本望など端からこれっぽっちも無いくせに
しかし向けられていた感情はそれだけだった。
あっさりとしたもので、ごくごく短く浅いものでしかなかった。
「教えていただき、ありがとうございます」
キンシは幼女にたいして簡単な礼を伝えている。
しかし彼女に情報源としての有用性を期待しなかった、キンシはすぐに質問の方向性を別の場所に変更していた。
「えーっと? ヒエオラ店長、ことのあらましを教えてください」
「……ん、え?」
幼女と魔法使いらが簡素なる質疑応答をしている間。
その間にも、ヒエオラの意識は少年と男、彼らの間に繰り広げられている争いによる熱に集中していた。
ある種の野次馬根性のようなものに染まりきっていたヒエオラの耳に、キンシからの質問文が雨の一滴のように冷たく触れている。
「ええー……今イイところなのに……」
争いの渦中へ名残惜しそうに横目を向けつつ、それでもヒエオラは求められた分の説明を言葉にしようとしていた。
自分が記憶し保持している、争いの理由たる過去を脳内で探る。
「ええっと、何だったかな…。僕が知っている限りの事では、まずお客さんの一人が」
記憶を頼りに、ヒエオラはかつて起きた事象についてを語ろうとしている。
「あ、お客さんってのは大人の人の方の事なんだけど。その人がね、この店に入ってくる前からだいぶ酔っぱらっていて。うん、そうだ、ここでお酒をお出しする前から出来上がっていた。すごく機嫌が悪くてさ、水をお出ししたときに、それだけでなんか嫌なこと言われたような気がするよ、憶えてないけど。それでキンキンに冷やした発泡麦酒とニンニク味揚げじゃが芋を頼んで、それを食べていたようなそんな気がする」
客の様子よりも、調理した料理の事の方が詳細に思い出している。
かなりかたよった情報源であることは明白であった。
だが、それでもキンシは子猫のような耳を真っ直ぐ彼に向け続けている。
「嫌にゆっくりとしたスピードで、何時までもやたらと長ったらしくだらりだらりとお酒を飲んでいる、そんな所にこのメイちゃんと、あの仮面の少年が来店してきて、彼らは何を注文しようとしていたんだっけな」
「それよりも、喧嘩の原因は何だったんですか?」
脱線が多くなりそうな説明を、キンシは無理やり進めようとした。
「ああ、うん、それはね」
話題がそこへ差し掛かると、店長は表情に曇りを帯び始めた。
「酔っぱらっていた、それはもう熟れた林檎のように酔っぱらっていた大人のお客様がね、一つ机が離れた場所に座っていたメイちゃんの姿を見て、どうにも気に入らないことがあったみたいで」
「気に入らないこと?」
キンシがメイの姿を見る、観察してみる。
フワフワの体毛にその身を包む、空を跳ぶ種族。人が集まる灰笛では彼女のような春日など特に珍しいものでもなく、むしろ酔っぱらいの男性及び仮面の少年みたいな、普通の形をした人間の方が珍しい、と大げさに形容されている。
つまりは一見したところでは、幼女に争いの要因たる特異性が見られなかったのだ。
「メイさんがどうかしたのですか?」
納得できる答えを導き出せなかったキンシは、唇に指を当てて思考した。
どう考えても、目の前にいる幼女は至って無害そのものでしかなかった。
ましてや、それなりに成長した二人の人間の理性を破壊する要素など、どこにも見受けられそうになかった。
「そのりゆうは、これかもしれないわ」
キンシが不思議そうにしていると、メイがいかにも意味深そうな声の響きを発している。
唇を動かしながら、メイは身につけているヘッドフォンを、ゆっくりとはずしている。




