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最近はあまり貰っていないな
とても本音が、ここのそこからに由来する本心が許容されるような、そんな生易しい環境でない事は予想する必要すらない。
しかしどうしてこんなにも。
「さあさあ、さあ、どうです? 読んでますか、呼んでますよね。面白いかどうか、ぜひともご意見を」
一度読んだ本を、ごく最近に読んだばかりの本を無理やり読まされるという行為が、こんなにも心へ悲惨な負担をかけるものだとは。
知らなかった事象、知りたくもなかった事柄にルーフが人知れず冷め切った感心を抱いている。
そんな彼の反応を見ながら、数秒ほど無味無臭な空間がその場に満たされていた。
「………」
「あれ、また沈黙ですよ。これはどういうことでしょうかね」
いつまで待っても求めるものが返ってこない、ハリは早々に諦めをつけて文庫本を少年の鼻先から離す。
「唇を横一文字にだんまりと、まるで父親を目前にした思春期の娘さんのよう」
訳の分からない行動のままに、意味不明な例え話をしているハリ。
「まるでというか、殿下の年齢的にはまさしくそう呼ばれる肉体の移行期まっただ中、だと思うのだけれど」
やはり彼の代わりのつもりだとか、そんな雰囲気は一切感じられないにしても。
結局モアが少年の答えるべき返答を代行する形となる。
「ねえハリ、今日という日が人生において貴重な時間であるという、貴方の意見にはとても賛同できるけれど。でも、自分の興味がある事柄が、他人にも共通しているだとか。そんな思い込みをしてはいけないわ」
モアは腕を伸ばして、そうすると衣服に装飾されたフリルやらその他のアクセサリーがふるふると震えている。
かなり暑苦しそうな腕を真っ直ぐ、ハリの手の中にある一冊に伸ばして、サラリと軽々しくそれをつまみ上げる。
「大体興味もないものを延々と見せつけられるのって、とても鬱々で苦痛だと。貴方にはそれがわからないのかしら?」
手に取ったそれをパラリパラリと軽くめくる、向けられる視線はひどく平坦としている。
「んー? あー……なにコレ、ものすごく、えっと、……うん」
何か感想を言おうとしている、だが物自体があまりにも自身の趣向にそぐわないが故に、ルーフと負けず劣らずの感想しか言えないでいる。
つまらない、彼女にとってはそういう認識となってしまう。
「ふんふふーん♪ ふふふふーん♫」
興味のない事物に対して、苦悶じみた表情を浮かべてしまっている。
少女の隣でハリは他人行儀に鼻歌を口ずさんでいた。
「ふふふ、んん……? ……ふふふふーん?」
しかしだいぶ記憶が不確かになっているのか、音色は所々ずさんで雑なものになってしまっている。
そんな不協和音を唇から漏れ出させて、だがその視線はじっと一方に、椅子に座っているルーフのもとに固定されている。
真っ直ぐ、まるで金属質の刃物のように強靭な視線の向こう側。
色鮮やかにキラキラと煌めく黄色の右目はいたって穏やかそうに、まるで近所の元気ハツラツな悪ガキを相手しているかのような、そんな穏やかさすら感じさせる。
だがルーフにはわかっていた、他人のことなんて何もわかりたくないと。年齢的、精神的、そして環境によってそんな心理状態に絶賛おちいっている。
そんな彼にも今だけは、この男のことだけについてはどうしようもなく、とても気持ち悪い共感を抱かずには、そうせずにはいられない。
「あー駄目だな、今日は色々ありすぎて、好きな歌のメロディーすらも忘れかけている」
少し気恥しそうに、その表所が演技なのかどうか関係なく、左の指が首元に添えられているのは代わりのない事実で。
「やっぱりボクのように弱い人間は駄目ですね、すぐに、あっという間に、大事なことすら忘れてしまいそうになる」
ハリはルーフに話しかけている、だがきっと、おそらく以上にほぼ確実に、彼は少年からの答えなどまるで、毛ほども期待してなどいないのだ。
それは仕事だとか監禁相手との馴れ合い云々、そんな明確な理由などではないと、ルーフもようやく薄っすらと感付く。
自分は嫌悪されている、それが彼らとの間に許されたただ一つの関係性だった。
お互いがお互いをひどく嫌い、おぞましいものとして、そこには憎しみすら存在していると言えよう。
「ねえ、王子。王子様」
モアが一通り、目次からプロローグにいたるまで流し読みをして、そうすることでようやく一つの諦めを見出せるようになっている。
そのすぐ隣、手を伸ばせば彼女の体にすぐ触られるほどの距離感。
それを保ったままに、ハリは椅子の上の彼に身を寄せてもう一度話しかけてくる。
「こんな風に、創作物愛好の傾向も似通っていますことですし。ほら、こう思いません? ねえ、王子様」
黙認できる距離としてはそんなに近いとも言えない、だか決して適切に遠いと言い切ることもできそうにない。
少なくとも動けない少年にとっては苦痛を感じさせるほどに、ハリは彼と接近をしようとしていた。
「ボク達ってとっても、それはそれはとてもよく似ている。そう思いませんか、ねえ」
ルーフとは、少年ではない大人のルーフがするような、相手の自由を尊重しようとする。
形骸的にも丁寧さを見せようとする、そんな丁寧さは一切感じられない。
あくまでも命令的に、脅迫文のようにハリはルーフに同意を求めようとする。
「似ているんですよ、あなたとボクは。まるで鏡を見ているかのよう、見ていて苛々する、気持ち悪くなりそうです」
囁き声でも何でもない、何の脚色も演出もされていない普通の声。
だがそれはルーフにとって何よりも、この瞬間という限定された空間において最大の不快感をもたらす呪いのようだった。
ハリは笑っている、妹を蹂躙し、なぶり弄び、最後には飽いて雨の中に捨てた時と。
その時と同じ笑顔を浮かべている、ルーフは彼との共通点を認めたくはなかった。
認められるはずがない、出来るはずがない、彼はそう思っている。むしろ懇願さえしていたのかもしれない。
そうせざるを得ない、しなくてはならない。彼はそのことを解っている。
「………」
だがそれは同時に認めていることと同義で、他でもないルーフ自身が誰よりもそのことを理解していた。
否定したいと思う、そうしようとした瞬間にはもうすでに、自分は己の心の中にある欲望を認めてしまっているのだと。
渇望しているのだ、彼らは思考こそ異なれども、しかし意識の内容としてはほぼ同様のことを考え続けている。
自分は己の中に渦巻く欲望、紛れもなく自身の手で掴み取った選択に基づいて、その願いを実現することを切に願っている。
口の中に酸味が広がる、皮膚の上に汗が滲み、体液の温かさがいつかのどこかで経験した過去の記憶を、自らが選び取った世界の光景を赤く、ベタベタと、鉄臭く蘇らせる。
記憶は次々と古く、茶色く凝固してぽろぽろと剥離をする。その隙間からまた新しい球体の集合が溢れて。
もうこうなってしまったら二度と元には戻れないと、彼らは理解して、諦めていた。
少なくとも目の前の男は、黒髪に所々隠しきれない程の白色が混ざっているこの男は、自分以上にはっきりと諦めていて。
だからこんなにも笑うことが出来るのだと、ルーフは椅子に座りながら静かに納得をする。
大嫌いだ、ルーフはそう思っていた。
気持ち悪い、どうしてこんな世界の中に、自分と同じような人間が二人もいるのか。
その事実だけは認めたくなくて、しかし割とすぐに否定文は作成できてしまう。
それは思い込みだった、ルーフは溢れかけた激情の隅でポツリと発覚を味わう。
何も全く同じだと、生きていてそんなことは有り得ないと彼はごく当たり前のことをひしひしと思う。
男と自分は同じとは思えない、だって目の前の彼はこんなにも瞳を輝かせている。
まるでこの世界以上に素晴らしいものなどどこにも存在していないと、そう信じきっているかのようだ。
真っ直ぐな瞳、キラキラと煌めいている。
好奇心をそのまま結晶化させたかのような、そんな眼球をほかのどこかでも見たような気がする。
ルーフは思い出そうとしたが、しかしこれ以上は体力が持たなかった。
ずっと椅子に座っているのだから疲れるはずもないのに、それでも彼の体には巨大が岩石のような疲労感がズッシリと圧し掛かっている。
「はあ、あー……ハア」
このまま目に見えない重みに圧殺されてしまえばいいのに。
少年が願っている隅で、とりあえず小説を一通り、この世界に広く一般的に流布している「読む」という言葉の基準に適している。
その行為をし終わった後に、留めていた呼吸を一つはいて本をパタリと閉じる。
「なんというか、ワタシにとって、この小説は」
そして作品についての感想を言葉にする。
お待ちしています。




