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特に意味も見いだせそうにない唇

続、カーテンが壊れた。

「ルーフよ、我が子よ。君に、尊ばれるべき君にはまず、事の初めから話すべきだろう。ああそうだとも、何も知らされていない、哀れで無知な君は知る権利がある」


 大人のルーフが子供のルーフに向けて、何事かの歴史を淡々と、しかしどこかしらに楽しげな雰囲気をまとわせて語り始めた。


「始まりは、この世界にありとあらゆる物語と同じく、ほんの些細なものでしかなかった。昔々のある所に、一人の錬金術師がいたんだ」


 少年ルーフはてっきりまた何か、カルトチックな戯言でも始まるのかと身構えている。

 彼とは相対的に、大人ルーフの様子はリラックスそのもので、そこには何一つとして緊張感が無いとさえ言えてしまえる。


「その錬金術師はとても優れていた。かつての世界にその名をとどろかせ、現代もなお語り継がれる畏怖の念。それについては知っているかな?」


 質問をされた、しかし答えようのないその内容に少年ルーフはぞんざいな返事だけをする。


「知らねえよ、何だ? 歴史の授業でも始めようってのか」


 軽口を言うことに関して、ここにいる人間たちはあまり好ましく思っていない。

 赤いリボンらしきものでギッチギチに拘束されているこの身において、それだけが少年に得られた確信的な情報であった。


「ふむ、なるほど、君の言わんとしていることは、往々にして正しいと言えよう」


 少年の強気に反する、なんて事もせずに、ほとんど意に介していない領域で大人は口元の笑みを崩す気配すら見せようとしない。


「これは歴史だ、事実、過去に実際の事象として起きていた。お伽噺のようなフィクションの者ではない、れっきとしたノンフィクション」


 それこそ本当に学校の教師のように、大人はゆっくりと少年の視界の中を歩きながら、そのかつて起きた事実について語りを続ける。


「初めは一人の錬金術師が書き残した一冊の本、いや、文章というべきか? あるいは単語の集合体、文字列の連なり。なんにせよ、呼ばれ方は時代と世界と共に変化し続けて、現代もなお固定概念として定着を果たしていない」


 要するによく分かっていない、竹をとって月に送り返す物語なみに出典が怪しい。ということではないのかと少年は思ったが、いちいち言う必要もなしと黙っておいた。


「あるいは、形質など意味が無いのかもしれないな………。言葉そのものに意味があったのかもしれない。天才が一人いた、あまりにも優れているが故に、人々から厄災のような扱われ方をした人間が一人。この世界にいたという事実、………それさえあれば十分だろう」


 過去にいた実在の錬金術師について語りたいらしい、大人は少し興奮気味に唇を動かしている。


「彼、そうよぶべきである事だけは確定している。彼が書き残した物、物語、フィクションではない、あるいは構文。それらは現代にわたり総じて計画と呼ばれることとなった」


「計画」


 それまで大仰に大げさな言い回しをしていた分、いきなり現実的にシンプルな単語に収束したことに対して、少年は少し肩透かしのような感覚を覚える。


「計画って、なんだ………あらかじめの予定を書いて残しておく、あれ、それなのか?」


 少年からの問いかけに男性が答える。


「ああ、そうだ、そうだとも。………計画だ、全ては計画によって展開され、そこにすべては収束する」


 相手の反応に純粋な喜びを見せている、大人の様子は少年にとって、とても奇妙なものとして映っていた。


「わたしが、………我々が今まさに行わんとしている行動。はち切れんばかりに握りしめ、そして振り落とさんとしている拳。過去、現在、未来。すべてはそれを基本としている。善だと思い込んでいる辞書は所詮、計画の前では粉雪の一粒ほどの存在でしかない」


 何か壮大なことを言っているようだが、しかし内容が全く伝わってこない。

 とりあえず計画がすごくて、もの凄いと言う事だけは分かる。

 

 いや? 計画というよりは、それを考えた古の錬金術師が、この話のテーマなのだろうか。

 やっぱりわからない、そもそもわかろうとしていないし、わかりたくもない。


 だが大人はこっちを見ていた、じっと、自分の意見を。まるで自分以上に凡庸な人間など、この世界の何処にも居やしないと主張するかのように。


 止めてくれ、そんな目で、大人のくせに。


「………っ」


 大人のくせに、どうしてそんな純粋な目で自分のことを見るのだろう。

 こいつは、このルーフは自分が何者であるか、上から下まで包み隠さず全部認知している。

 そのはずではなかったのか?


 そうだ、確認ならさっきさんざんやられた。嫌になるほど、嫌なことをまざまざと見せつけられた。


 正直吐きそうだった、今でも吐き気が残っていて、喉の奥に微かな酸味が外部に排出されることを今か今かと待ち望んでいる。そんな気がしている。


 そうだとしたら、ルーフはルーフのことが余計に受け入れ難いものとして認識せざるを得ない。


「さあ、何か聞きたいことはないかな? 君の頭の中には、今にもはてなマークが芽吹いて花開こうとしていないかな?」


「あー、ええ………?」


 この大人は一体全体、何を自分に期待しているというのか。


 理解は追いつかないものということで諦めるとして、今はとにかく目先の、まさしく目の前にある不快感をどうにかしなくてはならない。


「えっと………、その計画ってのは一体、どういった内容があるんだ?」


 少年に質問されたルーフは待ってましたと言わんばかりに、まるで相手の言葉無しでは何事も、世界も動かせないと。


 それぐらいの張り切りを見せている。


「人間を神々の世界に、天上の世界へと導くための方法。計画にはそれが記されている」


 しかし返ってきたのは先ほどの弁論以上に、むしろそれとは比べ物にならぬほどに、それどころか少年の人生においてたったいま一二を争うほどに。


 それほどのレベルで意味が解らない、理解不能で、意味不明な言葉だった。


 だからこそ、少年は誠心誠意、真心を込めて、


「はあ?」


 と、そう言うことが、この場面において初めて自分の心からの台詞を吐くことが出来ていた。


「なに言ってんだアンタ、頭わいてんのか?」


 ここまで失礼極まれりと言った、そんな言い回しを現実で使う日がくるなんて。

 少年の中で疑問符の代わりに驚愕が大量発生している。


 一方大人は少年の発した言葉を逐一、一言も聞きもらさずに耳をピンと立てて。

 次の瞬間にはパックリと破顔して、かなりおおげさな共同で少年の意見を賞賛し始めた。


「おお、おお! まさしく、君の言うとおりだとも。………狂っているのさ、人間と言う生物は等しくその状態に陥っていると言えよう」


 大人はいよいよ体を大きく動かして、楽しくてたまらないと言うように。

 それでいて全体にまとっているゆったりとした雰囲気を一切損なうことなく、少年の前を行ったり来たり。


 その途中で背後の集団が見えたり、そこから少し離れたとこに立っている、モアとハリの姿がチラリと。


 集団は相変わらず特徴のない無表情である、と思う。

 

 正直彼らの方はあまり見たくない、理由は特にない、別段怖さがあるというわけでもないのに。なぜか見ていると少年の心はささくれ立ち、捲れ上がった内部からたちまち不安が………。


 ………、これ以上はあまり考えたくない。


 それよりも二人組の、男女は一体どんな顔をしているのか。


 この間抜け腐った状況を笑うか、そうでなければ苦笑いに、せめて嘲笑してくれればいいのに。


 少年のルーフはそう願ったが、しかし視線をその方に向けることは出来なかった。

すだれで誤魔化しました。

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