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彼と彼は歩き続ける

今回は少なめです。

「それは創作だ、そこにすべて限定することによって、魔法使いはようやく自己のアイデンティティを確立することが可能となる」


 飛躍に飛躍を重ねた話題に、少年のルーフがそろそろ思考を追いつかせるのに限界をきたしていたところで。


 一体その細い体の何処にそんな体力が秘められているのだろうか、大人のルーフは休む間もなく、一切の疲労感も匂わせずに寸劇を。


 その体を形作っている、一方的な会話劇は未だ終了の気配を見せていない。


 大人は嬉々として、その笑顔を明るく愉快に少年へと向ける。


「作ること、造ること、創ること。それはあらゆる人間に与えられた技能の一つ、神から与えられし能力の一端。人であり、それと同時に人あらざる地点へと上り詰められる。到達のための一つの手段」


 男性はふと立ち止まり、胸の前でギリリギリリと二つの握り拳をつくる。


「それは最早呪いに近しい、欲望の権化だ。忌々しい………。崇拝すべき計画ですら、それは人による作品として括られてしまう。まるで自分の首を締め上げて、捩じ切ろうとしているみたいで。………ああ、気持ち悪い、そうは思わないかい? ねえ、ルーフよ」


 薄っぺらくて何も伝わらない言葉の中に、ようやく感情が見えてきたと思ったら。

 

 何か怒っている気がして、もういい加減大人の姿を見ているのが辛くなってきた少年は、唐突に投げかけられてきた質問に舌の奥が酸っぱくなるのを感じた。


 それでも、少しでも状況を自分にとって優位なものとするために、それ位の思索を巡らせられるぐらいには回復していた少年は、ソロリソロリと口を開こうとして。


「ああ、あああ………。いや、いいんだ、答えなくていい。………言葉など意味が無いんだ」


 しかし次の瞬間、再びまばたきをした世界に。大人の声が少年に近付いてきた。


 そう思うや否や、少年は自らの右肩に他人の温度が、重みがのしかかっているのを自覚していた。


 それは冷たく、香りも匂いも何もない。静かに人間からとは逸脱をしている、ほとんど空気に近しい肉の塊。


「言葉は無意味だ。そのくせ時としてそれは、どんな盾でも貫く矛も、あらゆる攻撃を拒絶する楯も。小瓶の中で選び抜かれた小さな毒虫ですら。この世界のありとあらゆる悪意、害意、殺意をも凌駕する力を。そんな可能性を秘めている」


 大人は少年の肩に手を置いたまま、そのままの姿勢で語り続けている。


「そんな危険な代物を、一体神はいつまで人間などという、全ての生命体の中で最も愚かしい生き物の自由にさせるのか。嗚呼………、不思議だ。なあ、ルーフよ、そう思わないかい?」


 同意という名目を形作っている、それこそまさしく首を絞めようとするかのようで。


 そんな事はされていないはずなのに、何故か少年は大人の声に対して、鼓膜を直接刺激されてきているような。


 抗い難い、許容し難い不快感に、もう打算も試算も知ったこっちゃない、と少年が決定的な嫌悪を示そうとしていた。


 その所で。


「ルーフ様」


 名前を呼ばれた、それを自分のものとして認識して、今までを生きてきた人間がリアクションをする。


「そろそろ、お時間が……」


 それは今まで律儀に、互いに示し合せることもなく同一の行動を可能とする集団。

 その中のうちの一人、どことなく責任感が強そうな気配のある。


「嗚呼………、もうそんな時間か」


 集団のうちの一人に指摘されて、大人のルーフは至極残念そうな色を纏わせる。


「そうか、そうだよな………。結局、時間だけは平等に、何者にも分け隔てなく降り注いでいるのだから」

 

 それはほんの数分程度の休み時間、わずかな自由時間の終了を惜しむ子供のような。

 どこか違和感のある、しかし同時にどうしようもなく彼自身の一部、肉体を構成する組織、細胞の一片として組みこまれている。


「どうしてかね、これは、こればかりはどうしようもないな。我々の人生、与えられた時間には限りがある、限界がある。ならば、することはただ一つ。出来得る限りの事を、やるべき事を、課せられたすべてを使命として、全身全霊、全力をもって果たさなくては」


 それっきり大人は何も言わなくなる、これ以上何を言う必要もないと、無言のうちに主張している。


 胸の前、落ち着いた色合いの上着に包まれたそこに、白く血の気の少ない手の平が添えられている。


 それは祈りのようで、しかし絶対にそうではないとルーフにははっきりと分かっていた。


 手はすぐに解放され、大人のルーフはまるで何も無かったかのように、無表情でその場を去り始める。


「あ」


 その後を追いかける形で、水槽も動かされる。

 少年のルーフは何とかしてそこに手を伸ばそうとしたが、しかし出来たのは無意味に拘束へ肉を食いこませるばかり。


「(  )」


 水槽の中身は自分のことを見ていたのだろうか、見ていたとしても、そう仮定していたとしても。ルーフにそれを見ることは出来なかった。


 集団の波に掻き消され、彼の視界からはその水槽はあっという間に元の位置へ。

 人と人の合間、影に覆われて姿は無いものとされてしまう。


「さてと」


 もう一度自分に話しかけてくる、それは足音も無く、気配すら感じさせずにいる。


「ボクらも行きましょうか。まあ、今のところそれ以外の選択肢は無いでしょうし」


 黒い髪が揺れる音、毛髪と同様の色素に染められている尻尾が、器用に自分の背中を撫でまわしている。


「そうね、それ以外の選択肢は無いし。私たちはとりあえず、指示に従ってしばらくあなたの管理をしなくてはならない。そうしないと、彼らにとっても不都合だから」


 少女の言葉に黒髪の男は答える。


「そうですとも。どこへ行くのか、全然、全く、皆目見当もつきませんが。それでも、とりあえず行けるところまで、はりきって行っちゃいましょう」


 人間たちは進む、先に有るはずの目的地へ向けて、少なくともその歩みに迷いは存在していない。

尺の都合でしたね、残念。

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