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魔法使いの気に入らないこと

アイコンにこだわりたい。

 目を開けなくても、トンネルをこえなくても、裏山の樹のトンネルを通ったり物置の古ぼけたドアを開けたり、あるいは駅のホームの四分の三な隙間に突進したりだとか。


 そんな素敵に魅力的な通り道なんてものはなく、通ってきたのはその辺の片田舎の地下に走る排水管、そこに無理やり誂えた鉄の扉。


 それまではじめじめと湿っていて、ほんのり生臭い雰囲気が漂っていた。


 しかしそのにおいは扉をこえると不思議と、まさしく魔法的なまでに消滅して。


 その代わりに目の前に広がっていたのは。


「本がいっぱいだ」


 今までの鬱々としていた暗黒とは、まさしく読んで字の如く明らかに様子が一変して、周囲には煌々と明るさがある。


 それらは全て魔力鉱物灯およびランプによるもので、もしかして今までの暗い道はこの空間に使うための、至って単純すぎる節約術だったのだろうか。


「何と言うか、なんというか……。これは」


「相変わらず本棚だらけだな、もう少しコンパクトにできねーのか」


 壁と言う壁、空間を構成している面。その広さは大体少し広めな駅のホームほどの広さしかないのだろう。

 

 何も無ければそれなりに広い、薄ら寒さを感じさせるはずの空間。

 

 だがそこにはとにかく本が大量にある、そして本を入れるための棚も所狭しと。

 いや、そもそも部屋全体が本棚として構成されているのではないか、メイは軽く戦慄を覚えかける。


「木の匂いと、インクとほこりの香りがいっぱい……」


 首を左右にせわしなく動かしながら、彼女が思ったままの感想を呟いていると。


「そこは危ないですよ」


「え?」


 無意識の内に足を動かしていたらしい、メイの動きにキンシが忠告をいれようとする。


「うわあ?」


 しかし言葉も虚しく彼女はそこへ、床にまで広がっている本棚の硝子板に足を踏み入れ。

 ガタンッ、とあまり好ましくない鳴動が周囲に引っ掻いてくる。


「そこのガラス板、取り付けが少し緩んでいますから、あんまり踏まない方がいいですよ」


 キンシは何事もなさそうに、


「ああ、久しぶりのお客さんですから、色々と不備がありありに有りすぎて……」


 と頭を抱えている。


「日頃の怠慢が己の首を絞めるんだよ」


 そんな後輩魔法使いの様子を横目で見て、あくまでも我関せずの姿勢をしているオーギ。


「えーっと……? この前使った資料は、ブックマークは残っているか。トイ坊、頼めるか」


 手前勝手にこなれた所作で部屋の中の、部屋の内部に設置されている木製の本棚の中を探そうとしている。


 先輩魔法使いに呼ばれたトゥーイは素早く彼のほうに向かいながら、


「検索します、利用者オーギ・ナグ……」


 何かとても内輪的なやり取りをしている、それをソロリと眺めながら、メイは思い出したかのように戻ってきた痛みを抱えつつ、部屋の中を移動してみる。


 先ほど形容した言葉のまま、目に映る光景はやはり本しかなく、とにもかくにも本だらけで、後にあるのはランプと本棚だけ。


 一応内包している物品を子細に観察してみれば、全国津々浦々に販売している一般の書籍がその殆どを占めている。


 それは例えばフィクション、つまりのところ小説作品でタイトルが刻印されている背表紙が、とにかく自信を人間に読んでもらうために、与えられた情報全てを使って無言の自己主張をしている。


 それは例えば評論、人生におけるいつかどこかに必要性を見出せそうな情報の連なり。


 それは例えばノンフィクション、かつて起きた鬼気迫るほどに奇跡的で奇怪ささえある記録の山。


 それは例えば、芸能、アート、人文、思想、レシピ本、サイエンス、ファッション、教育、スポーツ、事典、音楽、紀行、絵本、児童文学。


 とにかく色々なジャンル、それらに合わせたデザインが施された。紙媒体の情報をひたすらに貪欲に、そこいら中から掻っ攫って、この空間に圧縮してしまったかのような。


 種々様々と言えば聞こえの良い、あえて否定的に言う必要もなく、どうしようもなく統一性のないラインナップ。


 それがとにかくたくさんありすぎて、もはや部屋自体が一つの書籍と。


 メイは数歩ほど歩いたところで早々に、この空間に対して諦めに似た何かを抱き始めていた。


 と、そこでふと思い出したかのように、それまでこの狭苦しく限定されていながらも、精一杯狂気を誇示している空間。


 その中にぽつりと、個体性を表現している物体をとらえる。


「さて、先輩はともかく、僕はどうしましょうかね」


 それは紛れもなくキンシで、この情報のに凝りじみた空間においてもその事実は変更されない。


 メイはそんな当たり前の事実に、何故かとても暖かく柔らかな安堵を覚え。そしてヒタリ、ヒタリ、と出来るだけ音をたてないように近付くことを試みる。


 体が、それはもう辛い程に痛むはずなのに、どうしてそんな無意味で疲れることをしようと思ったのか。その辺については誰も、彼女自身もよく分かっていない。


 ただ何となく、この部屋の中だとそうしないといけないような気がしていて。


「キンシちゃん?」


「うわあっ」


 だから相手が自分の予期していた以上に驚愕し、オーバーなリアクションをしていることもまま予想できて、と変なパラドックスにおちいりかける。


「おお、メイさん、いつからそこに……。じゃなくて、そうでしたそうでした、自己紹介の続きを、それを名目の事実説明を行わなくては、なりませんね」


 無数かつ広大に広がる資料の山からすでに数冊ほどの本を見繕い、決して軽いとも言えぬ重量を両腕で大事そうに、丁寧に抱えている。


 何と言うかお腹が重たくて仕方がない、しかしそれを甘んじて受け入れている。


 そんな恰好のままで、キンシはそれでも精一杯うやうやしく、上品さを演出して。

 まるで一国の権力者にでも相手をするかのような、そんな視線を傷だらけの幼女に向ける。


「あ、えと、改めまして、初めまして麗しく美しい小鳥さん。僕の名前はキンシ、こちら、灰笛魔法魔術および魔導全般対応……、えー、つまり略して魔法図書館の、館長代理をつとめさせていただいております」


「魔法図書館、ねえ……」


 見たまんま、感じたまんまの、余りにも率直でお粗末な雰囲気さえ匂わせるネーミング。


 だが、しかし、いま自分の目の前に広がり、はての見えないほどに延長していそうな風景のことを、それ以外の何と呼べるというのか。

 メイには何も、何一つとして妙案は浮かばず、そもそもそのような事を考える事すら不必要な気さえしてきている。


 もう一度首をクルリと、周囲の空間に一通り満足がいくまで目線を這わせ。


「あの町のしたに、こんなのが埋まっていただなんて。まさにビックリ仰天だわ」


 結局のところ彼女もまた子供じみた、その肉体に見合った感想を言うしかなかった。


「うーん?」


 そんな戯言(たわごと)はてっきりそのまま軽々しく、軽快かつ軽妙に受け流されるものかと、メイはそう思い込んでいたのだが。


「んんん、んんん……?」


 しかし彼女の予想に反して、戦闘員の上に館長を兼任していることが新たに発覚した魔法使いは、腕に重たい資料を抱えたままで、手の中の者以上に重苦しい表情で何かしらに思惟を巡らせている。


「どうしたの、キンシちゃん。そんなむずかしい顔して、らしくないわよ」


 言いよう、そして捉えようによっては魔法使いに対する最大の侮蔑ともいえる。


 言った後ですぐに後悔をする、口元をサッと覆い隠す魔女を他所に、魔法使いはそういった思惑など露知らず。


「その言いかたには、残念ながら少しだけ語弊がありますね、ありよりの有りに、有りまくり。って感じです」


 何か不味い事でも表明するかのように、なんとも言えぬ微妙な顔つきをしている。

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