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整合性のない、乱雑なるこの肉体

お肉。

 色とりどり、よりどりみどり、と言えば都合よく耳に気持ちいいだけ。


 何の統合性も整合性も無く、とにかく部屋の中を人間にとって安全な空間にする、そのためだけにより集められた照明の群れ。


 魔力鉱物ランプ、内部に鉱物を収めて発行する仕組みになっている。


 メイはしっちゃかめっちゃかになっている明かりのうちの一つ、燐光に似た輝きを放っているそれに軽く目を向け、眩しさに耐えかねてうつむいた。


「これはあくまでも私の予想にすぎないけど。キンシちゃん、あなたのひだり眼窩に埋めこまれているそれ……、その義眼は魔力鉱物で。それで間違いないのかしら?」


 キンシは量の目をぱちくりと、生理的な瞬きを繰り返しながら、ふむふむと首を縦に軽く振る。


「あなたの追及はご明察、おおよそにして正解ですね。僕のこの目ん玉は、まあ……その……なんというか。一応? 生粋の灰笛由来、百パーセント灰笛産出の、鉱物というわけですけれども」


「ちょっと、ねえ……」


 御託は不要と、メイはもはや体の痛みなどどうでも良しと、言わんばかりの力を発揮しして。


「えい」


「うわわっ?」


 自分に原因があるとはいえ、ちょうど都合よく手ぶらになっている魔法使いの体を、衣服の裾の辺りを下方に引っ張り、そうすることでもっと子細に義眼を観察しようとする。


「うわああ、突然の過剰なるスキンシップ……! どうしましょう? ドキがむね──」


 予想だにしてなかった行動に驚いている、魔法使いの無臭な吐息を浴びつつ、メイは一つの結論を早々に導き出していた。


「これは、琥珀、かしら? 色的にはそれによくにている」


 すっきりとシンプルな一重まぶたの内側、およそ生物とは一線を引く材質、光沢のある球体。


 それは遠目に見たときは暗黒を予期させる、しかし排水管の内側に広がっていたそれとは圧倒的に色合いが異なっている。


 実際こうして近くで見てみれば、それは黒というより濃いめの茶色のようで、それにしては色に鮮やかさがありすぎている。


 琥珀、そう言葉にしてみたものの、どうにもメイの中にあるその鉱物に対するスタンダードなイメージが追い付いてこない。


「うーん? それにしてはちょっと……色が変ね。琥珀ってもっと茶色いはず? でもこれはまるで、乾きかけのヘモグロビン……」


 そこまで言いかけて、メイの意識が脈絡なく一気に現実へと引き戻される。


「あっ! ごめん、なさい。いきなり変なことを、変なことばかり言って」


 彼女はパッと体を離そうとしたが、しかしキンシの方はそこから一歩も動こうとしない。


 しどろもどろに指を組み合わせている彼女をじっと、屈むように見つめている。


「先ほど申した通り、その内容はおおよそにして正解です」


 瞳の向かう先を固定したまま、キンシはすっと背筋を伸ばし、たった今思い出したかのように周囲を見渡すと。


「散らかっちゃいましたね、これはいけない、とてもいけない」


 自身を中心に広がっている惨状、散らかり放題になっている資料の山。


 それらを一望し、早速と改修に取り掛かろうとした、

 そのところで。


「んんんぐぐぎぎぎぎ……」


「ど、どうしたの?」


 何を言うでもなく当然の事として補助を行おうと、していたところで魔法使いが正体のつかめぬ呻き声を漏らし始め。魔女は素直な不気味さを覚える。


「どこか痛いの?」


「いえ、痛みはありません、大丈夫です。ちょっと失礼……」


 彼女の不安をさらりと受け流し、キンシはおもむろに上着のひだりポケットをまさぐり始める。


「さっきまでは一本道で、見えてなくても平気だったんですけれどもね。しかし、このような状態だと、どうしても……」


 誰に何を伝えるためなのか、自身にもよく分かっていない。

 ほとんど自動的に口を動かしていながら、手の動きはごそごそと(うごめ)きを続けている。


 見た感じではそんなに範囲がある訳でもなさそうなのに、外見に反してポケットはずぶずぶとキンシの腕を吸い込み続けていく。


「あ、あった」


 四分の一ほど深みに進取した所で、キンシは一気に腕を引っこ抜いた。


「これがなくっちゃ、ですよ」


 何の迷いもなくキンシは取り出されたそれを顔面に装着する。


「眼鏡、及びそれに準ずる視力補助装置、が無いと何も見えない、明日も見えない、世界も見えない。です」


「……よく似合ってる、わ、ね……。うん」


 それ以上に何を言えたものか、ハッキリ言ってしまえばあまり似合っていない。

 

 とにかくその眼鏡はキンシの顔面の大きさと不釣り合いで、それでどうして左右のつるりと円形なグラスがずり落ちないのか。


 どう見ても大人用のサイズを無理やり顔面に装着している、アンバランスさが正体のないもの悲しさを呼び覚まして、メイはそれ以上なにも言えなくなる。


「これらは貰い物なんです」


 珍妙な光景に沈黙を費やしている幼女の前で、キンシは話の前後など全く気にも留めずに、勝手に話を進め始める。


「この図書館も、この左目も、この体の模様も、この名前も、そしてこの眼鏡も。今の僕を形成し、確立せしめている要素に、何一つとして僕自身に由来しているものは存在していないと言えるでしょう」


 表情はいたって朗らかに、何かとても楽しく素晴らしいものを告げるかのような、そんな口調でキンシは自身についての情報を明かしていた。


「僕がまだキンシでなかった頃、その名前を名乗っていなかった頃、その時のお話をすると長くなるので、今ははしょりますが」


「本名じゃなかったの」


 やっと理解が追い付いてきたメイが、何とか言えるだけの疑問点を口にする。


「キンシは、あなたの本当の名前では、なかったのね」


「そうです、その通りです。こんな所で唐突にいきなりの新事実、ですが」


 案の定ずり落ちかけている眼鏡をそっと整えて、キンシは右側に残されている瞳孔をすっと、ガラスの内側で縦長にほそめる。


「それは、名前、名称、呼称に関する隠匿(いんとく)に関しては、お互い追求しない方が善、と思いませんか? ねえ、メイさん」


 ほとんど閉じているのではないか、なんてことはなく、魔法使いの視線はしっかりと目の前の幼女をとらえている。


「それは、そうだけれど」


 うっかり追及されたくない内容に突っ込みかけてしまった、メイはそろそろ落ち着かないとこちら側が変な下手をうつのではないか、ほんのりと不安に駆られる。


「とは言え、そういった推察ですら、僕にとっては何一つとして相応しい権限など、どこにも無いのですけれども」


 もうする事もなく、だらりと下げられた両腕が物寂しげに宙を撫でている。


「とにかく今の僕を、僕を僕たらしめている全ては、とある一人の。それはもう、素晴らしく勇気があって、尊く眠りについた一人の魔法使いに由来している」


 早く資料をかき集めて、次の行動をしなくてはならない。


 そうであるはずなのに、一度解きほぐした記憶は次々と留まることを知らず、懐古主義に従った展開を瞼の裏に広げる。


「今は、もう魔法使いとして生きていけなくなった彼の代わりに、キンシの代わりの僕がキンシとなって。そういう訳で、今の僕がこうしてここに立っている、そんな感じです」


 溢れかけていた感情ごと閉じ込めるかのように、キンシは量の目を閉じて。


 もう一度開いたそこにはやはり、なんの変更もされることなく、左右ふぞろいな球体が並べられているだけ。


「名前を継いだ、つまりキンシちゃんは先代の、キンシ、さんの後を継いだ。ってこと……」


「ザッツライト、です」


 魔女と魔法使いは互いをじっと見る、凝視して観察して、何事も見逃さないよう丁寧に。

気だるさがやっと取れはじめてきました。

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