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私を見ないで

でも見ちゃう。

「どこにもいない?」


 正解の後に落ちてくるのは奇妙な感覚、視界から得られる情報と認識との隔たり。


「あの人はどこに行ったのかしら」


 メイはもう一度ひととおり周囲を確認して、結局は違和感の説得力をより強固なものにしている。


 やはりトゥーイの姿は、この部屋のどこにも視認できなかった。


 どこに行ったのだろうか、部屋に入ってきた時は間違いなく一緒に、後方についてきている足音と気配がちゃんとあった。


 その後自分はキンシのこしらえた座席でしばらく休憩して、もしかしなくてもその時に少しだけ意識がとんでいたのかも。


 とにかく、あれ以降メイはトゥーイを見失なっていた。

 別段子細に姿を追いかける必要もなかったため、今の今まで深く追求することもなかったのだが。


 この部屋の範囲的に考えてみて、樹木一本がすっぽりと収まりきる高さはあっても、しかし大の男一人が完全に身を隠せる可能性はここには感じられない。


 なにせ物がないのだ、生活感うんぬん以前に人のにおいが少なすぎる。


 ここには本と本棚と、キンシの作業台の他に人間の意図を感じさせる物品がほとんど置かれていない。


 物が全く無いわけでもないのに、こうも徹底的に統一感がありすぎると逆に寂寞(せきばく)が強まるものなのか。


 なんにせよ、部屋の中に彼は居ないように見える。あとは、確認がいたっていない、残されている所と言えば。


 メイは三度キンシの方を見やる。

 

「……」


 そこにはさっきと似たような光景が、しかし同一とは言い難い、若干机の上の資料が乱れている。


 そのぐらいしか変化が見て取れないキンシの後姿を眺め、見つめてメイはついにその背中に決定的な接近を図ろうとする。


 後ずさりした歩幅を一歩二歩、逆再生に戻し、そこからもう一つ歩み寄る。


 そうなると近付くという行為に関してはもうこれ以上は無い、そんな位置にまでメイは到達してしまう。


 キンシははたして本当に彼女の存在に気付いていないのだろうか、そうでなくとも同様に、どうしようもなくその手は休む気配がない。


 指は大体百六個の正方形の上を滑り、時々止まって打ち込みを一つ、エンターキーに当たる部分は若干タイピングが激しめな気配がある。


 カタカタ、カタカタ、カタカタ。


 血色も肉付きもあまり良くない首元は前方に傾いている、溜め息に似た吐息が吹き荒れる中で右上にあるキーを連打する。


 少し止まって、思い留まる。


 終わったのかしらと、メイは少し期待したが、しかし指の躍動はすぐさま復活し、そこからはもう止めどなく入力を継続する。


 若干のぎこちなさはあれども、必要最低限の速度で何度も何度も繰り返されるタイピング。


 人がパソコン機器を使っている様子を見るのは、なにもこれが初めてというわけではない。


 故郷の我が家で暮らしていた自分、祖父が使っているのを何度か見ていたし、そのパソコンを兄が時々勝手に使って何か。


 何か秘密の、白か黒かと問われれば白だと思わしき、そう思いたいやり取りを行っていた。


 それはともかく、とメイはそろそろ魔法使いのタイピングから目を逸らそうとする。


 一定の法則に従っているとはいえ、しかし他人の体があんなにもせわしなく動いているのを見ると、どうにも背中が痒くなってくる。


 メイは覗き込んでいた体の姿勢を少しずらして、視線を上の方に向けてみる。


 四角いキーボードの近くには、まるでこの世の一般常識みたいな雰囲気を纏わせて、同じく四角くデザインされた電子画面が悠々と鎮座している。


 鍵盤からカタカタと信号を送られている、それを受け取る電子画面はちょっと崩れた木綿豆腐のような形をしていて。頑丈そうなプラスチック材で固定されている液晶は少しだけ外側に湾曲している。


 時々ブツブツと不安げなノイズ音がこぼれる、今にも電源が落ちてしまいそうな機械。


 その方面に対して詳しくないメイであっても、この世界にそれとなく生きていれば、その機材が酷く時代遅れであることぐらいは判別できてしまえる。


 ブラウン管のテレビジョンをぎゅっと絞り込んで縮めたような、身に覚えのないなつかしさがメイを襲う。


 今のご時世、何でもとりあえず極薄軽量化、板チョコみたいな形にしてしまう。


 この世界の電子機器事情において、今メイが目にしているパソコンはなんともアンティーク趣味な。


 ハッキリ言ってしまえば古めかしく、流行遅れで、もはや化石並にいにしえの匂いが強すぎる一品にしか見えない。


 そんな機材をキンシは何の違和感も、疑問も持たぬといった様子で、自分の道具として使用している。


 肉体の記憶には含まれいるはずもない懐古主義、それはおそらく内部に秘められた魔女としての記憶に間違いなく。


 メイは目を閉じて何度目かの逃避行為を。そうするとまぶたの暗闇の中で唐突に、兄の笑顔がフラッシュバックをしてきて、彼女はそのままの格好で静かに狼狽える。


 ああそういえば、あの人はこういう古い機械に興味があったかしら。もしも彼がここに居たら、この図書館にいたとしたら。


 あの人はどんな反応をしたのだろうか。きっと、ものすごく驚いて、とても面白く楽しいことになったかもしれない。


 彼が鼻の穴をヒクヒクと膨らませて、キンシとああだこうだ言い争いじみた、しかし透き通った好奇心に満ち溢れたやり取り。


 空想は一度始めたら止めどなく、やがては妄想じみた空虚さが胸の内を圧迫する。


 もう何度繰り返せばよいのか、そんな心情を切り裂いて。


「んんんー、んん? あー……だめだ。あああ、駄目でした……」


 いつの間にかタイピングを休止していたキンシが、唐突に大げさな素振りを見せつつ頭を抱えだす。


「ここがこうだから、ああして……こうして……。だから? そこはどうなる? 矛盾が、ああ矛盾だ、無意味と言っても差し支えない……。なんということだ……」


 一体何をそんなに責め立てているのか、キンシは絶望しきった様子で背中をより丸める。


 机に突っ伏した格好になってしまった、そうすることでメイは必然的に不必要なまで、存分にパソコンの画面を覗きこめるようになってしまう。


 これが一体何の作業であるかだとか、そんな事は関係なしに、他人のパソコンを勝手に覗き見るのはエチケット違反であると。果たしてこれは誰の言葉であったか、たぶん魔女の知識とは何の関係もなさそうに思われる。


 だけど見えてしまったものを、これ以上見ないようにするだなんて。

 彼女の小さな体にそんな、千年以上の長い時を生きた巨木の如き精神力があるはずもなく。


 彼女の赤く輝く瞳は電子画面の中を、魔法使いの作品を思いっきり目にしてしまう。

見た所で何ということはない。

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