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月刊を目指して頑張っています

魔法使いは手作りにこだわるそうです。

 この風はどこから吹いているのか、冷たいようで、ほんのりと生温かい。


 元を辿ろうとして、メイはそんな事をしても無意味であると諦めをつける。


 安息の場所を求めて瞳は揺れ動き、とりあえず上の方を、部屋の天井があるべき場所をぼんやりと眺めてみる。


 しかし彼女の両目が向けられる先にそれは、天井、と呼称すべき構造も、物体すらも存在はしていない。


 その代わりにあるのは細く頼りない、幼虫から放たれる糸の欠片ほど、たったそれだけの光。


 あの光は一体どこから降り注いでいるのか、地下世界の天井という事は、つまりは上層。地上が光源となっている、そのはずだが。


 果たしてそうだろうか? メイは疑問を抱かずにはいられない。

 あれがもしも地上から降り注いでいるとして、時計がここにないのでハッキリとした確証は得られないにしても。


 しかし己の体内時計と答えを合わせる必要もなく、今は間違いなく夜で、たかが図書館一つ、扉一つ越えただけで夜が明けるなどと。

 世界がそんなに単純明快な仕組みではないことぐらい、幼女の体でもわかりきっている。


 だとしたらあの光は、辛うじて自分たちに周囲の情報を確認できる程度に、ほどよい明度をもたらしている光の正体は何なのだろうか。


 考えても解りそうにないし、そうでなかったらせめて光の度合いだけでもはかり知りたいのに。

 その欲求にすら追い打ちをかけるように、天井からの光は色とりどりに自由勝手気ままに動き回り、ひと時として安定を見せようとしない。


 天井は動き続けている、一見してみれば静止画のようにみえる模様も、一度目を離せばもうすでに異なる色合いへと変化していて、ジッと凝視していればまるで何かしらの映像作品にも見えなくはない。


 まるで大きな万華鏡のよう、そうだとすれば自分たちは何者かによって作られた巨大な円柱に、力無き子虫のように閉じ込められてしまった。


 そういうことになるのだろうか、とメイは下らぬ妄想に囚われかけて、後は単純に首が痛くなってきたこともあり、サッと視線を下の方へと戻す。


 しかし不可解な光景から目を逸らしてみたところで、逃れた先にあるのは同じく、いや、むしろそれ以上に意味不明で不気味な光景ばかりが広がっている。


 そこには相変わらず本がたくさんあって、本を大量に内包した本棚によって構成されている。


 空間自体の要素は今の今まで通過してきた場所と何ら変わらない、同様の不気味さだけがある。


 しかしその空間の異質な所をあげるとすれば、何よりもまず注目すべきなのは色であると、メイは閉じた唇の中でひとり考える。


 その部屋には、部屋という存在を確立すべき物質には色が無かった。色が無い、というのは透明とか、そんなクリアなものではなく。


 とにかく白い、ただひたすらに白く、もしこの部屋から本を取り除いたとしたら、あまりの白さに目玉が焼け焦げるのではないか。

 そんな邪推をしたくなるほどに、圧倒的すぎる純白が空間を支配し、人間の心理を蝕もうとしてくる。


 そんな空間に辛うじて救いを与えているのは、先ほどまではあまりの多さに嫌気が差して、もうしばらくは見たくないなんて思い始めていた。


 メイはそっと立ち上がり、自分の体を支えていた紙の塊に目をやる。


 それは古い本だった、汚れていて、いつ発行出版されたのかもわからない。

 

 そもそも誰がこのような本を読むのか、メイにとってはいまいち必要性の感じられない。


 だがきっとこの世界のどこかにいる誰かには必要なのかもしれない、そんな物体がこの部屋、部屋を含む地下空間全てに余すことなく詰め込まれている。


 なるほど、たしかにここが図書の館でなければ、ただの地下倉庫としか呼びようのない。

 メイは少し遅れた所でキンシの、そう名乗り、名乗っていたであろう魔法使いの主張にそれなりの調和をしていた。


 静かさが空間に満たされている、彼女から少し離れた所で魔法使いたちが何か相談し合っている。

 

 ささやかで密やかな音声と、何か硬い物がぶつかり合う微かな雑音。


 それ以外には、辛うじて聞こえるのは自身の呼吸音と鼓動の連続ばかり。


 大人しくしていろ、と暗に命令されたものの、しかし何も全く動くなと、そこまでの拘束性を求めている訳ではあるまいと。


 身近に楔としての人物がいないが故に、あるいは己の失態が引き起こした絶望的状況による自暴自棄か、皮肉にも現在の彼女の身体にはどこか自由な力がみなぎってさえいる。


「さて、……と」


 魔法使いの目を盗んで勝手な行動を起こし始めた彼女は、とにかくこの空間を少しでも詳しく観察してみようとする。


 とはいえ、形質や雰囲気事大きく異なれども、そこにあるのは本棚の塊であることは紛うことのない。


 ただ何となく、メイは一見したイメージによる違和感を脳内でまとめようと。

 

「なんというか……、ラインナップの個性が強い……気が……」


 する必要もなく、彼女はそれまでの本棚とは異なる決定的な資料を目にする。


「これは、うん……、全部みたことも、聞いたこともないタイトルの本ばかり」


 最初はてっきり、若干の違和感を抱きつつもそれらが全て既存の、すでにこの世界に書籍として発表されている物だと、そう思い込んでいたのだが。


 しかしこうしてジッと、間近に観察してみるとその見解は誤りであると、特に考える必要性も無く彼女は気付かされていた。


 怪訝さと首筋をサラリサラリと撫でる不安と恐怖、それでも好奇心の触手の前にはその感情も無力であって。


 彼女は自身の意識がおもむくままに、書棚の中から適当に一冊を見繕って、手に取って開いてみる。


 はたしてそれが故意的なものだったのか、あるいはどこか遠くにおわす人知の及ばぬ存在による手引きだったのか。


 何にしてもメイはたまたま開いたその本が、それはちょうど雑誌ほどの面積があり、しかし構造的にはもっと分厚く頑丈な造りとなっている。


 何よりその表紙は魔法の、魔法の図書館に収められるべき書籍にしてはあまりにも明るすぎる。


 色鮮やかにカラー印刷されている、そこには幾つもの植物やらそれ以外の何かしらがプリントされていて、人目を引くほどの大きく雰囲気も明るいフォントには何か記されていて。


[季節の香り、四月の花々を使ったお手製パフューム]


 そんな感じの内容がとても分かりやすく、どんな人間にも読み取れる親切な配置で刻印されている。


 これは、これはまるで魔法の本というより、なんというか、その。


「……レシピ本?」


 もしくはムック本というべきか、これでもしもタイトルに柑橘系の名前が冠されていれば、完全にその辺の何処にでもある本屋に陳列されていても何ら違和感もなさそうな。


 そんなありきたりなデザインであるはずなのに、どうしてもメイはその本に既知している世界との共通項を見出せないでいる。


 本を抱えたままに視線をずらせば、本棚の中にはどれも普通の、あくまでも外見上は広く世間に沢山、凡庸かつ朴訥な存在の一部として、人々の記憶に何ら影響を与えようとしない。


 普遍的なデザインでしかないはずの、とにかく特筆すべき特徴などどこにも存在していなさそうに見える。


 部屋の外に広がる本と同様のはず、そのはずなのに。なぜ、どうしてこんなにも心を惹きつけられるのだろうか。


 メイはとりあえず手に取ったレシピ本をパラリ、パラリ、とめくってみる。


 書かれているのはやはり何かしらの調合方法、タイトルにならえば香水の作り方ということになるのか。


 はて、レシピ本と言えば普通料理だとか、そういうのがメイにとっての先入観であったため、香りの調理方法というのは、まあ、それだけでも物珍しいのだが。


 しかし、それでもやはり、内容もレシピ本のそれと変わらない、どこにでもありそうなポップさが満ち溢れている。


 ふむ、とそれなりに流し見をした後で、もっと他に何かないものかと。


 メイは本を棚に、白色のそこに戻そうとして。 

でも実際にやるとなると結構面倒くさい。

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