を呼んで。
「つまらないわね、なにが面白いのかしら?」
彼女の唇は、一度はあきらめかけていた。そんな優しさを見せようとして、結局は憎悪に突き動かされるままに己の本懐を果たしてしまう。
「……」
誰も何も、それ以上は何も言わない。沈黙だけが場面を支配している、聞こえるのはパソコンの画面から発せられる電子音の微かな囁きだけ。
彼女の周囲は何も変わらない、あるのは音も何もない無呼吸の図書館ばかり。
言葉を発してしまった公開よりも早く、彼女の心には卑しい安息感が満たされようとしている。
その感想を胸に、メイはもう一度パソコンの中にかかれている作品、形としてはそう呼ぶほかない代物に目を向ける。
それは小説だった、それ以外に何物としても言えそうにない。文字と文字、単語と単語を連ね重ねあわせて、いま彼女たちが存在している国家の言語文化に則した文章表現をしている。
そういった表現方法に基づいて判断を、許容をしてみればつまりそういうことになるのだろう。
これは小説であると、彼女はそのことを認めなくてはならない。
だけど、どうしてもその判断ですべてをきめつけるなどと、そこまでの思い切りも出来ないでいるのも確かな事実。
なんといってもつまらないのだ、面白くない、凡庸で平坦としていて、毒にも薬にもなれそうにない。
まるで顎を上に向けて、落ちてくる雨水と塵と埃を口に含ませる行為をひたすらに、固定された笑顔を浮かべたまま行い続けているような。
いや、むしろそのような形容に則った行動をしていた方が、よっぽど人生に彩りを与えてくれるかもしれない。
なんというか、なんといっても、面白くない。それ以外に何も言えないし、やっぱりそれ以上の適切な感想を言えそうにない。
無駄が多くて長ったらしい心理描写、一見丁寧そうに見える風景描写も、よく見てみればごく当たり前のことをそれっぽく、大仰な脚色と言葉選びをして助長気味に伸ばし続けているだけ。
先述した心理描写においても長さの割には大体同様のことしか述べておらず、しかもその内容はジメジメと、もしも文章に実体があるとすれば、それはきっと風邪をこじらせた後の鼻腔部分に等しい感触があるに違いない。
要するに暗い、暗くて黒々としていて、その大体が認めたくない現実に対する逃避行為と、薄っぺらくて何一つとして有意義な内容の伴っていない後悔と、先行きに対する甘ったれた、焼け焦げた砂糖のような諦めばかり。
何一つとして現状が進まない、こんなどうでもいい場面に文章と文字数をさいて、肝心な内容がちっとも進まない。
ずっと読んでいると眩暈と吐き気がする、体内のナトリウムはしっかり足りているはずなのに、虚偽的な渇きが読者にいちじるしく苦痛を与える。
それはまるで自分で自分の肉を締め付け、冷たい紫色になるまで鬱血さるかのような無意味さを連想させる。
地の分で一生懸命世界観の風景を伝えようとしている、その努力は感じ取れる。
だが力の入れ具合がまるで他人に向けられるべきものではなく、当人の内部でばかり自己完結をしているに過ぎない。
表現力が絶望的に不足している、欠落をリストアップすればきりがなく、果てのない意味不明ばかりが苛々と募り積み重ねられてくる。
舞台設定の稚拙さはまあ、作品の多生の油断として許すとしても、しかしそれだけではこの小説の問題点の一部でしかないのだ。
文章そのものの魅力は、そんなものは個人の好みでしかないと、メイは諦めようとする。
諦めて、妥協したその隙間にすかさずキャラクターの不十分が介入してくるのだ。
キャラクター、登場人物にまるで魅力を感じられない。
とりあえず一面だけ、正確な文字数は測れないにしても、少なくとも原稿用紙一枚分は呼んだことになっている。
そういった行為をした彼女の内部には、とりあえずそれまでの場面に登場したひとりの人間に対して主人公的価値を見出している。
そうしているが故に、そのメイはそのキャラに何一つとして魅力を感じられない。
情報が少ないのだ、こちら側に与えられる情報があまりにも少なすぎる。そもそもページ半分にわたってキャラの名前すら出てこないとは、それは小説として致命的なのではなかろうか?
台詞回しも違和感しかなく、コッテリ太麺の味噌ラーメンにクリーミーなレアチーズケーキをぶち込んでしまったかのような。
とにかく前後関係も脈絡は無い、酷く気持ち悪い違和感しかない。
それぞれ違うキャラが話しているはずなのに、どこかテンプレじみたものを匂わせている。
つまりは作者の語彙の少なさがキャラの個性に弊害を与えているのだ。
害はそのままウイルスの如き猛威で増殖を果たし、少しでもこの作品に楽しみを見出そうとするけなげでいじらしい探究心ですら踏みにじろうとてくる。
大体なんだというのだ? 意味が分からない、というか、そもそも分かりたいと、能動的な欲求すら引き起こされないのだ。
意味が分からないと言えば、登場人物のこのネーミングは一体なんなのだろう。
一見して奇妙さを狙っているのか、そのぐらいしか魅力を掘り出せない。
絶妙にセンスがなく、絶望的にユーモアが欠損をきたしている。
暗い、みんなわがままで一貫性がなく、場面場面、要所要所でコロコロと意見を変えて、そんな所ばかり忙しそうにしている。
一見丁寧さを装っているが、羽織るだけで真の意味の物語役割を担っていない。
逃げてばかり、礼儀だけを正しくして、形骸だけを整えるのに忙しい。
それなのにそこかしこに人間らしさが、人間としてあまり美しくない、ヌラヌラとした体液のような腐食ばかりが臭気を放っている。
とてつもなく気持ち悪い、この小説はとてつもなく気持ち悪い、気持ち悪くてつまらない。
とにかくつまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない。
つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない。
つまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらない
「……」
つまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらな いつまらないつまら いつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらない まらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまら な いつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつ らないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつ らないつまら つまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまら ないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつ いつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまら ないつ らないつまら いつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまら ないつまら ないつ らないつまら いつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまら いつま つまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらないつまらない。
面白くなかった。
未練たらたらのうわごとでした。




