お姫様拒否権
地球人来訪。
「先生」
彼自身も無駄口をはたかぬよう、それ以上の発声を行おうとしない。
ただじっと紫色の左目を魔法使いに向けている。
「あー、うん、そうですね、こんな所で無駄話をしている場合では、ありませんよね」
キンシはとりあえず青年に向けて簡単な同意を示しつつも、しかし少しだけ反抗の意を右目に宿す。
「でももう少し、待ってもらえませんか? どうしても言いたいことが、色々とございまして。先に行って、準備をお願いできませんか?」
キンシからの申し込みにトゥーイは一秒ほどのあいだ沈黙を、じっと視線を向けている。
相手が他人に見つめられる不快感をしめす、その手前で。
「了解しました」
彼の首元をグルリと囲む首輪型の発声装置が短く、簡単で簡潔な返事で空気を震わせる。
メイの両肩にフワリと温度の少ない皮膚の感触が当たる、トゥーイが彼女を労わるかのような挙動で密着させていた体をそっと離し、その細く小さい体に出来るだけ負担の少ない動作で別離を図る。
青年の意図を読み取り、そうしたものの思考が体に追いつかなかったメイが体幹を揺るがす。
そのとこで別の皮膚の温かさが彼女の体を包み込む、首を動かせばキンシのあごが扉の光に照らされて影のコントラストを描いているのがチラリとのぞめられる。
「先導は貴女の希望とたりえることを半分に望み願うことをします」
一言、のつもりだったのか。しかしどう考えても二言以上の長さになってしまった、そんな台詞を残してトゥーイも先輩魔法使いの後を追う形で、そっと扉を通過しようと、
して。
「あ」
ガツンッ!
メイかキンシか、どちらのものか判別のつかない声とほぼ同時に、黒い扉がキツめの衝突音を鳴らして激しく震動した。
「トゥーさんっ?」
キンシが頭部、前頭葉の辺りに予期せぬ大ダメージを負った彼に駆け寄ろうとして、しかし魔女の体のことも案じ、その結果思考を行方不明に体を狼狽えさせているばかりで。
「ちょ、だいじょうぶ?」
結果的にメイの方が先に言いたいことを言う形になる。
彼女たちの心配を一身に受け、だがそれ以上に頭部へのダメージが半端ない事になっていそうな。
そんなトゥーイは。
「無事です」
今度こそうまい具合に一言、でこの方を右手でサスサスと擦りながら今度こそ扉を、しっかり背中を丸めて姿勢を低くしておいて。
何も、至って何事も無かったかのように通過する。
「今度から扉の設定を、少し大きめに変更しておいた方がいいかもしれませんね」
「ええ、そうね」
魔法使いを基本としたサイズ設定ゆえの過ち、しかし彼もきっと本意ではなく、元はと言えば自分のことに関して関心を注ぎ過ぎていたことが主な原因であって。
「それでですね、メイさん」
だから、キンシが自分に向けて何かそっと、耳打ちするかのような声音で語りかけてきたことに、メイは一瞬反応を送らせていた。
「僕は魔法使いであると、その事については最初に会った時に、じゅうぶん旨を御伝えしたと思うのですが。その辺りは大丈夫でしょうか」
彼女が何か反応を返すよりも早く、むしろそれをさせないようにしている。そんな推察をさせるほどに、キンシはすらすらと言葉を連続させる。
「魔法使い、それもこの灰笛と言う名の土地に住み、日々を生きようと試みている種類の。僕はそういう人間です」
「ええ、それは分かっている。それがどうかしたの?」
キンシが首を屈折させてメイの方を見ようと、しかしこうして体を密着させている体勢だとどうしてもお互いの目を交わすことは難しい。
「突然ですがメイさん、質問してもよろしいですか」
文字通り突然の行動。
しかしメイは質問そのもの以上に、自分の体が一気に高々と抱え上げられていることの方に驚きを隠せないでいた。
「うわわ、キンシちゃん?」
この状態はまさしくお姫様抱っこ以外の何ものでもない。
戸惑う魔女を他所に、やはり魔法使いは表情を変えることなく一方的に話を続ける。
「貴女は、錬金術師と魔法使いの違いについて、何か意見はありますか?」
行動と負けず劣らずの脈絡のなさにメイはしどろもどろと、それでも図らずして体が楽な状態になっていることを最大限に利点として、急ごしらえの回答を頭の中で構築する。
「そうね……、目指しているものは当たり前として、そもそもジャンルが相容れないほどに離れている、ってのが私の意見だけれど……」
クルンと魔法使いの腕の中でコンパクトになっている、メイは唇に手を添えて思考をグルグルと巡らせてみる。
一つ二つと考えて、しかしそのどれもが上手い具合に合致してくれない。
「おおよそにおいてザッツライト、ですね。流石です」
彼女の回答に対しキンシが賞賛とも言えぬ、どうとでも解釈できそうな曖昧な言葉を送る。
「いえ本当に、割とマジに、貴女の意見は的を得ているのですよ。的中全的、って感じで。錬金術師が造ることを至高とするならば、魔法使いにとっての至上の喜びは、何だと思います?」
再びの質問、しかしこんな基本的な事を今更、改まって問いかけられるとは思ってもみなかった。
「魔法使いの望むこと、ねがいは……」
キンシがそろりそろりと、腕の中の魔女に出来るだけ負担をかけないように、扉へ向かってしている。
メイとしては自分の体がまるでぬいぐるみのように軽々しく運ばれていることに、ようやく少しだけ面白みを抱き始めていて。
しかしそれ以上に、いよいよ扉の向こうに何があるのか、それが判明することに彼女の好奇心は強く惹きつけられている。
「そんなものは、ただ知りたいだけなんでしょう?」
こつんこつん、足音と一緒に扉の向こうの景色が一つ一つ範囲を広げていく。
何か、異様な光景が広がっている事だけは理解できる。
しかしなぜか目がかすんで、向こう側を上手く見ることが出来ない。
関心の大部分を別のところにおきながら、それでもメイは魔法使いに対して回答文を繋ぐ。
「魔法使いはとにかく知りたいだけ、知って、知識にして、すべて、ぜんぶ丸ごと自分の魔法にしてしまいたいだけ」
だから自分の頭頂部から数センチほど上で、魔法使いが独りこっそりと笑みを浮かべただとか、そんな些細なことに気付くはずも無かった。
「ザッツライト、ですよ」
キンシはほとんど同様の台詞を、若干震え気味の声音で吐き出した。
「その通りです、まさしく、魔法使いがこの世に生まれる理由は全て、全部、その言葉に集約されて収束して完結する。そうですとも」
キンシはメイを腕に抱えて、自分の身長ぴったりギリギリに設定されている魔法の扉を、その腕にメイを抱えたままで通り抜ける。
「僕らは知りたい、この世のすべてを、知らないことを全部丸ごと知り尽くしたい。知って、得て、知識にして。そして最後には自分のものにしてしまいたい、この世のすべてを自分の魔法の参考にしてしまいたい、そんな欲求に日々よだれをだらだら垂らして過ごしている。そんなもんですよ、魔法使いなんて」
少しだけ足踏みをして、床にある段差を確認して踏み越える。
「よいしょっと」
体が大きく揺れて、メイは落ちないようにキンシの胸元に己の身をより密着させる。
「さて」
通り抜けた後、向こう側の景色を一通り見渡してキンシが呼吸に近い溜め息を吐く。
「扉の設定はまた後で変えるとして、今はもっと奥に用がありますから」
「あ、えっと、じゃあ私はもう大丈夫よ」
辛抱堪らない、そんな声を出しているメイを見てキンシは不安な表情を作る。
「でも、無理をしてはいけませんし」
だがメイの方も譲ろうとしない。
「いいのよ、それより……」
とにもかくにも、目の前に広がっている風景を少しでも近くで見たい。
確認したい、その欲求のもとに。そのためにはお姫様抱っこで大人しくしてられないと、メイはそう言いたくなるのを必死に堪えていた。
流石に苦しい言いわけ。




